時也は両手を広げて、あっさり認めた。「最近は養生しているから、確かに飲めないよ」海斗の挑発は効くどころか、逆に自分が言葉に詰まった。「時也、お前はそんな血気も根性もない人か?男としてどうなんだろう?」「まず、酒を飲めるのと血気や根性は何の関係もない。あと、俺が男かどうかは、目が見える人なら誰でもわかるはずだ」海斗は冷笑した。「凛を口説く時も、こんな道理を説いてたのか?」「No、No、No」時也は人差し指を立てて振った。「彼女は道理がわかる人だから、説く必要はないぞ」「ふん、じゃあ何を話すんだい?」「経験談とか、面白い話とか、専門知識や詩、あとは人生の哲学と——甘い言葉もね。話すことは山ほどある。今挙げきれるものじゃない」海斗の胸がつかえた。時也はさらに火に油を注ぐように言った。「また聞きたいか?今度時間を作って、ゆっくり教えてあげてもいいぞ?」「……」口げんかで勝てなければ、海斗は黙々と酒を飲むしかなかった。テキーラを二杯飲み干すと、海斗はほろ酔い気分でネクタイを緩め、ワイシャツの上のボタンを二つ外した。時也は彼の飲み方を見ると、思わず眉をひそめた。「胃の病気は大丈夫だったか?」「……大丈夫じゃない」「ふん、凛と別れてから、誰にも注意されないから、好き放題やってるんだな?」凛の話を出され、海斗の目と鼻は自然と熱くなってきた。彼は悲しい気持ちのせいだと認めず、ただ酒のせいで生理的な涙をコントロールできないと思い込んだ。急に、海斗が低い声で言った。「12箱だ」「……どういう意味?」海斗はうつむいたまま、時也には彼の顔が見えなかった。「彼女が去ってから、胃薬を12箱飲んだ」時也の目が暗くなった。「お前、生きる気がないのか!自分の体をボロボロにすれば、彼女気が変わると思うのか?また振り返ってくれると思うのか?」「思って何が悪い?」海斗はいきなり顔を上げ、真っ赤に充血した瞳を光らせた。「ふん、お前がそう思うなら――凛のことを何もわかっていないと言うしかないな」時也はウェイターを呼びつけ、淡々と指示した。「酒は全部下げて、お茶2杯をください」っ!「……申し訳ありませんが、当店はお茶を用意しておりません……」時也の目が鋭く光った。「なら白湯を2杯、あるか?」「はい、すぐ
晴香の連日に溜まった悔しさでついに爆発した。「私がこの間ずっと頑張ってきたことを、あなたには全然見えていないの?私はただ昔のように仲良く、隔たりなく過ごしたかっただけなのに。あなたはとても残酷で、一度もチャンスをくれなかった……どうして?あなたはまだ凛を思っているからでしょ?あなたは彼女を忘れられないの!」男は一言ずつはっきりと言った。「そうだけど、それがどうした?」もはや開き直ったなんて。「私は凛に及ばないかもしれないけど、あなたへの愛は彼女に負けていないわ——」晴香は涙を流しながら、海斗の手を握ろうとしたが、男は冷たく振り払った。「お前には彼女の名前を口にする資格もない」海斗のこめかみに筋が浮かび、怒りを極めて抑えているようだった。「お前の口から彼女の名前が出るだけでも侮辱だ」「一日の期限だけをあげる。母に謝りに行くか、別荘から出て行くか、好きにしろ」そう言うと、彼は上着を手に取り、振り返らずに去っていった。晴香は全身が震えた。彼の目に映っているのは自分ではなく、ただの道具、いつでも捨てられる物だった。彼のために婚前妊娠し、学業も諦めた。美琴の前ではあれほど我慢していたのに、その結果は?彼に嫌われ、追い出そうとされたの?晴香は恨んだ。これだけの犠牲を払ってようやくここまで来て、栄華を手にできそうな今になったのに、簡単に諦められるものか?そう思うと、彼女は涙を拭い、両手でお腹に当てる。子供さえいれば、自分はまだ負けていない。……海斗は車の中に座り、どこに行くべきかわからなかった。病院には医療チームがいて、美琴は最高の看病を受けられる。別荘には晴香がいて、一秒でも長くいたくない。会社には……すでに二日連続で残業した。自分が休まなくても、秘書やアシスタントには休み必要がある。「悟、飲みに行くか?」「海斗さん、最近飲み会の回数が多くない?」以前、彼が凛と付き合っていた頃は、この連中とは月に2、3回だけ集まる程度だった。今はもう手綱を外れた野馬のようで、完全に歯止めが利かなくなっている。「来るか?」と、海斗は繰り返し言った。「悪いな、海斗さん」悟は残念そうに言った。「今日は実家に帰った」「うん。おじさんとおばさんによろしくな」電話を切った後、今度は広輝に電話をか
