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05話 恋文の山

last update Terakhir Diperbarui: 2025-06-30 16:17:38

 山のように積まれたラブレターを見て、ミレトス公爵はげんなりとしている。そんな彼に侍従が肩をすくめてみせた。

「捨ててしまいましょうか?」

「いや。返事を書かねば、またあらぬ噂を立てられる。遊ばれた末に捨てられただの、甘い言葉ばかりで無責任だの。せめて丁重に断る返事をしておく」

 え、何? それ、『あらぬ噂』なの?

 私はカゴから身を乗り出した。

 ミレトス公爵は心底嫌そうに手紙の束を解いた。そのうちの一つの封書に見覚えのある筆跡を見つける。『レナ・フォード』の署名。

 公爵に捨てられたと泣いていた、いとこの名前だ。

 公爵はため息をついた。無意識の仕草で左耳のピアスの石を触っている。

「断っても断っても、女が夜会で寄ってくる。どういうつもりだろうか」

「公爵夫人の座が魅力的なんでしょうね」

「だが、俺の立場は危ういぞ? 叔父上には若造と侮られ、王都の政務で精一杯で領地まで手が回らない。おかげで領民からの支持も下がる一方だ」

「その辺りは表に出さないよう、皆で気を張っていますから。それに閣下はたいそう美青年でいらっしゃる。ご令嬢がたが放っておかないのも無理はないかと」

 ミレトス公爵は今度こそ大きなため息をついた。その深緑の両目には疲れが見える。

 ……つまり、こういうことだろうか。

 取っ替え引っ替えいつも違う女性といるように見えたのは、女性の方から勝手に寄っていったから。

 言い寄って断られたなんて体面が悪いから、捨てられたと嘘泣きしていた。

 そういうこと!?

 公爵がレナの手紙を開いた。そばに寄って覗き込んでみる。

 そこには、未練がましい愛の言葉が綴られていた。ついこの前、泣いていたのと同一人物と思えないほどだった。

「モキュゥ……」

 思わず私までため息をつくと、公爵は微笑んだ。

「おや。お前は文字が読めるのかい、まさかね。――この女性は特に厄介で、何度断っても引き下がってくれないんだ。それに、彼女の遠縁の伯爵令嬢と婚約の話が進んでいる」

「キュッ」

 私のことだ。思わず小さく叫んでしまった。

 執事が言った。

「悪い縁ではありませんよ。かの伯爵家はイオニア侯爵家の派閥です。あちらは王家の血縁である当家との縁を望んでいて、利害が合う。侯爵家令嬢であれば影響が強すぎますが、伯爵家ならばほどよいでしょう」

「お前の言い分は認める。だが俺は、女はこりごりなんだ。ただでさえ例の件があるのに……。既成事実を作ろうと、寝室に忍び込まれたのを覚えているか? ぞっとしたよ」

「結婚は貴族の義務ですよ。信頼できる女性を夫人に据えれば、閣下の責務も軽くなる。いつまでも独り身は許されません」

「分かっている。信頼できる女性――か。そんなものがこの世にいるとは思えんが」

 彼は唇を歪めるように笑った。

 その様子は痛々しくて、胸が痛むのを感じる。

 ……私はこの人を誤解していた。それも他人の噂や嘘などという、つまらない理由で。

 うなだれた私を見て、公爵はまだ怪我の影響が残っていると思ったらしい。

 大事に休みなさいと言って、私をカゴに戻してくれた。

 執務を終えたミレトス公爵は、私を入れたカゴを抱えて寝室に行った。

 正直、私はもう帰りたい。けれどなかなか隙がなくて逃げ出せないでいる。

「はぁ、疲れた……」

 ベッドに身を投げだした彼がうめくように言う。

 各種の政務の他、令嬢たちへの断りの返事までしっかり書いたのだ。疲れるのも当然だろうと思った。

「クレア・スキィロス伯爵令嬢、か」

 急に名前を呼ばれてギクッとする。

 彼は私を手のひらの上に載せて話し始めた。

「縁談が来ている女性だよ。調べた限りでは、努力家で前向きな人らしい。彼女であれば、そうひどいことにはならないのかもしれない。けれど俺は、その……本当に女性が嫌になってしまっていてね」

「キュ……?」

「うん、ちょっと、派手にやらかしたご令嬢がいたんだ。疲れて帰ってきてベッドで眠っていたら、襲われた。それでも丁重に引き取ってもらったら、こちらを悪者にした噂を立てられて……この話はやめようか」

 公爵はげんなりした様子である。

「クレア嬢が本当にしっかりした人であるならば、やはり婚約を受けたくない。俺はたぶん、女性だという理由だけで彼女を愛せない。夫婦として共にやっていくために、信頼し合えないんだよ。それはあまりにも、相手に失礼じゃないか……」

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