僕の推し様

僕の推し様

last updateLast Updated : 2025-07-25
By:  空蝉ゆあんCompleted
Language: Japanese
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Synopsis

BL

おとなしい子

ヤンデレ

一目惚れ

居酒屋のアルバイトを掛け持ちしている庵は生活をするのにやっとだった。疲れきった時にふとある配信に目が止まり、輝きを放ちながら自分の道を歩いているタミキにハマってしまう。泥沼に自ら入り込んでいく庵の姿を書いたシリアスBL──

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Chapter 1

ドストライク 正反対  

脳腫瘍と診断された後、白石紗季(しらいし さき)は二つの事実を知ることになった。

一つは黒川隼人(くろかわ はやと)との婚姻届が偽物だったこと。もう一つは実の息子――黒川陽向(くろかわ ひなた)もその事実を知っており、他人を母親として望んでいたこと。

この時紗季は自分の家族を捨て、全てを彼らに捧げた七年間が、まるで茶番だったことを悟った。

そこで紗季は三つのことを実行し、この薄情な父子の前から完全に姿を消すことにした。

一つ目は、一ヶ月前に予約していた結婚七周年記念のキャンドルディナーをキャンセルし、陽向の幼稚園のクラスLINEグループと、父子の健康のために入っていた数十の健康関連のグループから退会すること。

二つ目は、医師からストレステストを受け、特効薬を処方してもらい、海外まで移動できる体調を確保すること。

三つ目は、七年間連絡を絶っていた兄の白石隆之(しらいし たかゆき)に電話をかけ、遠くへ嫁いだことを後悔して、帰りたいと告げること。

――

「紗季さん、がん細胞が脳神経を圧迫しています。早急な決断が必要です」

消毒液の匂いが漂う病院の廊下で、医師の言葉が今も紗季の耳に響いていた。

全身を震わせながら、しわくちゃになった検査結果の用紙を握りしめた。

最近頭痛や嘔吐に悩まされ、時々鼻血も出ていた。

寝不足による単なる体調不良だと思っていたのに、検査結果は恐ろしい事実を突きつけてきた。

医師は治療方針を選択する必要があると言った。

手術をして五十パーセントの生存確率に賭けるか。

それとも保守的な治療を選び、投薬と化学療法で髪の毛は抜け落ちるが、あと数年の命を繋ぐか。

紗季はその五十パーセントという確率に賭けることが怖かった。

幼い頃から注射さえ怖がっていた彼女にとって、冷たい手術台の上で生死を分ける選択をすることは想像もできないほど怖かった。

しかし手術をしなければ、脳の腫瘍は大きくなり、苦しみながら死んでいくという残酷な現実が待っている。

紗季は目を閉じ、隼人のことを考えた。

彼女は隼人と結婚してもう七年になる。彼女は彼を愛していて、まだ長い間一緒に生活したいと思っている。

そして何より、二人は頭がよく、優秀な息子――陽向を一緒に育てている。

人生で最も大切な二人のことを考えると、勇気が湧いてきた。

彼女は立ち上がり、医師の診察室のドアを開けた。

「先生、決心しました。開頭手術の予約をお願いします」

医師は厳かな表情で言った。

「五十パーセントの確率です。怖くないのですか?」

紗季は微笑んだ。「怖くありません。夫と子供が私の側にいてくれると信じています。二人がいれば、何も怖くありません」

医師はゆっくり頷いた。

「分かりました。一ヶ月後の手術を予約しておきます」

紗季は病院を出て、急いで帰宅した。夫と子供の慰めと支えが欲しかった。

家政婦は隼人が会社に行ったと告げた。

紗季は急いで黒川グループへ向かい、社長室の前まで来た。

中に入る前に、男性の声が聞こえてきた。

「隼人、紗季にお前が美琴を秘書にしたことを知られたら、怒るんじゃないか?」

紗季は凍りつき、ドアの隙間から隼人の親友――青山翔太(あおやま しょうた)の姿をはっきりと見た。

美琴?

美琴!

