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夢見心地の誘惑で 5

Author: 花室 芽苳
last update Last Updated: 2025-09-23 23:38:29

「ぁう〜、うるさいぃ……」

 聞き慣れないアラームの音で、夢から現実に戻されかけてそれを止めようと手を伸ばすが……おかしい、いつものところにスマホがない。というか、私の使用している枕ってこんな硬くはなかったはずだけど。

 そこまで思考が働き始めてやっと気が付いた、ここが自分に与えられた部屋ではないということに。いつもの位置にスマホがないのも、枕がいつもと違うのだって当然である。ここは朝陽《あさひ》さんのベッドの上で、私の頭の下にあるのは彼のニの腕なのだから。

「鈴凪《すずな》、おまえ起きたのか?」

「……ええと、はい。いっそ、永遠に目覚めなければよかったかもしれませんが」

 そう思ってしまうのにはちゃんと訳がある、昨夜のアレコレで私は酔っていたせいもあり……その、自分だけ気持ち良くなって途中で眠ってしまったのだ。

 その後で服は朝陽さんが着せてくれたのだろう、かなり大きめのTシャツが私の体を包んでいて。でもそれすら申し訳なさを倍増させているとは、本人に向かっては言えないけれど。

「その、昨日は大変申し訳なく……」

「そうだな、まさか一晩中生殺しの気分を味わされるとは思わなかった」

 はい、誠にすみません。だけどあんな風に酔っていた私に、あれだけのことをすればそれは……その、ねえ? もちろんそれを朝陽さんに直接いう勇気はありませんけど。

 でも、何かおかしい気がする。

 今の状況が、その何というかまるで甘い夜を過ごした恋人同士の朝みたいな感じというか。

 ベッドの上で後ろから朝陽さんに抱きしめられるような形で横になってるのだけれど、何故か腰にまで腕を回されお互いの体が密着してる。薄いTシャツ一枚では、彼の体温をまともに感じてしまってかなり気恥ずかしい。

 なのに朝陽さんはこの状況を当然と言った顔をしてるから、私の戸惑いは大きくなるばかりで。

 昨日家に帰ってくるまで、私は朝陽さんと鵜野宮《うのみや》さんの親密な様子にショックを受けていたはずなのに……本当にどうしてこうなってるの?

「あー、婚約式の後に一日くらい休みを入れておくべきだったな」

「……はい? あの、今なんて?」

 今までで一番朝陽さんらしくないセリフに、自分はもしかしてまだ夢の世界にいるのだろうかと思ってしまった。御曹司という立場もあるのだろうが、普段どれだけ真面目に仕事のことを考えてる人なのかは理解し
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