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第837話

Author: 雪吹(ふぶき)ルリ
佳子はCYテクノロジーのビルにやって来た。ここに足を踏み入れるのは初めてだ。真司の会社のビルは雲を突き抜けるほど高く、威厳さを誇っている。

今、佳子が思い浮かべられる人は真司しかいない。彼女が頼りたいと思う人も、真司ただ一人だ。

佳子は会社に駆け込んだ。受付の人が彼女を見て問いかけた。「こんにちは、どなたにご用でしょうか?」

佳子「こんにちは、藤村社長はいらっしゃいますか?藤村社長に会いに来ました」

「当社の社長にお会いになるには、ご予約はお済みでしょうか?事前予約がないとお会いできません」

佳子は一瞬固まった。「……予約はしていません」

「それでは申し訳ございませんが、社長にはお会いできません」

佳子「では今すぐ藤村社長に電話します」

そう言って佳子はスマホを取り出し、真司に電話をかけた。

だが、呼び出し音が何度も鳴り響くだけで、誰も出なかった。

どうして?

なぜ彼は電話に出ないの?

佳子は諦めきれず、二度、三度とかけ直した。だが結果は同じだった。真司は一度も電話を取らなかった。

真司、お願いだから出て!

どうしても繋がらず、佳子は受付の人に縋るように言った。「お願いします、私、藤村社長を知っているんです。藤村社長の友人です。でも電話が繋がらなくて……どうか中に取り次いでください。藤村社長なら必ず会ってくれますから」

受付の人は首を振った。「申し訳ございません、社長にお会いしたいという方は毎日大勢いらっしゃいます。友人だとおっしゃる方も少なくなくて……もう聞き飽きてしまいました」

「違う!私は本当に藤村社長を知っているの!」

そのとき、佳子の背後から聞き覚えのある声がした。「ここで何をしているの?」

振り向いた佳子の目に、見知った顔が飛び込んできた。理恵だ。

言葉を交わしたことはないが、女同士として言葉などなくても相手の存在は深く記憶に刻まれるものだ。したがって佳子は、真司の傍らにいるこの女性をすぐに認識した。

受付の人は理恵を見ると、途端に態度を変え、へりくだった口調になった。「林さん、いらっしゃいませ!」

理恵は微笑んで答えた。「真司に会いに来たの」

「では、ご一緒に上へどうぞ。社長はすぐ上にいらっしゃいます」

理恵は佳子に視線を移した。「葉月さん、こんにちは」

佳子「林さん、こんにちは」

理恵は一歩前に出た。
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Comments (1)
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神無月しん
よく分からんが、ライン無視しといて電話になんで出ないの?とか、佳子都合良すぎんか? 色々誤解もあるんだろうけど、もっと会話しなよ。
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