この名前は彼女にとってあまりにも馴染みがあった。隼人が十年もの間、心の奥底に秘めていた初恋の人だった。

机に向かって座る隼人は目を伏せ、袖をまくり上げた。黒いシャツの襟元は少し開いていて、どこか冷たい既婚者の雰囲気を醸し出していた。

彼はいらだって言った。

「会社のことに口を出すな」

翔太は首をすくめ、苦い顔をした。

「まあね、俺はこの何年もお前の面子を立てて、紗季のことを奥さんって呼んできたけど、周りの人はみんな、お前たちが偽装結婚だって知ってるよ。それに婚姻届は俺が偽造したんだ。ハハハハ!」

これを聞いた紗季は、顔が真っ白になり、その場で凍りついた。

彼女は......何を聞いたのだろう?

隼人との結婚は......偽装だったの?

隼人はオフィスのドアに背を向けて座り、ドアの外に人が立っていることに全く気付いていなかった。

翔太は好奇心に駆られて尋ねた。

「隼人、なんで黙ってるの?今美琴が戻ってきたんだから、早く紗季と別れればいいじゃん?当時紗季がしつこく迫って、お前が酔っ払ってた時に誘惑して妊娠したから、子供の戸籍のために仕方なく偽装結婚したんだろ。その結果、美琴が傷ついて出て行って、今やっと戻ってきたわけだし」

紗季は息を飲んだ。

激しい頭痛が襲ってきて、紗季は口を押さえ、必死に吐き気をこらえた。

あの夜、バーに翔太も確かにいたはずなのに!

自分は隼人にお酒を勧めてなどいなかったのに、隼人はビジネスライバルに薬を盛られていた。翔太はそれを分かっていたはずだ。

自ら「解毒剤」になろうとして、隼人とホテルへ行ったのだ。

なぜすべての責任を自分一人に押し付けるのか?

翔太は軽く笑い、からかうような口調で言った。

「お前はいつ美琴と結婚するつもりだ?当時彼女は重い心臓病にかかって、お前の足手纏いになるのを恐れて去った。紗季にその隙を突かれたんだろう?美琴はもともとお前の妻になるはずだったのに!」

隼人は鋭い視線で翔太を見つめた。

その目は氷のように冷たく、警告が伝わってくる。

「俺と紗季には陽向がいるんだ......」

紗季は全身を激しく震わせ、立っているのがやっとだった。

彼女は彼らの会話に吐き気を催した。聞き続けられなくなり、そのままトイレに駆け込んだ。

そのため隼人が言いかけていた言葉を聞き逃してしまった。

紗季は洗面所で激しく嘔吐した。

残酷な真実に吐き気を催したのか、脳腫瘍による生理反応なのか分からなかった。

女性社員が入ってきて驚き、急いでティッシュを差し出した。

紗季は目を赤くしてティッシュを受け取り、泣くよりも醜い笑顔を作って言った。

「ありがとうございます......隼人には私が来たことを言わないでください」

彼女は振り返り、よろめく足取りで会社を出て、まるで生ける屍のように街をさまよった。頭の中では、隼人との初めての出会いが思い返されていた。

7年前、彼女は海外でも有名なデザイナーで、兄――隆之のジュエリー会社で重要なポジションを担っていた。その頃、隼人とは何の接点もなかった。

ある出張の際、紗季がホテルを出たところで突然スカートが裂けてしまったのだ。

彼女が露出してしまいそうになり、ひどく恥ずかしく慌てていた時、隼人が高級車から降りてきて、彼女の前に歩み寄り、スーツの上着を差し出した。

「腰に巻いてください」

適切な援助が、見知らぬ環境での彼女の窮地と不安を一瞬で解消した。

彼女は顔を上げると、かっこいい顔に一目惚れした。

それ以来紗季は彼のことが忘れられず、隆之を通じてコネを作り、あらゆる手段を尽くして隼人との仕事上の接点を作り、積極的に追いかけた。

隼人の心の中に忘れられない初恋相手がいることを知りながらも、彼女は決して諦めなかった。

その後、酒の席で偶然会ったことがきっかけとなって二人は親しくなった。紗季が妊娠したことで、自然な流れで結婚することになったのだ。

紗季は新婚初夜のことを覚えていた。彼女は隼人に尋ねた。

「私は責任を取れとは言わなかったのに、なぜ私と結婚してくれたの?」

いつも冷淡な隼人が、初めてあんなに真剣に彼女を見つめ、ゆっくりと答えた。

「お前に、そして俺たちの子供に、家族を与えたいんだ」

この一言のために、紗季はこの結婚に全てを捧げた。彼女は隆之の強い反対を押し切って自身のキャリアを捨て、国内に留まり、妻として母として全力を尽くした。

しかし今、彼女が全てを捧げた結婚は最初から最後まで偽りだったのだ!

