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第65話

Author: 魚住 澄音
3階のオフィス。

慎吾は目の前の人間を見ながら、どうにも違和感が拭えなかった。しばらく黙っていたが、ついに口を開いた。「お前がわざわざ来たのは、うちの料理が急に食べたくなるわけじゃないよな?」

「食べたくなったからだ」

慎吾は舌打ちした。「本気でそうなら電話一本で済むだろ。なんで直々に来る必要がある?」

隼人は呆れ顔で言い返す。「どうしてそんなくだらないことばっか考えるんだ」

「はあ!?おかしいって思ったら疑うだろ?!」

長年の友人だからこそわかる。隼人が異常な行動を取れば、誰だって警戒する。この男は普段と違う行動すれば大変になるから、先に警戒しておく必要がある。

さらに質問しようとした時、スマホが鳴った。

「どうした?」

マネージャーから事情を聞いた慎吾は、眉をピクリと上げ、じっとある人物を見据えた。口元には笑いが浮かんでいる。抑えようにも抑えきれない。

隼人は眉をひそめた。

次の瞬間、慎吾はゆっくりとした口調で言った。「お客様は神様。客の言うことには従わないとな」

電話を切ると、慎吾は机を叩いて立ち上がった。「隼人、やるな!女に惚れると友を忘れるとはな!彼女がここで会食してるから来たんだろうちの料理が食べたいだって?ふざけるな!」

「……」

-

寧々とその女友達は、個室で談笑していた。

料理が運ばれ、一口食べた途端、二人はむせ返るようにくしゃみを連発し、目を潤ませた。

「なんでわさびなんか入ってんのよ」女友達が顔をしかめて文句を言う。

寧々は驚いた。わさび?!

「寧々、わさび、美味しいか?」冷え冷えとした声が背後から響き、二人が振り向くと、ことはがドアに鍵をかけるところだった。

彼女はそのまま上着を壁際のクローゼットに放り投げ、ゆっくりと袖をまくっていく。

鼻のムズムズが止まらない寧々は、彼女を見るなり怒鳴った。「この下衆女!」

ことはは冷ややかに笑いながら言った。「あなたが私の料理に仕掛けるのは許されるのに、私が仕返ししちゃダメ?」

「ふん!あたしがやるのは当然よ。あんたはうちの飼い犬なんだから!」寧々は傲慢な笑みを浮かべた。「でもね、あたしにこんなことして、パパとママに言いつけるよ!タダじゃ済まないから!」

「親が私にどう仕返しするかはあとでゆっくり聞いてあげる。でも今、この場で酷い目に遭うのは、あなたの方よ」
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