美琴一瞬カッとなり、額のタオルをぽいっと放り投げた。「あなたは私を見舞いに来たの?それとも私を怒らせに来たの?」「あの女のお腹の子は入江家の子でなかったら、私がそんな女をまともに見ると思う?」那月は口を尖らせた。「自業自得だよ。そんな女は一見すれば下心があるのがわかるわ。お腹の子を人質にしてうちに嫁ぎたいの。彼女を純粋な人だと思ってるのはあなただけよ」那月は最初から晴香なんて眼中に置いてなかった。美琴が今頃になって気づくなんて、本当に鈍いわ。海斗は母親の入院の知らせを聞くと、すぐに会社から病院へ駆けつけた。ドアに入る前から、言い争いの声が聞こえてきた。彼は眉をひそめた。「何を騒いでいる?」美琴は息子が来たのを見ると、さっきまでの弱々しさをなくして、すぐに訴えた。「ちょうど良かったわ。あの女ったら、本当にどうしょうもない子よ!」「コースが終わるのを見て、私が親切に迎えに行ったのに、間違ったスケジュールを教えてくれた上に、その場で口答えしてきたのよ!」「人前で、私の顔を潰したの。母にはめまい症があるって、あなたも知ってるでしょ。あんなに怒らせられたから、持病が再発したわ!」那月はそれを聞いて鼻で笑った。「お母さん、そう言わないで。晴香だって兄さんが自分で選んだ人なんだから。あなたがここで悪口を告げ口して、後で二人の仲が良くなったら、陰でどう言われるのもわからないわよ」海斗の険しい表情など気にせずに、彼女は嫌味のつもりで言った。雨宮凛とくっついていれば良かったじゃない?晴香なんか卑しい女のために、雨宮凛に自由をあげたせいで、自分が大谷聞秋の生徒になれなかった。那月はこのことにずっと気にかかって忘れられなかった!海斗は一言も発しなかったが、表情はますます険しくなっていった。母親の告げ口も妹の嘲笑も無視し、医師のオフィスで再度確認を取って、美琴に問題がないことを確かめたあと、冷たい顔で病院を後にした。別荘に戻り、ドアを開けると同時に、柔らかい身体が彼の胸に飛び込んできた。晴香に違いない。彼女はシルクのスリップドレスを着ていた。黒い布が彼女の雪のように白い肌を引き立てている。開いたVネックからは鎖骨が丸見え、海斗が少しでも視線を下ろせば、その谷間までかすかに見える。「海斗さん、お帰りな——」彼女の甘ったるい声が響い
彼女は美琴の機嫌を取ろうとしているのは確かだが、自分のお腹には子供が宿っているじゃないか。我慢ばかりするものか?そう思うと、晴香はもう我慢できず、美琴と言い争いを始めた。「バッグの一つや二つ買ったって何が悪いの?自分へのご褒美はダメなわけ?あれらの授業は退屈でつまらないわ。正直に言うけど、一言も聞いてられないの!ここまで耐えられただけでも我慢強い方だよ」「たかがバッグいくつかじゃない。まだ買い足りないわ。これはあなたの息子がくれたサブカードよ。本人は何も言ってないのに、あなたが代わりに惜しがってるの?」美琴は血圧が急上昇するほど怒った。凛が海斗のそばにいた頃を思い出すと、彼女はブランドものにこだわらず、自分から求めることもほとんどなかった。会うたびに素朴な服装だが、センスが良くて組み合わせが上手のおかげで、どんなに着にくいアイテムでも、彼女が着ると素敵に見えた。本当に高級ブランドのバッグを持っていたとしても、必要な場面か、海斗の要求によるものだけだった。晴香とは比べ物にならないほどよかった!心の中でそう思うと、つい口からも出してしまった。晴香はそれを聞いて、冷ややかに笑い、皮肉に言った。「そんなに彼女が好きなら、連れ戻してみたら?」「あなたたち親子は本当にうけるわ。凛がいた時はあれほど嫌がったくせに、あの子と縁が切ったら、今更懐かしがるなんて」「これって何というかわかる?卑しいっていうんだよ!」「私は凛じゃないし、彼女のように我慢してあなたのいじめを耐えるつもりもない。最悪共倒れよ、誰にも得させないわ!」「今日から、あなたの言いなりになって、胎教コースや服装コースなんかはもう一切行かないわ。行きたければ自分で行きなさい。どうぞご自由に!」そう言うと、晴香は床に散らばったバッグとショッピング袋を拾い、その場を去った。美琴は彼女にこう言われて血圧が急上昇し、振り返ると誰かがスマホを向けているのを見えた。「何撮ってるの?これ以上撮ったら警察を呼ぶわよ?」「ちぇっ、自分から恥を晒しておいて見せるなって?」周りの人は彼女の凶暴さに呆れ、そう言い捨てるとみんなも去っていった。美琴はただその場に立ち尽くし、胸が痛むほど怒っていた!なんてひどいことだ!まったくなんてひどいことだ!当日の夜、美琴はめまい症の再発で