隼人は最初から彼女を本当の妻とは見ていなかった!この7年間、彼の心には別の女性がいて、彼女とは夫婦のふりをしていただけだった!

紗季の心はまるで血を流すように痛んだ。最初から最後まで完全な笑い物だったことを痛感した。

彼女は決心した。

一ヶ月後、もし手術が成功して生き延びたら陽向を連れて出て行こう。

隼人は陽向のことを遠慮する必要はない。好きな人と結婚すればいい!

子供のことを考えると、紗季に少し力が戻ってきたような気がした。

彼女は家に駆け戻り、階段の入り口まで来たところで、陽向が執事――森下玲(もりした れい)と話しているのが聞こえた。

「パパとママの婚姻届が授与されてないって、ママが知ったらどうなると思う?」

陽向の幼い声が聞こえてきた。

紗季は目を見開き、その場に立ち尽くした。

玲は優しく笑って答えた。

「仕方がないですよ、坊ちゃま。ご主人様は奥様のことをお好きではないですからね、それはご存知でしょう」

陽向は子供らしく鼻を鳴らした。

「実は僕もママのこと、あんまり好きじゃないんだ。僕は美琴さんの方が好き!すっごく優しいんだよ。ママが僕をパパの会社に連れて行くたびに、美琴さんはいっぱいおいしいものとか、面白いものをくれるんだ。ママみたいに、お菓子を食べ過ぎちゃダメだとか、勉強しなさいとか言わないし。うるさくないんだよ!美琴さんがパパと結婚できたらいいのにな!」

