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第267話

Author: かおる
「星、知らなかったでしょう?

雅臣はさっきの私の屈辱を償うために、このあと宝石店で好きな首飾りを選ばせてくれるのよ」

「店にある宝石なら、私が欲しいものは何でも買ってくれるって......そういえば、あなたたちの結婚には婚約指輪も結婚指輪もなかったわよね?

ちょっとお粗末じゃない?」

唇を隠して笑うその姿には、悪意が滲んでいた。

「安心して。

あとで雅臣に、ついでにあなたにも何か買ってあげるよう頼んでおくから」

そう言い捨て、清子は得意げに立ち去っていった。

葛西先生は怒りで髭を逆立て、目を剥く。

「あの小林とかいういけ好かない娘、いつもおまえにあんなふうに威張り散らしているのか?」

星は静かに頷いた。

「ええ、あの人は昔からああなんです」

「なら、なぜ往復ビンタの一つも食らわせて目を覚まさせん!」

星はふっと笑みを浮かべる。

「平手打ちなんて、あの人には安すぎますから」

葛西先生は負けん気の強い目で彼女を斜めに見た。

「ほう、それなら何か策でもあるのか?」

星は視線を落とし、口座に振り込まれたばかりの信じられないほどの数字を思い浮かべ、唇に笑みを浮かべた。

「急に......私も街に出て、少し宝石を見たくなりました」

葛西先生は合点がいったように笑った。

「なら早く行け。

奴らに買い漁られないうちにな」

高級ショッピングモール。

清子は翡翠のバングルを手に取り、試しに腕にはめてみた。

だが雅臣の姿はない。

仕事に追われ、彼女の買い物に付き合う余裕などなかったのだ。

その代わりに、勇が呼ばれて付き添っていた。

「清子がまた嫌な思いをした」と聞き、どうにか機嫌を直そうと道中ずっと笑わせていたが、清子の顔には陰りが消えなかった。

「このバングル、すごく似合ってる。

俺が買ってやるよ」

値段は六千万円。

だが清子は興味なさげに外し、差し戻した。

つい最近、翔太が神谷家の嫁に伝わる翡翠の家宝を持ち去ったばかりだ。

そのことで清子は苛立ちを募らせていた。

――あの翡翠の重みと意味に比べれば、目の前の数千万程度の品など、俗悪なガラクタにすぎない。

「要らないわ。

デザインが凡庸すぎる」

勇は店員に向き直った。

「もっといい品はないか?」

店員はすぐに頷いた。

「もちろんございます。

どうぞお二階へ
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