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第893話

Author: レイシ大好き
孝寛は優奈に目配せをして、早く下がるように合図した。

そして自分は美月に視線を向け、笑みを浮かべながら言った。

「二川会長、今日はどうしてこちらに?」

老練な彼は、美月の言葉には正面から答えず、あえて話題をそらした。

さもなければ、秘書との件が外に漏れれば、耳目に入るだけでも評判が悪い。

下手をすれば株価にも影響しかねない。

会社のためにも、ここは何としても揉み消さねばならない。

さらに家には「あの冴えない妻」が待っている。

そちらも相手をしなければならないのだ。

そう思うと、孝寛の目は暗く沈み、美月に向ける視線には危うい色が宿った。

この女は、最初から圧をかけるような態度で乗り込んできた。

ただ者ではないのは明らかだ。

一体、何があったのか――

視線を巡らせると、相手はなんと自社の受付まで連れてきていた。

その瞬間、孝寛の心臓がドクンと鳴った。

彼は二川グループが女に仕切られているのを内心快く思ってはいなかった。

だが実際、この数年で彼女から受けた恩恵は少なくない。

加えて、自分の息子と緒莉が婚約していることもあり、世間では両家を一体と見なしていた。

それがあってこそ、安東グループは今日の発展を遂げたのだ。

美月は自然な仕草でサングラスを外し、紅い唇をわずかに吊り上げた。

「もちろん、安東会長用があって来たのよ」

「そ、それは......」

孝寛は受付を指さし、声を少し震わせた。

「どういうことでしょうか。彼女はうちの受付です。

二川会長、我が安東家の立場を考えたことがありますか?」

受付の口はまだ塞がれていて、涙で赤くなった目だけが覗いている。

孝寛は彼女を特別に庇いたいわけではない。

だが受付は安東家の顔そのもの。

ここで体面を失えば、安東家の威信は地に落ちる。

そうなれば、この後の話し合いなど成り立たなくなるのだ。

美月は彼の驚きを意にも介さず、淡々と告げた。

「私をここまで無礼に扱う以上、安東会長に代わってしっかりしつけておかないと。

だからわざわざこうして、主人である安東会長に見せに来たのよ」

その言葉に、孝寛の顔色は一気に蒼ざめた。

美月の、笑みを含んだ目と視線が交わると、言葉を失う。

仕方なく、乾いた笑いを漏らした。

「二川会長、いくらなんでも、ここは安東グループの中です。多少、
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