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第565話

Author: 夜月 アヤメ
若子は呆れたようにため息をついた。「捨てるとか捨てないとか、そんなこと言わないで。そうだ、おばあさんから電話があったわ。でも、手術のことは話してない。だから、あなたも今は黙っていて。結婚式の件も私がなんとかごまかしておいた」

「すまない。俺が悪かった」

酔いが覚めてから、修は自分がどれだけ無茶なことをしたかをやっと自覚した。でも、だからといって後悔しているわけではなかった。

もし同じ状況がもう一度来たら、彼はまた同じことをするだろうと思っていた。人生にはどうしても衝動的になってしまう瞬間がある。心電図と同じで、波がないとそれは死を意味する。人生には起伏があってこそだ。

「今さら分かったの?」若子は冷たい表情で言った。「酔っ払うと何も考えずに突っ走る」

「ごめん。次はもうしない」

修が申し訳なさそうに謝る顔を見て、若子は少しだけ心が揺れた。でも、本当にほんの少しだけ。理性が彼女に警告をしていた。ここで心を許してはいけない、と。

「あなた、毎回そうよね。間違いを犯しては謝る」

「じゃあ、謝らずに突っぱねた方がよかったのか?」修は無邪気な顔をして若子を見た。

「......」

若子は呆れながら言った。「もういいわ。そんなことはどうでもいいの。今回は本当に危なかったのよ。医者も言ってたけど、三年間は絶対にお酒を飲んじゃダメだって。胃が完全にダメになって、固形物が食べられなくなるわよ」

「そうなのか」修は口元を少し歪めて、どこか軽く笑ったような表情をした。まるでそれがどうでもいいことのようだった。

その態度を見て、若子は思わず怒りを覚えた。

「修、あなた、その態度はどういうつもりなの?」

修は目を上げ、若子をじっと見た。「どういう態度を取ればいいんだ?俺が苦しんでる顔を見せればいいのか?それとも惨めそうにして謝れば満足なのか?」

若子はその言葉にさらに怒りを募らせた。「自分の身体でしょ?なんでそんなに粗末にするの?事の重大さが分かってるの?」

「分かってる」

「分かってるなら、なんで酒を飲むの?胃が悪いことを分かっていながら、なんでこんな無茶をするの?前にも入院したでしょ?それを忘れたの?こんな短期間でまた同じことを繰り返して......そんなことして、一番傷つけてるのは自分じゃない!」

「じゃあ、なんでお前は怒ってるんだ?」修は声を荒げた
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千恵
何回もこんなパターンになってるんだから、 若子 成長しなされ。 修の性格を分かり切ってるのに、毎回言い負かされて憤慨して。。。 若子、君は母親になるんだよ、しっかり正していかないと。。
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