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第1003話

Author: 夜月 アヤメ
「修、検査の結果がどうであっても―もう、胃を無理させちゃだめよ」

侑子は修の大きな手を握りしめ、その手をそっと自分の頬にあてた。

「もうあなたには、私がいるのよ。私のためにも、自分の身体を大事にして。もう、そんなふうに好き勝手に傷つけるのはやめて」

修は小さく頷いた。

「......ああ、分かった。約束する」

「修......ねぇ、少しだけでいいから、ベッドで抱きしめててくれる?なんだか、急に心細くなっちゃって」

弱々しく頼むその姿に、修は逆らえなかった。

「分かった。じゃあ、横になろうか」

修は手元のリモコンを操作して、病床の背を少しずつ倒していく。

侑子がそっと横になると、修もその隣に静かに身体を横たえ、優しく彼女を抱き寄せた。

侑子は修の顔を両手で包み込み、そのまま目を閉じ、唇を重ねた。

修も彼女の後頭部に手を添え、熱を帯びたキスを返す。

―その唇から、互いの温もりが流れ込んでくる。

修のキスは、次第に深く、激しくなっていった。

......

その頃―

ヴィンセントはついに、命の危機を脱し、意識を取り戻した。

今はすでに一般病棟へと移されていた。

窓から差し込む陽光が、静かな病室をやわらかく照らし、穏やかな空気が満ちている。

ベッドに横たわるヴィンセントは、ゆっくりと身体から疲れが抜けていくのを感じていた。

そして、視線の先には―若子の姿。

彼女はずっとそばに座っていた。

その顔には、まだかすかに不安の色が残っていたが、彼が目を覚ました瞬間、ふっと力が抜けたように安心の笑みが浮かぶ。

その瞳には、安堵と喜びが柔らかく灯っていた。

「冴島さん......やっと目を覚ましたのね」

若子の笑顔は、まるで太陽の光そのもの。見る者すべての心を温めるような―そんな優しさに満ちていた。

千景は、一瞬、動揺したように目を見開く。

「今......俺のこと、なんて......?」

若子は、微笑んだまま答えた。

「冴島さん。そう呼んでって、あなたが言ったでしょ?だから私は、ずっとその名前を覚えてたの。一生、忘れたりなんかしないわ」

その言葉を聞いて―

千景の唇の端に、やさしい笑みが浮かんだ。

彼は―少しずつ、この「名前」を好きになっていった。

ずっと
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Comments (4)
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桜花舞
記憶を失ってからの西也、変わっちゃったのが残念、、 それまでは西也がいいって思ってたのに。
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むーちゃん
修と若子を引き離そうとする人達ばかりですね。 二人を応援する訳ではないですが、一人位味方がいても良いのに… 真実を知っている西也の妹が意外とキーマンになったりして。 子供も修に早く抱き締めさせてあげたいです。 西也は打算で子供の面倒みていそうだから、子供に手を挙げないか見ていてハラハラします。 冴島さん若子の為に色々暗躍してくれそうな予感。
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barairose88
侑子が西也に近づいたのは、何かの布石、と思っていましたが、やはり…修の目の前で堂々と裏切ってましたね。 今度は西也と侑子の腹黒劇場に突入ですか… とにかく侑子、何と言ってもその言動と行動が下品過ぎ…そう思っていたら、やっぱり筋金入りの奔放な女性だったのですね。 修が、簡単に手玉に取られるはずです。 ただこの2人、共同戦線が仇となり、制裁を受ける日が必ず来るはずです… その日を、溜飲の下がるその日を待ち続けます。 そして冴島さん… 若子を助けて、誘拐事件真相、西也の見殺し行為、ノラの暗躍を暴いてください。
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