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─5─変化

Auteur: 内藤晴人
last update Dernière mise à jour: 2025-07-05 20:30:00

 皇帝崩御の報せをうけ、私は迷った末に息子を皇宮へと連れて行くことを決めた。

 それは、皇后や皇女達と息子を対面させると同時に、多くの貴族の前に息子をさらすという危険な行為でもあった。

 けれど、ひと目だけでも息子を本当の父親に会わせてやりたいという気持ちが勝ったのだ。

 皇宮で行われる葬儀にまつわる儀式に参列するために、子ども時代の私のために誂えられた礼服をまとった息子を前にして、さすがに私は息をのんだ。

 その姿は、いつも以上に幼い頃の兄にそっくりだったからである。

 一瞬、私は迷った。やはり、連れて行かないほうが良いのではないか、と。

 息子を守り通すためには、やはりこの屋敷から出さないほうがよいのではないか。

 その時、息子と目があった。

 一体これからどうなるのだろうとでも言うような不安げな視線を向けられて、私は決意した。

 やはり兄に会わせてやるべきだ、と。

    ※

 皇宮の大広間に着くなり、その場に集う貴族達の視線が私……いや、息子に集中しているのを感じた。

 無理もない、私が息子の存在を大っぴらにしていなかったというのもあるが、前触れもなく亡き皇帝と瓜ふたつの少年が私とともに現れたのだから。

 私達を認めた侍従長は一瞬その目を見開いたが、すぐに何事もなかったかのように私達を皇帝のもとへと案内してくれた。

 棺が安置されていたのは、皇宮内の礼拝堂だった。

 中央には、皇帝の棺。その後ろに皇后と皇女姉妹が控えていた。

 あの嫉妬深く心の醜い皇后もさすがに泣きはらした目をしており、打ちひしがれたような表情をしていた。

 皇女姉妹に視線を移すと、妹姫の方は必死に涙をこらえているように見えたが、世継ぎの姉姫はそういった様子もなく、一番落ち着きはらっていた。

 成年の儀を終えてまださして日も経っていないにも関わらず、だ。

 その様子に、私はふとあることを思い立った。

 兄の崩御を聞いたとき、皇后と宰相が結託して兄を殺したと考えていたのだ。

 しかし、この皇后の悲しみ様を見ると、どうやらそうでもな
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