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第589話

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月子の言葉は丁寧だったけど、社交辞令だってことは、老獪な賢も分かっていた。

そうでなければ、なぜ月子は隼人を呼んだんだ?

実際、月子が隼人を呼んで場を保たなくても、電話で直接言われたら、賢は放っておかなかっただろう。

賢が心から月子を友人と思っていることに加え、楓が隼人と知り合ってからの年月、賢は楓を説得し続けてきた。我慢強い賢も、さすがにうんざりしていたんだ。

賢はすぐに楓を探しに行こうとした。

月子はそんなに急がなくてもいいと言ったが、賢は早く解決するしかないと考えていた。

隼人が見ている前で、そんな悠長なことはしていられない。

帰る前に、賢は、「月子さん、ありがとう」と言った。

月子が自ら手を下せば、楓は痛い目に遭うことは間違いない。

月子が先にこの件を公にしたのは、賢の気持ちを汲み取り、メンツを立ててくれたのだった。

さらに、これは警告でもあった。もし今後楓がまた問題を起こしたら、容赦する理由はない。メンツも立ててやったんだから。

賢は月子を甘く見ていなかったが、この時ばかりは、人間同士の差を痛感した。

月子は楓より4歳ほど年下だが、立ち居振る舞いは非常に大人びている。

楓は彼女とは比べ物にならない。

楓のわがままを何でも聞いて育ててきたせいで、世間知らずで、自分の思い通りにならないと気が済まない性格になってしまったのだろう。

賢は楓にもういい顔をするつもりはなかった。

……

賢は帰り際に、修也に一緒に帰ろうかと声をかけた。

修也も少し飲み込む時間が必要だと感じ、月子たちに挨拶を済ませると、賢の後を追った。

もちろん、賢の妹の騒動には関わりたくなかった。疲れるだけだ。

しかし、隼人と月子が付き合っているという事実は、彼に衝撃を与えた。

生まれてこのかた独り身を通してきた修也は、少し寂しさを感じた。

連絡先を開いてみると、いい雰囲気になれる女性は一人もおらず、みんな友達か妹分みたいな存在だった。

修也はふと、彩乃のことを思い出した。

彼女は社交的な性格で、修也が出張中だと知ると、帰ってきたら一緒に飲もうと誘ってくれていた。

修也も社交は得意だ。少し遠慮がちではあるものの、気負わずに彩乃に電話をかけた。

すぐに電話が繋がった。「彩乃、俺だよ。出張から戻ったんだ。一杯どうかな?」

相手はしばらく黙っていた。

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