紗季は掌を強く握りしめたが、気を失いそうになった。

育てた実の子供までもが、隼人と同じように、彼女にこれほど冷たく無情だとは予想していなかった。

紗季は過去の「母子の愛」「夫婦の睦まじさ」という温かな情景を思い出したが、今となってはそれが全て夢だったと感じた。

これは甘美に見えて、実は恐ろしい悪夢だった。

当時、隆之が結婚のことに強く反対したのは、彼女が苦労することを心配してのことだった。彼女は隆之の言葉に耳を傾けるべきだったのだ。

もし隆之が隼人のしたことと陽向の態度を知ったら、きっと怒り狂って刃物を持って殺しに来るだろう。

紗季は胸の痛みで目を瞬かせ、黙って階段を降りた。

彼女は夫と子供のために死を恐れずに、手術台に横たわることを決意したが、今ではその支えとなっていた希望も完全に粉々に砕けてしまった。

彼女はリビングに来て、電話をかけた。

「お兄ちゃん、隼人と離婚したい。家に帰ってもいいかな?」
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ドストライク 正反対  
毎日同じ事の繰り返しだ。バイト漬けになっている自分を鏡で見ると、ゲッソリしていて格好悪い。まだ21歳の自分の顔が10歳以上老けて見えていた事に驚きと失望を感じながら、私服に着替える。 同じ年の奴らはここまで変わり果てた僕を見て、ドン引きするかもしれない。時間がないから趣味なんて作れないし、この現状から抜け出す術なんてなかった。 「疲れた……もう嫌だ」 就活に失敗し友人の借金の連帯保証人になり、その結果飛ばれた。見た目がよかったら夜職でもしていただろうが、そんな外見持ち合わせてない。 電車に乗るとボフッと全身の力が抜け、イスに寄りかかった。眠気はいつの間にか覚醒し、その日はいつもと違う景色に見える。なんだかソワソワして落ち着かない。 鞄の中に入れていたスマホを取り出すと通知が大量に届いていた。SNSフゥイで流れてきた広告を見てなんとなく入れてみたミラクルと言う配信アプリからの通知だった。 (多すぎだろ……通知うぜー) そう思いながら開いてみると、顔出ししているタミキと言う配信者に目が止まった。赤髪が似合っていて、引き込まれてしまいそうな笑い声と表情。正直男性に興味なかった俺でも見惚れてしまいそうだ。女性のファンばかりだろうと思っていたが、3割ぐらい男性ファンもいるみたいだ。 イヤフォンをセットするとセクシーな声が耳を刺激し、少しムラムラしてしまう。 (やべー) 配信者は自分にとって遠い存在だった。見る事も聴くこともないはずだと思い込んでいた自分の中の価値観が壊れていく。 第2話 正反対 「初見さん、いらっしゃい」 人が多いイメージがあったが、聞き専が多いようで反応をしてくれた。キリッとした目元が冷たい印象を与えたが、思ったよりフランクに接しているみたいだ。 「思ったより見やすいな」 ゆるっとコメントが流れていく。まだ昼間だと言うのにリスナーは眠たいようだった。夜職が多いのかもしれないと思いながら、初めてのコメントを打ち込んだ。 <気になったんで来ちゃいました。 どうせ流れるからいいだろうと、思った事をそのまま送信した。コメントに気づいたのか口元を緩めながら嬉しそうに微笑んだ。 柔らかい雰囲気と甘ったるさが合わさり独特の空間を醸し出していく。笑うと優しさが全面に出てきて、皆の心をかっさらっていった。
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変化と杉田 今までの自分にさよなら  
 嫌な事があると癒しを求めるように配信を見るのが日課になっていた。僕とタミキが唯一、繋がって入れるのがこの世界だけだった。スマホだけが繋ぐ、運命の出会いなんじゃないかと錯覚してしまうほど。 自分の中で都合のいいように解釈し、関連付けると、孤独に苛まれた日常から脱出出来るんじゃないかと希望を抱いていたのだと思う。 黒髪だったのを赤く染める、服装もなるべくモノトーンで揃えて、メガネもコンタクトに変えると、いつもの自分とは少し違った印象になるが、タミキのようにはならなかった。一瞬でもいい、傍にいることが出来ないのなら、自分が彼になってしまえばいい。そんな歪んだ思考へと変化していく。「服と髪はこんな感じだけど、顔が違いすぎる」 セクシーな流れ目をしているタミキとは対照的で僕はどちらかと言えば幼なさが出てしまっている。だからこそ、今まで見下されたり、舐められたりしたんだろう。「僕も彼のようになりたい。でも……」 財布の中は勿論、銀行にも金はない。二千円くらいは残っているが、それで何かが変わるとは、到底思なかった。 