居酒屋のアルバイトを掛け持ちしている庵は生活をするのにやっとだった。疲れきった時にふとある配信に目が止まり、輝きを放ちながら自分の道を歩いているタミキにハマってしまう。泥沼に自ら入り込んでいく庵の姿を書いたシリアスBL──
View More65話 連動する叫び声 激痛に耐えながら叫び声をあげ続ける。喉がジリジリと焼けるような熱さが広がり続けていく。刷り込まれた雑音を浄化しながら、別物を差し替えていく。「ぐあああああ」 耐えきれない僕は無意識にもがくと、より痛みが貫いてくる。その姿を見つめながらも、自分の力を注ぎ続けるマザーは、手を抜く様子は全くない。「耐えなさい、それしか取る方法はないのです」 僕に聞こえるような声で言葉を吐くが、空間が邪魔して粉々になっていく。形のあった心は雑音に埋もれながら、僕の脳裏に違う言葉が作られていく。「もう少しだ、もう少しで」 聞いた覚えのある声の主は、誰だったかを思い出す事が出来ない。過去の記憶に蓋がかかっていて、それ以上踏み込んではいけないと体が警告する。拒否反応を示した僕は、ぐったりと倒れ込んだ。「私の力では難しいのでしょうか、いえ、きっと」 世界が新しい彩りを欲していく。その変化についていく事が出来ないマザーは、自分の可能性にかけるしかないと覚悟をした。倒れ込んだ僕を癒すように包み込むと、世界は真っ赤になっていく。 僕の声は現実世界に連動していく。今まで何の変化もなかった僕は、急に叫び声をあげたかと思うと、力が抜けたように床に倒れていく。その姿を見ているタミキは、何が起こっているのか理解出来ないといった表情で見つめていた。「庵、何が起こってんだよ」 一人で僕の様子を見ていたタミキは心の声を漏らしていく。その疑問に答える事が出来ない僕を、抱きしめるとベッドに戻していく。 何が起こっているのかを理解する為には、椎名と南を呼ぶ必要があると考える。しかし、僕一人を置いて、呼びに行くのはリスクが高い。自分には何も出来ないかもしれない、それでも僕を失うんじゃないかと思ってしまう。「叫び声が聞こえたけど、何かあった?」 空気を読んでいるように急に現れた南の声に振り返ると、今、目の前で起きた事を説明し始めた。しかしタミキは気付けない。こんなタイミングよく南が現れた、
64話 ファザー 体の中に取り残されていた情報が分解されていき僕の命の源へと形を変えた。失った部分を補うように補修されていくと、少しずつだけど声を出せるようになっている。心の中で話す事は出来ても、口から発せられるのは少しの反応だけ。それでも現実世界で待っているタミキからしたら希望になるだろう。ここで体を心を慣らしていかないと、起きる事は出来ないようだった。溶液のようなもので隔離されている僕は、マザーと呼ばれる電脳の母に助けられた。「あのまま現実世界へ行かす事も考えたけれど、まだ早いと思うの。ごめんね庵」 彼女はまるで自分の子供にあやすように言葉を作ると、僕の喉に溜まっているウィルスを抽出していく。自分でも気づかないうちに、仮想世界にどっぷりと浸かり込んでいた僕は、人間の姿を捨てようとしていた。それを止め、修復を試みている彼女がいる。「貴方と彼は私にとって子供なのよ。母親は子供を守るでしょう? だから私も」 この世界から出る事が出来ない。彼女はこの空間で作られ、一つの電脳として生きている。体を持たない彼女は、ここで朽ちようとしていたのかもしれない。「数日間かかるわ。試練を乗り越える事で、貴方は元の場所に戻れるのよ」 耳に入ってきているはずなのに、全てが溢れていく。彼女の言葉は人の記憶に影響を与えてしまう。だからどんな言葉を口にしても、僕の中でデリートされていく。その事を理解している彼女は、それでも言葉を残す事をやめる事はなかった。「最後の親としての仕事をさせて頂戴」 別れが近い事を知っているマザーは、ドットの形の涙を流し続けた。僕の体に落ちそうになると、空気の中で最初からなかったように消滅していく。 自分の想いが願いが僕に届かなくても、それでも僕達の願いを叶える為に、自分の力を全て注ごうとしている。それをしてしまうと、彼女もただでは済まないはずなのに。 綺麗な声を聞いた気がした 記憶の中にあったはずなのに 急に消えていく 全てを手放す事が 現実へ戻る為の試練なのかもしれない
