訂正しよう。
俺にとてもかわいい従魔ができた。
そう、いっそこのままでいいんじゃないか?
むしろこのままの方が全方向に幸せな気がする。
俺はアスにゃんをモフり倒しながらにやける顔を抑えることができなかった。
最高だ。もうこいつを手放せる気がしない。
再度腹に顔を薄めぐりぐりしていると、「にゃあん!」ひときわ高い声でアスにゃんが鳴いた。
とたん、むくむくむくっと腕の中の身体が大きくなり、その重量がそのまま俺の顔の上に。
「んんーーーーっ!!」
ジタバタと押しのければ、真っ赤になったアスナが大慌てで俺から離れた。
「ご、ごめん…っ!」
何故か前かがみになっている。
って……おい、まさか……
「……何デカくしてやがる。変態め!
せっかくアスにゃんを堪能していたのに、勝手に戻るな!」
ムスっと抗議してやると、股間を押さえたまま真っ赤になって涙目で反論された。
「いや、あんなんされたら無理でしょ?!
アスカ、分かってる?あの猫も俺なんだぞ?
アスカは猫を可愛がったつもりだろうが、実際は俺の手や身体を撫でまわして腹に顔を埋めてぐりぐりしたんだぞ?!完全にセクハラ!
好きな奴にされたら誰だってこうなる!!あれ他の奴にしたら誘われたと判断されるぞ!」
「それくらい耐えろこのケダモノめが!」
「ごみクズでも見るような目で俺を見るなよ!不可抗力だろ?!」
「………さっさと戻せ」
「そんなすぐには無理だって!お前だって分かるだろ?!」
「…&hellip
微笑み合うアスナとレオンの姿は、一見親し気に見えるようだ。観衆のひとりがぼそっと呟いた。「アスカ様を護る金と黒の守護騎士のよう……」とたん、あちこちから同意言葉と共に「金と黒」という声が上がり始める。その言い方だと、俺がいわゆる姫ポジというやつではないのか?言っておくがここで一番の強者は俺なのだぞ?舐めてもらっては困る。俺は不毛な力比べをしている金と黒の肩を掴んで引き剥がし、こう言い放ってやったのだった。「いいかげんにしろ。俺が誰だか忘れたのか?俺はアスカ・ゴールドウィンだぞ?貴様らに護られる必要などない。ここで一番強いのは俺なのだからな!だが、アスナが俺の傍に居ることは許す。俺を護る必要は無いが、俺のために尽力しろ。さあ、いつまでそうしているつもりだ?さっさと行くぞ。お前たちが来ないのなら俺一人で行くが?どうする?」顎を上げて言い放ってやると、レオンは慌てて両手を上にあげて降参だと示した。「いや、私ももちろん一緒に行くよ?大切な婚約者の頼みだからね」すると今度はアスナがわざとらしく俺に向かって一礼。「わたくしも、もちろん一緒に行きますよ?従者ですから。常にアスカ様と共に」アスナの美しい礼に、周囲から「ほう……」と感嘆のため息が落ちる。どこでこんな所作を身に着けたんだか。本当に器用な奴だ。「じゃあ、いくぞ!」二人が着いてくるのを待たずさっさと歩きだした。こんなことをしていたら授業に間に合わないではないか。遅刻など、恥だ。俺が時間管理もできない人間のようだろうが!振り返りもせず優雅に、しかし最速で歩を進めたおかげで、想定の時間内で学園長室に着いた。「失礼致します。アスカ・ゴールドウィンです。わたくしの従者アスナが本日よりこちらに通いますゆえ、ご挨拶に伺いました。よろしいでしょうか?」「ああ、待っていたよ。入り給え」「失礼致します」レオンが先に話を通してくれていたためスムーズだ。共に入ってきたレオンの姿に気付いた学園長が、慌てて立ち上がって頭を下げた。「「レオンハルト殿下もご一緒でしたか。大変失礼を致しました」「ああ、座ってくれ。学園内では一学生として扱ってほしい。こちらこそ、無理を言って済まなかった。彼はアスナ。私の遠縁にあたるのだが、この通り私と容姿が似ているものでね。いらぬ面倒の無いようにと社交の
