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─2─ 決意

Penulis: 内藤晴人
last update Terakhir Diperbarui: 2025-07-02 20:30:00

 妻は禁忌とされている自害をしたので、本来であれば正式な葬儀を執り行うことはできない。

 だが、それでは色々と良からぬ噂が立つであろうから、その点は不本意ながら兄たる皇帝の力を借りて隠蔽した。

 公爵夫人のものとしてはあまりにも簡素な葬儀が執り行われた後、私が最初にしたことは妻の親戚筋の一家を住み込みの家人として取り立てることだった。

 というのも、この一家は元々男爵の位を有していたのだが、先代の当主が投資に失敗し無一文に近い状態となり、領地と爵位を売ってしまったのだという。

 そんな一家に妻は侍女として皇后に仕え始めてからずっと仕送りを続けていたらしい。

 ちょうど私も第二皇子の身分から公爵として独立し、皇宮を出て屋敷を構えていたので、それなりの人手を必要としていたということもある。

 なので、万一気にさわらなければお願いできないかと申し出たところ、先方からはすぐに快諾する旨の返答があった。

 私とかつて私の守役を勤めていた執事、そして数人の料理人と私の乳母だった女性しかいなかった屋敷は、一気に賑やかになり、明るい雰囲気に包まれた。

 その一方で母親を喪った息子は、日々成長していった。

 巻き毛の赤茶色の髪に、青緑色の瞳。

 何も知らない家人達は、本当に私そっくりのかわいらしいご令息だと、褒めそやし目を細めたが、私の見立ては違った。

 細かい顔の造形は、当然のことながら本当の父親である兄……皇帝に似ていた。

 妻と皇帝との仲を薄々ながら感じ取っていた皇后の目に留まれば一体どうなるかは、火を見るよりも明らかだ。

 皇帝の命令であるからというのもあるが、妻との約束を果たすためにも、この子の命を皇后から護らねばならない。

 果たしてどうすればいいのか。

 日夜悩んだ結果、私はある残酷とも言える決断を下した。

 この子は、一生この屋敷からは出さない。

 家人以外の目には触れさせない。

 人目に触れなければ、この子が皇帝に似ていると知るものはいない。

 安直ではあるが、これが最良の策だと私は思った。

 何も知らず寝台の上で安らかな寝息を立て
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