63話 帰りなさい 対立したくない気持ちが溢れてくる。例え生きる場所が違ったとしても、全てを否定する事はしたくない。してしまったら、今までの信じてきたものが崩れる気がして怖かった。「それが君の答えか……本当は君をあちら側に行かしたくない。それでも俺にそれを止める権利はない」 カケルは自分の意見を言いながら、心を混ぜていく。そこには何の偽りはない。彼の瞳は真っ直ぐで僕を見つめて話してはくれない。奥底から信念が見えた瞬間だった。「俺にとってタミキは弟だ。もう一度会いたいが、それも叶わない」「……どうして?」 僕が例えあちら側の存在でも、この世界から出れるのなら、彼らにも同じ事が出来るんじゃないかと思っていた。力を合わせて、タミキに会う為に、前に進むのも悪い話じゃない。提案しようとすると、ビリビリと静電気のようなものが僕の言葉をかき消していく。言おうと考えていた言葉の弾劾達は、意思を無くしたように沈み、出てくる事はなかった。「君には覚悟があるのだな。なら止めたりはしない」 僕の問いかけはスルーされ、話は元に戻されていく。不思議な感覚の中で会話をしている僕達の間には透明な壁が出現してくる。ゴゴゴと地面を鳴らしながら立ちそびえた空間は、カケルを捕縛するように彼を囲っていた。「俺は無理か……カケルに伝えてくれ俺は……」 壁はカケルを押し潰そうと小さくなっていくと、その隙間から声が聞こえる。最初の方は聞き取る事が出来たが、最後の方は邪魔されるように、聞こえなくなった。 僕のいる場所はこの世界の始まりの場所のようだった。ここからシステムは作られ、世界は広がったのだろう。終わりは始まりの中で鼓動を打ちながら、僕を飲み込んでいく。「帰りなさい」 誰かの声が聞こえた気がした。 情報の波は沢山の記憶を捏造しながら 僕を元の世界へと運んでいく その先にどんな未来があるのか それを確かめるために僕はいる 機械に繋がれた体は栄養を取り込もう
62話 分離された二つの刻む時間 自我を持つはずがなかったもう一人の自分の意識が南を襲い続ける。ぐっと歯を食いしばりながら、感情の波に溺れそうになる自分を抑えているが、徐々に強くなっている。どうにか対策を講じないと、この体も心も侵食されていくかもしれない。同じ細胞を持つ存在を肉体に入れてしまうと、その後どうなるのか彼は知らない。「ぐっ……はっ」 頭の中に自分の記憶じゃない映像が定着しつつある。南の知る現実と杉田の見てきた現実が合わさりながら、溶けようとしていた。 その事に気づく者はいない。南の精神力は僕らが思っている以上に、強い。それもあり、表には出さないように戦っている。僕は南の背負った十字架に気づく事もなく、希望と願いを抱いて、仮想空間から抜け出そうとしていた。沢山あった建物も、広がっていた自然も、何もかもが花が枯れたように、色を失い全く知らない世界へと様変わりしている。普通に歩いていた人達の姿は消え失せ、この世界には僕だけが取り残された状態になっている。「どうやって出ればいいんだ」 あの時、言った彼の言葉を思い出しながら力に変えていく。今まで何も出来なかった僕に出来るのだろうかと思う事もある。それでもタミキにもう一度、会いたい。その願いだけが僕の心を支えているんだ。 勇気を持つ事なんて出来ないと勘違いしていた自分はもういない。ただあるのは明るい未来に向けて走り出した僕がいた。「君はまだ知らない。俺達は全ての結末を知っているから。まだ君は知らなくていいんだ」 バグは空間から始まり、杉田へと侵食していった。仕込んだのは南だが、改良をしたのはカケルだったんだ。「どうするつもりだ、逃すのか」「いいえ、父さん。俺達は二人を裂く為に存在している。彼らを自由にはさせないよ」 スーツを脱ぎ捨てるとまるで魔法のように貴族のような格好に変化していく。二人は十歳に生きたタミキの父と兄のはずだが、別の顔を持っているようだった。「タミキは私達にとって重要な子だ。あの子が全てを思い出した時に、使命を思い出すだろうな」