よく考えたら「好きだ」とか「憧れる」だとか「傍に居たい」だとか、レオンが俺への好意をここまで赤裸々に伝えてきたのは初めてだ。これまでの俺なら、伝えられていたら余計に距離をあけただろうけど。正直、俺の外見だとかスペックに群がる有象無象の「好き」は、悪い気はしないが信用はしていない。外見がよくスペックが良い奴なら誰でもいいのだろう、と思ってしまうからだ。でも、俺に無情に扱われ、それでも俺から離れなかったレオンの「好き」は信用できる。改めてレオンを「アスナに似た奴」「攻略対象」ではなく「この世界に生きる個人」として見ると、文句なしのいい奴なのだ。……………………これは、もしかしてアリか?こいつなら俺が好き勝手しても止めないだろう。これまでだってそういう俺を受け入れてきたのだから。アスナのことも知っている。むしろアスナの件に関しては俺に恩があるのだ。文句など言わせない。「………アリかもな………」ぼそっと呟けば、それを聞きとがめるアスナ。「ねえ!アリ、って何が?なんか不穏なこと考えてるでしょ!ねえ、アスカってば!!」俺の腕を掴みグイグイと揺すぶってくる。「分かった!分かったからその手を離せ!俺を揺さぶるな!」「なにが分かったの?絶対変なこと考えないでくれよ⁈アスカの未来は俺と共にあるんだからな⁈」「ははは!私にもまたチャンスはあるみたいだね?うん。もっとアスカと話して居たいが、タイムアウトだ。そろそろ学園長のところに行かないと、授業に遅れてしまうよ?」「もうそんな時間か?」「アスカ、聞いてる?!俺を無視すんなって!!」「私も一緒に行こう。アスナだけ連れて行くと目立つだろう?」「いや、二人が並ぶほうが目立つと思うが……」「遠慮しないって言っただろう?アスカと居られる貴重な時間なんだ。一緒に行かせて?」「お前ら、勝手に話を進めるな!!」「?アスナ、来ないのか?」「行くけど!!ってかなんだよこれ!!レオン、おまえこんなにグイグイくるキャラじゃなかったろうが!」「キャラ?どういう意味か分からないけど、アスカの婚約者は私なんだよ?アスカの従者を学園長に紹介するのなら、当然アスカの婚約者である私も同行するよね?」「ふっ。すっかり打ち解けたようだな。王族であるお前に好き放題言える奴は俺くらいしかいなかったからな。気の抜ける相手が出来て良
俺がアスナに囚われていた?……確かに、俺は過去に囚われ、攻略対象だからというより、アスナに似ているという理由でレオンと関わらぬようにしていた。それはつまり、アスナに囚われていたということになるだろう。アスナから逃げたつもりで常にアスナと共にあったということか……。思わず「ふは!」と笑みが漏れた。馬鹿みたいだな。結局、どこに居ても、どうあっても俺はアスナから逃れられなかった。諦めて側にいると決めたらスッと楽になったように感じたのは、その為か。「まあ……腐れ縁みたいなものだからな。諦めた。この際だから言っておく。レオン、お前も気づいていただろう?俺はお前のことを必要以上に避けていた。お前がアスナに似ていたからだ。そう、俺にとってはアスナがレオンに似ているんじゃない。レオンがアスナに似ていたんだ。だが、もうそれはやめだ。アスナはアスナ、レオンはレオンだと分かったからな。これからは、普通の友人として付き合っていけたらと思う」言ってしまうと、どこか重荷をおろしたかのようにすっきりとした気分になった。正直なところ、レオンは「婚約者」でさえなければいい奴なのだ。王族なのに気取らない。平民にも分け隔てないし、俺が暴言を吐いても笑っている。俺に対しても、その身分を盾に無理を通すことはない。レオンが攻略対象でなく、俺が悪役令息であろうとしなければ、普通に良い友人もしくは親友になっていたかもしれない。いい奴でしかも俺に好意的に接するレオンに塩対応し続けるのは、存外に俺の負担になっていたのだ。