雰囲気だけでも近づけたかった自分を見て、恥ずかしい気持ちが顔を出す。結局、見た目を幾ら買えたところで、中身はそのままの僕。何も変わっちゃいない。 ピロンピロン—— 邪魔するように、これ以上考え込まないようにと警鐘を鳴らしながら、スマホがチカチカしている。生まれて初めてコンタクトに挑戦した僕は、目の痛みに耐えながら手を伸ばす。  んーと目を瞑ったり、上方向を見たりしていると、次第に慣れてきたのか、少し馴染んできた。メガネがなくても、コンタクトをするだけで視界が広くなった気がする。今まで見てきた景色も、空気も、鏡に映る自分自身も、知らない人、知らない世界、それとプラスされて微かな新鮮さが合わさっていく。 まだ画面を見ると、見えすぎて目がチカチカするけれど、それも慣れてしまえば、今感じている感覚と同じになる。そうやって非日常が形をかえ、新しい日常へと上書きされていくのだろう。 スマホをスクロールしていくと、メッセージボックスに「杉田」と書かれている。ああ、もうそんな時間かと呼吸を整えると、返信した。 杉田は数少ない友人の一人でもあり、タミキのファンだ。タミキの配信を見るようになってから、僕のミキシングにコメントを残していた。配信アプリミラクル
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悪ふざけ 満月と闇
 第5話 悪ふざけ    杉田に言われるがまま、流されるように辿り着いたのは美容院だ。杉田は下積みを経て、独立をしていたようで、小さいながらも自分の店を持つまでになっていた。 学生だったあの時の僕達は夢を語りながら、希望に満ちていた。大きい事も沢山言ったっけ、と思い出に酔いしれながら、別空間に飛ばされている感覚を楽しんでいる。「——おい。聞いてる?」 我に返ったのは杉田の声と言うより吐息に呼び覚まされた。話を聞いていなかった僕を不思議に思ったのか、眉をピクリとさせ、こちらの反応を伺っている。「あ。悪い」 内心ドギマギしている事を悟られなうように素っ気なく、シンプルに躱わすが、長い付き合いの僕達は、すぐに空気感が変化している事に、体を通して感じてしまう。「緊張しなくていいよ。さ、座って」「……ありがとう」 僕にはタミキがいるはずなのに、杉田の事を意識している自分に驚きを隠せなかった。強気な口調の時は、そんなふうに感じないが、接客モードになると、全く知らない人のように感じてしまう。金髪が靡くと、ゆらりとメッシュが顔を出した。 調子狂う—— 「お前さ、何でタミキと同じ色にしたんだ?」「何でって……タミキを感じたかったって言うか、何と言うか」 自分でも何を言っているのか説明出来ない。ただ感情を口にした結果が今になる。どんな反応をされるのかなんて考える事もなく、ただ純粋に。「エロい」「は?」「なんかエロい」 真剣に髪質を確認している杉田の口から想像もしない言葉が出てきた。まぁ、そういう事言うタイプではあるが、それ今じゃないだろ。 何だか悔しくなった僕は悪ふざけも相まって、茶化す事にする。「お客さんにもそんな事言ってるんじゃないか?」「は?」 そこは笑って流すところだろうと言いたくなるが、どうも機嫌を害したらしく、戸惑ってしまう。逆に自分が掌で転がされている。 流石に仕事のことになると、ムッとしたらと言って、そんな事言われたら、機嫌も悪くなる。自分がされる側だと、すぐに分かるのに、そうじゃないと気づけない。「外見も大事だが、お前の場合性格もよくした方がいいな」 一番言われたくない事を突かれる。図星だ。なんか言いたいのに、言葉が出てこない。急に無言になった僕を見つめながら、大きなため息を吐いた。「言い過ぎだな、お互い。
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一見さんお断り
 第7話 一見さんお断り  「お前に会わせたい人がいるんだ、出て来れるか?」「今、履歴書書いてるんだけど」  カリカリとボールペンを走らせながら、伝えると杉田のトーンが下がった気がした。楽しそうにケラケラしたかと思うと急に真剣になって、挙げ句の果てには不機嫌になる。ここまで波が激しいのは初めてのことだったから、少し戸惑うのが本音。「俺と履歴書、どっちが大事なんだ?」 その言葉を聞くとうまく言っていない恋人に言うセリフなんじゃないかとツッコミを入れたくなったが、この雰囲気で口走ってしまうと後々怖い。言いたい衝動を抑えると、切り替える為に一呼吸置いた。「……分かったよ、行くから」 こうでも言わないと彼は納得しないと判断した僕は、書くのを止めて、身支度を始める。指定された場所は大通りから離れているようだった。あまり通らない道だ。