61話 新しい因縁 ベッドの上で眠り続けている僕を心配そうに見つめているタミキがいる。僕達二人が犯した罪を認める為に、過去にリンクし仮想空間の住人として生きる事を選んだ過去の僕達とは違う道を選んだ。椎名のサポートのおかげで現実世界に戻ってこれたタミキはいつになるか分からない僕の目覚めを待っている。今回の仮想空間で起こった出来事は、二人の記憶を保持する為に、定着させているようだった。そのおかげでタミキはあの場所でいたタミキとして生きる事が出来ている。何千年も眠り続けていた体は崩壊してしまったが、二人の副製品として新しい肉体を用意していた。一つのデーターを現実の記憶のように捻じ曲げて記憶を肉体に上書きすると、思った以上に事が上手く運んだようだった。「寝坊助さんだな、庵は」 なるべく不安定な自分を出さないように気をつけている。少しでも気を抜くと、同じ事を繰り返してしまうんじゃないかと不安が会ったからだ。少しの不安が積もっていく。その度に、大丈夫と自分自身に言い聞かすと、僕の髪を優しく撫でた。 二人っきりの時間はあっという間で、少し前まで愛し合っていた二人の事を思い出すと、欲望が出てきそうになる。タミキの思考を遮断させようと、ドアの向こうから誰かの影が映る。「いいかい?」「どうぞ」 タミキが僕を見ている時に限って、合わせるように南が来訪する。僕の寝顔を見続けていた彼は、南の顔を見ると、うんざりしたように呟いた。「その顔で俺を見るなよ」 タミキの知っている杉田は南とは別人のようだった。話を聞くと南の複製として杉田を作ったようだった。彼の置かれた環境で、正確や行動、言葉遣いは変わると説明されたが、どうしてもモヤモヤしているようだった。「何か言ったかい?」 満面の笑みでタミキを見ている南は、杉田と違って温厚に見える。僕の事で二人がバトルをしたとは知らないのは僕だけだった。 ムスッとした表情で不貞腐れていると、くすくすと茶化すように笑った。二人は現実世界でも因縁があるようだった。「南には関係ねぇよ。それより庵はまだ目を覚まさな
60話 辿り着いたのは…… 次元をわたる事は不可がかかってしまう。壊れかけている記憶の残像に飲まれそうになりながらも、意識を保とうと南は集中した。ワープホールのような空間の中で僕がいる場所へと飛ぶと、目の前に杉田の影が漂っていた。自分自身の分身と合う事はドッペルゲンガーと出会う事と同等の意味を持つ。しかし人の肉体を手放した影は、自我を崩壊させながら、見たこともない獣の姿へと変貌していく。逃げる僕と追いかけてくる影の間にたどり着いた南は全てのバグを自分の体に内臓している電子心臓に取り込んでいく。闇だけを抽出していると、僕の右手にある電子タトゥーも吸い込まれていった。「杉田が二人?」 突然の出来事に走っていた僕は減速していった。重たかった体が急に軽くなった気がする。リハビリのお陰で走る事は出来るようになったけど、前のようには走れなかった。それなのに、急に力が湧いてきて、足を持ち上げても、違和感を感じなくなっていた。「走り続けろ、そしてあそこに行くんだ」 南は僕に大声を張り出しながら、伝えると邪魔をしてくるもの全てを喰らい尽くしていく。その姿は人間離れしていて、遠い存在に感じていた。あの杉田は僕の知っている彼ではないと確信し、出来るだけ今出す事が出来る全速力で光の中へとダイブして行った。「……それでいい」 僕が光に包まれていく姿を見て、安心したように微笑んだ。目の前に影がいるのに、何故だか清々しい。彼は影の頭目掛けて、USBを差し込むと、全てのデーターを消去していく。杉田としての記憶も、感情も、感覚も、何もかもを——「何を…ああああ」 黒く濃かった闇は、徐々に生気を失いながら、薄くなっていく。彼は何が起きているのかを知る前に、ちりの一部になり、この世界の底へと溶けていく。その姿を見届けながら、自分の体にも何かを打つと、南の姿は最初からなかったように、消えていた。 大きな光に包まれながら 隠れている人物が微笑みをかける 彼の手に引き寄せられるように 繋いでいる ピッピッピッと電子音が
Comments