俺としては「友好宣言」のつもりだったのだが、当のレオンはなぜか複雑な表情だった「避けられていた理由が分かっても、嬉しくないのはどうしてなんだろうね?……なんて言ったらいいのかな。アスナに似ている、というのが……正直悔しい。君にとってはアスカが先だったということでしょう?」言って、ふう、と大きなため息をついた。「君に避けられていたのは知っていたよ。理由まではわからなかったけど。でも……私の中に自分ではない存在がいると気づいていたからね。君に対する強すぎる想いが溢れぬよう、呪いをなんとかするまでは、君と距離を置く方がいいのではと考えていた」だからアスカが私を拒むのを受け入れていたんだ、と切なく微笑むレオン。やるせなさそうに俯いたその姿を、俺は黙っ
「アスカの笑顔を君が引き出したというのか?公爵家が君を認めるほどの?」お前もそこまで驚くのか?……俺はそんなに笑ったことがなかったのだろうか。悪役令息であることを意識するあまり、笑顔を忘れていたのかもしれない。しかし、そこまで驚かれるのも複雑な心境だ。「レオン。俺だって笑うことくらいある。父上たちがアスカを認めたのは……ただ単にこいつの口が上手いだけだ」「アスカが声を出して大笑いしたからだろ?公爵家、めちゃくちゃ喜んでたじゃねえか」「……そりゃあ……みな、こういってはなんだが、親バカだからな」「確かに!公爵家、アスカのこと大好きすぎるよなー。俺、殺意すら感じたぜ」「それは仕方ない。お前はうさん臭いからな」「酷いなあ!こんなにアスカのこと愛してるのに!」ぽんぽんと飛び交う会話。ついいつもの軽口をたたいていると、レオンが唖然と口を開けていた。「…………アスカ、いつの間にその従魔とそこまで親しくなったんだ?」「親しい」と言われ、とっさに否定してしまう。「別に親しくはないさ」憮然と返す俺とは逆に、アスナのほうは自慢げに胸を張って見せた。「そりゃあ親しいだろ!俺はアスカと共に居るために存在しているんだからな!レオン、お前も分かってるだろう?俺がどれだけアスカを求めていたのか。俺と共にいたんだから、感じていたはずだ」カタン。レオンが手にかけた椅子が音を立てる。「アレは……親しいなんていうものじゃない。単なる執着だ。……あんな気持ちは、認められない。アスナ、お前が主人であるアスカに向けていい感情ではない」指先がかすかに震えていた。アスナが中にいた時のことを思いだしたのだろう。アスナの感情はレオンに恐れを抱かせるほどのものだったのか。ジロリとアスナをみやれば、ニヤッとされた。「世界を超える愛だぜ?軽いもんであるはずないだろう?」それもそうだ。なんて思える俺も俺だな。前世では重過ぎる感情が怖かったのに、なんていうか……「もういいか」と思ってしまったのだ。今の俺はアスナより強い。アスナを押さえる力もある。ならば、もう側にいてもいいのではないか、と。ここまで俺を愛し執着するような奴は、アスナくらいしかいないだろうしな。レオンは恐ろしいものを見たかのようにアスナを見つめた。そして常になく真剣な表情で、俺にこう問う。「
レオンの部屋にいけば、案の定、既にレオンが待っていた。「おはよう。アスカ」隣のアスナのことは完全に無視か。「おはよう、レオン。お前のお陰でアスカと共に歩む未来を手に入れた。ありがとな!」笑顔で煽りまくるアスナ。お前その言い方はやめろ!間違ってはいないが語弊がありすぎだろう。分かっててやってるな?一応レオンは俺の婚約者ということになっているんだ。わざわざ喧嘩を売るんじゃない!間に挟まれる俺が面倒だろうが!だが俺の予想に反し、レオンは売られた喧嘩を買わなかった。アスナの存在をなきものとして俺にのみ話しかけ続けたのである。「アスカ、昨日はありがとう。この10年しつこく私に憑りついていたゴミが、アスカのおかげでようやく取り除かれた。すっきりしたよ」いや、買ってるな。