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第1361話

Author: 夜月 アヤメ
修は子どもを抱きかかえながら、庭のブランコを押していた。

暁はブランコに乗って、揺れるたびにキャッキャと笑っている。

修はしゃがみ込んで、暁が近くまで来るたびにぎゅっと抱きしめて、そのほっぺにキスをする。

そのたびに暁はもっと大きな声で笑い、修もまた優しく背中を押してブランコを揺らす。

父と息子、二人の時間はとても穏やかで幸せそうだった。

何度も何度も、暁は修の腕の中に戻ってきた。

「ママ!」

暁が元気に呼ぶ。

修はにこやかに言う。「ママが恋しくなった?今はお仕事だよ。すぐ帰ってくるからね」

「修」

そのとき、後ろから若子の声が聞こえた。

修は振り返って―

そこには、若子と千景。二人は手を繋いで立っていた。

修の視線はそこで止まる。

その手がしっかりと繋がれているのを見て、胸に鋭い痛みが走った。

すべてを察した瞬間だった。

数秒ほど呆然としたあと、修はぐっと感情を押し殺し、暁をブランコから抱き上げて、二人の前に歩み寄る。

繋がれたその手を、じっと見つめていた。

若子はまっすぐに言った。「修、少し話がしたい」

修の顔はすでに言葉で言い表せないほど固くなっていた。

唇が引きつり、何かを必死で抑え込んでいるようだったが、やがて小さくうなずいた。

リビング。

三人はソファに並んで座る。

修は若子と千景の正面に座り、無言のまま時間が流れた。

千景は足を組んでソファにもたれ、修を鋭い目で見つめる。

修も同じように、決して視線を外さない。

部屋には重苦しい空気が漂っていた。

その沈黙を、若子がやっと破る。

「私、冴島さんと一緒になることにした。彼と結婚したいと思ってる」

その言葉を口にしながら、若子はそっと千景の手を握った。

まるで雷に打たれたような衝撃が、修の胸を直撃する。

手が小さく震え、やがて力を込めて拳を握りしめた。

「......彼はもうアメリカに帰るんじゃなかったのか?」

「私が追いかけて、連れ戻したの」

若子は隠すつもりもなかった。「自分の気持ちに気づいたの。私は冴島さんが好き。もう手放したくなかったから、戻ってきてもらった」

「......お前は彼のことを愛してるのか?」

修の唇が小刻みに震える。

薄々分かってはいたけれど、若子が自分の口で認めるまでは、ほんのわずかな希望にすがっていた。

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