少し不安はあるが、気分転換には良いだろうと、納得しきれてない自分を無理矢理押さえ込む。「なるべくおしゃれしてこいよ。じゃないと後悔するから」 その言葉の意味を確認しようとすると、強制的に電話が切れた。 ーーーーーーーーー おしゃれと言われても、見様見真似でしか出来ない。派手な服を着る勇気は持ち合わせていない。少し悩んで、諦めた。雑誌を読んで研究するしかないと、頭を抱え行き着いた先はいつもの無難な服装。「おいおい。いつもと同じじゃん」「急に言われても分かんないだろ。仕方ないじゃんか」 一ヶ月ぶりに会った杉田はダメージ加工している黒のロングティシャツと黒のパンツを履いている。ブーツは所々、おしゃれな模様が散りばめられていて、高級そうに見えた。横に並んで歩いていると、自分だけが取り残されている感覚を感じながら、バーの入っているビルへ潜り込んだ。 一見さんお断りと張り紙が貼られている。どうやら紹介でしか入れないようで、一人だったら追い返されているだろう。その張り紙をモノともしない態度で、勢いよくドアを開け「よっ」とマスターらしき人に挨拶をした。「すぎちゃん久しぶり。最近顔見せに来ないから連絡しようと考えてたとこ」「本業が忙しくてね。なかなか」「あー」 うんうんと納得したように頷くと、ドアに張り付いている僕と目が合った。そもそもバーなんて行かないし、こういうキラキラした人達との交流がない僕からしたら、全てが初めて
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初対面 カメラ
 第8話 初対面    どんな会話をしたらいいのか分からない。話についていけそうにもないし、自分が浮いて見える。今日は僕達以外の客はいない。少しでもいてくれたら、そちらに話が流れるだろうけど、どうしてだかマスターは僕に熱い視線を送り続けている。「本当に可愛すぎる、あいつの唾付きなんて勿体無いなぁ。よかったら僕が色々教えてあげようか?」「へ?」 マスターは舌なめずりしながら、僕の腕に手を置くと、ゆっくりと堪能するように沿わせていく。「それセクハラだから、俺のに触らないでくれないか?」「杉ちゃんが怒った顔、久しぶりに見たよ」 ニヤリと何かを確かめるように頷くと、そっと手を離した。マスターって興味ある人には意地悪を仕掛ける癖があるのかもしれないと思いながら、ビールを流し込んだ。 バタンとドアが閉まる音が店内に響き渡ると、来訪者の合図を送る。「お。来たね。久しぶりじゃん」「今日休みだからね」「売れっ子さんは大変だねー」 他の人の顔をジロジロ見るのは失礼と考えている。あえて振り向かず、耳だけ澄ますと、懐かしいような、聞いた事のある声が僕を刺激していく。「すぎ、遅くなったな」「遅刻だぞ、俺はいいけど庵にはちゃんと謝れよな」「そうだね。君が庵くんだね。初めまして」 急に名前を出された僕はゴホゴホとむせてしまった。こう言う時、少しでも失礼のないように、落ち着いた対応をしようとしていたんだけど、現実は真逆。声の主に挨拶しようと慌てて立ち上がった。「大丈夫かな?」 つまづきそうになった僕を抱きしめる逞しい胸板と心臓の音がダイレクトに振動している。こんなに人と、それも初対面の人と、近づく事なんて、そうそう無いから、テンパってしまう自分がいる。そんな僕に見かねたのか、ゆっくりと背中をさすりながら、耳元で「深呼吸しようか」と囁かれた。今まで感じた事のない甘い香りに誘われながら、彼の言う通りにすると、固まっていた体から力が抜けていく感覚がした。「ありがとうござます」 この場所に慣れてきたのもあるけど、一番は彼の声が安定剤のように心に落ち着きを与えてくれたおかげで、自分らしさを取り戻せた。下げた頭をゆっくりと上げていく。どんな反応をさせるのか不安はあったけど、勇気を振り絞りながら、笑顔を見せた。「え」「ん?どうしたの?」「どうして貴方が……」
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予感
