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第1000話

Author: 楽恩
「伯父さんは、もう会議には出ないから、時間、たっぷりあるらしいですね」

「……」

海人の父は、まさか海人がここまで力をつけているとは思っていなかった。

まさか自分に早期退職を迫るほどとは。

だが、もうその職を辞めても構わない。むしろ、海人と来依のことを整理するには、ちょうどいい。

「鷹、お前は海人と親しいが、家の問題に口を挟むのは少し……」

「挟んでませんよ」

鷹は両手をポケットに突っ込み、気怠そうな口調に戻った。

「伯母さんが来依を叩いたら、うちの嫁が悲しむんです。うちの嫁が悲しいのは、俺の管理不行き届きってことで。だから、それは菊池家の問題だけとは言えないでしょ?」

鷹は、いつだって理屈のすり替えが上手かった。

海人の父はそれ以上言い返さなかった。彼は海人の母の腕を引き、目線でもう落ち着けと伝えた。

今は鷹も南もいる。来依に手出しはできない。

それでも海人の母は納得できず、来依を睨みつけた。

「これで満足?彼を殺してでも、自分の気が済めばそれでいいの?」

来依は首を何度も振った。

「違います、私だって、彼が無事でいてくれることを一番願ってます……」

「それで?これがあんたの願いの形?」

海人の母は責め立てるように言った。

「何度も言ったでしょ。あんたみたいな女は、海人の足を引っ張るだけ。災いをもたらす存在なのよ!なのに、どうして耳を貸さないの!」

その時、南が珍しく強い口調で割って入った。

「伯母さん。もし今回の件が、あなたの仕掛けたことだとしたら……来依ちゃんも海人も、こんなことにはならなかったはずです」

海人の母は言葉に詰まり、強がるように言った。

「何の話か、さっぱり分からないわ」

「すぐ分かりますよ。鷹が調査してますから」

「……」

海人の母の本心は、来依を永遠に海人の人生から排除したかった。

なのに、今こうして死にかけてるのは、愛する我が子だった。

「どれくらい時間が経った?」

彼女は鷹に尋ねた。

「ここの医療レベルじゃ心配。海人を連れて帰りましょう」

鷹は鼻で笑った。

「伯母さん、医学の基本くらい理解してほしい。今海人を飛行機に乗せたら、即死しますよ」

「……」

怒りを抑えきれず言葉を放った彼女に、さらに追い討ち。

海人の母の声は尖り、鋭くなった。

「ふざけたこと言わないで!」

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