そのまま晴香を起こして質問した。晴香はほとんど聞いていなかったせいで、先生の質問にも当然答えられなかった。他にも授業を受けに来た学生たちは思わず彼女を何度も見やり、明らかに嘲笑うような反応だった。晴香は目に見えるほどにイライラし始めた。彼女は確かにブランドの服やバッグが大好きだったが、それは所有することによる快感だけだった。どう組み合わせてより美しく見せるかには興味がなかった。だから先生が話す色の組み合わせや、ブルベだのイエベだのは全く頭に入らなかった。ようやく授業が終わり、彼女は誰よりも早く教室を出た。外はショッピングモールで、以前反抗的に海斗のサブカードを使いまくったことがあったが、彼は何の反応も示さず、おそらくお金を使われたことすら気づいていなかっただろう。ちょうど今、晴香は買い物でイライラを解消したくて、思い切って高級ブランド店に入り、大量に買い漁った。海斗はその時、定例会議中で、消費メッセージの通知が絶え間なく届き、振動音がほとんど途切れることがなかった。彼は一目見ただけで、無表情のまま電源を切った。美琴は授業終了時刻を狙って、晴香を迎えに行った。運転手に車をショッピングモールまで走らせ、自分は教室の方へ歩いて向かった。実は彼女も来たくなかった。以前のように、奥さんたちとお茶会を開き、おしゃべりしたりマージャンをしたりする方が良いだろう?最大の悩みといえば、明日どこへ買い物に行くか、海外まで行くのは時間がかかりすぎないか、どのブランドの新作を先に試着するか……といったことだった。今のように晴香とお腹の赤ちゃんを中心に生活し、毎日コースに通うように催促するのも、迎えに来るのも、まるでうるさいお袋のようだ!しかし監視しないわけにもいかない。彼女が表だけ従って裏で悪いことをして、お腹の子供に悪影響を与えたらどうする?こんな時になるといつも、なぜあの時わざわざ晴香の妊娠した子を守ろうとしたのかと、後悔してしまう。まあいい、どうせ妊娠期間はあと8~9ヶ月ほどだけなんだ。子供が生まれてから彼女を躾しても遅くはない。エレベーターで3階——晴香がコースを受けている場所へ向かったが、すでに誰もいなかった。先生に聞いてみれば、とっくに授業は終わっていたようだ。晴香が教えたスケジュールは間違っている
凛は足を止めた。「真奈美さん、金子先生、どうしてそんな目で私を見てるんですか?何か問題でもあったのです?」真奈美と朝日はまさに彼女のその言葉を待っていた!「凛、相談に乗ってくれないか?」「何でしょう?」「今手元にデータ2組があるんだけど、量が多すぎて、計算するどころか、整理するのも大変なの。あなたはプログラミングが得意なんだから、何か処理しやすい方法を考えてくれないかな?」朝日は慌ててその言葉に補足した。「俺たちはプログラミングができなくて、せいぜい一般的な速算法を使うくらい。でも今回はさすがに量が多すぎて、人間の頭ではコンピューターに勝てないから……コホン……とりあえずプログラムを書いてもらえないか?できればこれらのデータを一括処理できるようなものを」半時間後——。「真奈美さん、この計算リンクと実行速度はどうですか?調整する必要はあります?」凛が場所を譲ると、真奈美が座り込み、マウスで確認した。本来5日もかかりそうなデータ計算が、この速度なら1日で完了できそう!「最高じゃない!ありがとう凛、愛してるよ!まじで愛してる!」真奈美は元々あまり期待していなかったが……まさか!凛は手を振って言った。「どういたしまして、お安いご用です」朝日も急いで近づいてきた。「俺にも試させて……」陽一が授業を終わった後、いつものように実験室に来たが、入ってすぐに凛が居心地悪そうに椅子に座っているのを見た。正確に言えば、椅子に押さえつけられている!真奈美と朝日は、一人が彼女の肩を揉み、もう一人が走って買ってきたばかりのミルクティーを差し出している。「凛、お疲れさま。肩を叩いてあげる。主人にもこんなことをしたことないわ……」「凛ちゃん、ミルクティーどうぞ。甘さ30%・氷抜きで健康なものだよ!」陽一は何あったかがよくわからなかった。彼の研究員たちはいつの間に、凛の腰巾着になったのか?ちょうどその時、珠里がドアを開けて入ってきて、真奈美と朝日が凛に取り囲んだその慇懃ぶりを見て、思わず口を尖らせた。博文は2歩遅れて、朝食を持って追いかけてきた。「珠里、お前の好きなスープ入り小籠包と鶏のお粥を買ってきたよ。まだ温かいから、熱いうちに食べて?」珠里は不機嫌そうな顔をした。「朝から小籠包なんて食べられないでしょう