 第10話予感 どこにいても、周りの人達がいても、満たされる事はなかった。そんな事を思いながら、昨日の事を思い出していたタミキは、ゆっくりとタバコの煙を味わいながら、余韻に浸っている。「可愛かったな」 杉田から彼の事を聞いていた。最初はただのファンだろうと思っていたが、髪色を自分と同じ色にしていた事、そして庵と言う名前を聞いて、まさかと思い、彼の事を調べていた。 まだ自分が今の立場になる前に、複数の男に絡まれている一人の男の子を見つけた。いつもなら、見て見ぬ振りするのに、その時はどうしてだか、彼に惹きつけられるように、守っていた自分を今でも覚えている。当時は髪色も落ち着いていたし、服も今みたいに気を使う事もなかった。彼からしたら、その時の自分と同一人物だとは重ねもしないだろう。「庵と会ってみるか?」「……ああ」 彼の名前が出てくるとは思わなかった。どうやって接触するかを考えていた時に、杉田から話が流れてきた。凄いタイミングだなと思いながら、心は躍っている。そんな自分を杉田に悟られないように、いつものように、仮面を被りながら、その時を過ごしていた。 タミキは右手で唇を隠し、心の奥底で蠢いている黒い感情を見抜かれないように、口角を上げた。「やっと君と……」 画面の前で映される自分とは正反対な本当のタミキが顔を出した瞬間だった。  ◻︎◻︎◻︎◻︎  妄想と記憶を混ぜ合わせながら、漂っている自分に酔いしれている。窓から溢れる月も今日はいつもと違う幻想的な存在に見えていく。全ては庵の体温で息づかいで、声で髪で、指で爪で、肉で、血で狂っていく。 ピロン—— 遠くから通知の音が部屋中に響く。コンクリートが反射しながら、より音を膨張させていく。時計を見ると、もう少しで十時だ。「時間か」 そうやって今日もタミキは別人の仮面を被りながら、舌なめずりをする。これから始まる本当の快楽と愉悦を待ち遠しそうに、何度も何度も、舐めた。
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はじまり
  11話はじまり  ゆったりとした彩りで装飾されている個室の居酒屋で僕とタミキは対面で座っている。この居酒屋は、いい隠れ蓑になるとタミキが予約を取ってくれた。タミキによると、ここに来る客は密会目的が多いらしい。「連絡くれてありがとう。相談したい事って何かな?」 タミキは黒のセーターで落ち着いたクールな大人を演出している。そんな彼を見ると、配信とは違う雰囲気にドキまぎしてしまう。「大丈夫だよ、誰にも言わないから」「ありがとうございます、タミキさん」 首を傾げるとサラッと髪の毛が揺れる。その全ての仕草が僕の本能を刺激していく。勿論、タミキにはその気はないだろう。今日は杉田の事で相談に来ているのだから、流石にそういう雰囲気は期待していなかった。どう話を切り出していいのか迷っていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえる。ビクリと反応してしまうと、そんな僕を見ながら、微笑む彼の姿が眩しく感じた。 ドアの方に足を向けるタミキは、スッと僕の横に向かい、屈んだ。「呼び捨てがいいな。俺と君の仲でしょ」 囁いてくる声、息づかいがよりダイレクトに感じてしまう。僕の弱点を知っているかのように、ねっとりとゆっくりと魔術をかけていく。「んっ」 小さく抵抗すると、変な声が出てしまった。みるみるうちに真っ赤になっていくのが分かる。顔が熱い。 一瞬、怪しく笑うと、何事もなかったかのように、ドアを開けた。 ◻︎◻︎◻︎◻︎  獣は美味しい食事を前に よだれを垂らしながら その時を待っている 誰も知らない 彼の魂胆を知っているのは 神様だけかもしれない 僕はBARでの出来事をタミキに全て伝えると、少しずつ緊張が解けていく感覚が全身を巡り始めた。意地悪をするタミキはいつの間にか消えていて、その代わり、真剣に僕の話に耳を傾けてくれている。一度しか会っていない人に、相談なんて持ちかける事は、普通しない。だけど杉田とタミキの関係を考えたら、知らな
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「ね、庵」
 12話「ね、庵」  なるべく一人の時間を優先するようにした。タミキと杉田の関係性の揺らぎを感じたのもあるけど、それ以上に、自分がタミキに相談と言う形で言ってしまってよかったのか、と自問自答している。 終わった事を振り返しでも、何も解決しないのは分かっている。頭では分かっているけど、心には嘘はつけなかった。見て見ぬ振りをしてしまったら、自分を否定してしまう気がして、どうしても向き合う選択を選んだんだ。「はぁ……」 ため息を吐くと幸せが逃げていくなんて聞いた事があるけど、その前にそれ以上の安定と信頼が壊れていきそうな現実の重圧に耐えれるメンタルなんて持ち合わせていない。「そりゃ、ため息も出るわな」 誰もいない空間の中で呟きが宙を舞っている。迷子になった僕の一部は、数分漂いながら、呼吸と共に吸収されていく。 ヴィンとパソコンが動き出した。僕はベッドの上で項垂れていたはずなのに、呼ばれるように這い出ていく。時間を確認すると、いつの間にか十時が回っていた。微かに開いているカーテンの隙間からは、心の奥底に抱えている闇が襲おうとしているようだった。「もう夜か」 あれから何日が経ったのか分からない。