俺に話しかける体でアスカに喧嘩を売り返してやがる。なあ、アスカ、お前はゴミだとよ。するとアスカは余裕の表情でこう切り返した。「嫌だなあ、もう忘れたのか?そのゴミに身体を奪われかけたのは誰だっけ?ってことは……ゴミに身体を奪われかけたお前の能力はゴミ以下、ということだよな?アスカのことはこの俺に任せて、負け犬はさっさとアスカの人生から消えてくれていいんだぜ?」「犬というのなら君のほうでしょう?アスカの忠犬、いや下僕なのですから。私は婚約者、パートナーです。どちらの立場が上なのか、理解できませんか?ああ、駄犬には理解が難しいのかな?」「身分にものを言わせて婚約者になったやつはいうことが違うぜ。みじめだなあ!俺は実力でアスカの隣を勝ち取ったぜ?アスカとは生涯離れられない特別な仲なんだよ!」笑顔の舌戦だ。お互いになかなかうまいことを言う。同じ顔で言いあっているのはなかなかシュールだな。黒と金、さながら天使と悪魔の対決だ。言っている内容はしょうもないのだが。どこまでこのくだらない言い合いをするのだろうか。面倒だと思っていたのに、ちょっと面白くなってしまった。俺はあえて口を挟まず大人しくこの舌戦を観賞することにした。さりげなく距離を取り、壁に寄りかかって足を汲む。さあ、存分にやってくれ!ワクワクしながら見守っていると、二人の視線が俺に向く。「……アスカ?」「……君、もしかして楽しんでない?」「いや、気のせいだ!俺のことは気にせず、存分にやってくれ!」珍しく
「着いたぞ」馬車を降りると、俺たちに気付いた有象無象がさっそくざわつきだした。「まあ!アスカ様と一緒にいらっしゃるのはどなた?殿下とそっくりでいらっしゃるわ!」「髪の色はアスカ様と同じ、神秘の漆黒ね。どういったご関係かしら?」「黒をお持ちの方がお二人もお並びになるなんて!お美しいわねえ……」アスナはそんな生徒たちにチラリと視線を投げると、かすかに口元を緩めて見せた。とたん「きゃあああ!」だの「うおおおおっ!」だのと黄色い悲鳴が上がる。十分に視線を集めたと見てとるや否や、今度はその長身をかがめ、俺の耳元でこう囁いてきた。「俺とアスカが唯一無二だってアピールしなきゃね?」呆れたものだ!まったく!「お前は単なる俺の従者だろうが」「そうともいう。でも、学校でアスカの従者は俺だけでしょう?なら、唯一無二で間違いじゃない」「……あまり派手なことをするなよ。面倒は御免だ」「アスカ様、全てあなたの仰るように致しましょう」気取った様子で俺の手を取り、そっと口付けを落とした。こら!従者はそんなことしねえだろうが!俺の抗議の視線をものともせず、そのまま俺の少し後ろに立ち俺のウエストに手を当ててエスコートまがいのことをしてくるアスナ。「きゃあああああ!!!」「アスカ様がお避けにならないなんて!本当にどういうご関係なのっ?!」「殿下はどうなさるのかしら?ご存じなの?」ほら!余計なことをするから!うんざりしていると、アスナが視線は前に向けたまま俺にだけ聞こえる小さな声でこんなことを言ってきた。「……ふふふ。これで俺とアスカのことが学校中に広まるね」「クラスに戻るころには、ほとんどの生徒の耳に入るだろうな」「やりすぎなんだよ!」と皆に見えぬようゲシッと肘をアスナの腹に打ち込んでやれば、「イテテ」と笑うアスナ。……なんだこいつ、浮かれているのか?「さあ、アスカ様。どちらに向かえばよろしいでしょうか?」「……正面を入って右。そして突き当りを左に曲がれば、昨日の塔がある。きっとレオンが待っているはずだ。先に寄って打ち合わせをしていくぞ」「了解いたしました。では……」進行方向に視線を向ければ、道を塞いでいた生徒たちがザアッと左右に分かれ俺のために道を開けた。これが俺の世界だ。飛鳥とは違い、俺は自分の行きたい方向に道を「作る」。「いくぞ、アス