結局受かったバイトも休んでいる状態だった。自分に出来るとは思っていないけれど、あの二人に近づく為には必要と考えて、夜職にした。ホストとかそういうのじゃないけど、どちらかというとバーテンダーに近い。まだ見習いだけど。〈こんばんはー 懐かしい声が耳を霞んで離してはくれない。あの時の事を鮮明に思い出しながら、釘付けになっていく。 もっとタミキを感じたい、側に、もっと、もっと。 少量に設定していた音量を徐々に上げていく。一番居心地のいい場所に落ち着くと、手を止め、地べたに座った。画面越しに語りかけてくれるタミキは、まるで僕と会話をしているように、コロコロと表情を変えていく。実際に側にいるような感覚に陥りながら、どれが現実なのか一瞬分からなくなりそうになる。 全ては錯覚なのに—— 〈最近、素敵な人との縁が
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カゴのとり
13話カゴのとり 会社中は慌ただしく動いている。頭を抱える者、電話対応に追われるもの、頭をペコペコ下げ、状況を変えようとする者、それぞれだ。ミナモトプロダクションは通常業務に戻れず、タミキの発言の後処理をしている。少し前ならここまで大ごとにはならなかったのだが、あるプロジェクトがおおやけになってからのスキャンダルと言う形でこの状況になっている。 「タミキの奴、何考えてんだ……自分の今の立場理解しているのか、あいつは」 会社の様子を見ている社長のゲンは不貞腐れたように呟いた。出したくもないため息を吐き、ストレスで胃腸が悲鳴を上げている。ある程度の対処は自分が動かなくても、どうにかはなる。しかし、タミキをかってくれているある人物には説明が必要になる。その事を考えると、頭を抱えたくもなるのだろう。 「社長、エビサミュージックの会長からお電話が……」 「……分かった」 あれだけ発言には気をつけるように、釘を刺していたのに、こうも簡単に破るとは。タミキが今まで言う事を聞いていた事が、普通じゃなかった、と言い聞かす事で、和らげようと奮闘している。割り切らないと、この業界は生きていけない。そう簡単ではない。 「夜は説教だな」 そう吐きすてると、グッと拳を握り、仕事モードへと切り替えていく。 一言で全てが変わる 彼の言葉には力があり 影響力がある その事実に対面するのは もう少し後の話 惚けてい心が脱皮を促されたように、今までの当たり前を脱ぎ捨てようとしている。僕の知らない所で、沢山の思惑と欲望が渦巻きながら、道筋を変えようとしていた。 連絡せずには出来なかった。どうして自分の名前を出したのか、どういう意図があって、あの日の出来事を語ったのか、それを確認したかった。
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記憶の塊
14話記憶の塊 忘れたままの方が生きていける。自分を守る為に、一部の記憶を手放した僕は、タミキが自分にとってどんな存在だったかを忘れていた。その事に気づけないタミキは、徐々に僕の心を引っぺがそうとしている。 何て言ったらいいのか分からない僕は、急に体から力が抜けていくような気がした。体と心がこれ以上聞いてはいけないと警報を発動しているようで、逆らう事が出来なかった。 動悸はなかなか治らない。息を吸おうとしても、窒息感が増していくだけ。耐えれなかった僕はすぐに電話を切り、地べたにへたり込んだ。 「はぁはぁ……つっ」 意識が遠のいていく、目の前が建物が崩壊するような予兆を示しながら、僕の世界は暗闇に移り変わっていく。 張り詰めていた感情の糸がプツンと切れた音がした。 自分を守る事しか出来ない僕は 昔から弱虫だ 新しい開拓を始める君は 昔から真っ直ぐだ 寄せては返す波の向こうに一人の人物の影が浮かんでいる。見覚えのあるような、懐かしさを含みながら、何かを伝えようと、空を指差した。無意識に空を見上げると、明るかった景色が真っ黒な闇に染まっていく。そして小さな光の粒が生まれ、集まり、大きな集合体へと生成されていく。 「月?」 人物が何を言いたいのか理解しようとしない僕は、映画館のスクリーンのように月から浮かぶ映像を見続けて、気づく。 「これは僕の記憶?」 見覚えのあるシーンが月を通して空間に広がっていく。僕の人生の中で重要だった箇所が映像化されているようだった。まるで記憶の旅、そう言い切れるのかもしれない。 魅入っている、僕を遠くにいた人物が見つめている。これから知る必要のある情報を渡す為に、彼の存在が具現化している。
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