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第1142話

Author: 楽恩
予想通りだった。

実のところ、清孝の病状は、もともとここまで悪化するものではなかった。

藤屋家の重責を背負い続けた結果、ここまでこじれてしまったのだ。

そして今、藤屋家の当主は交代された。

しかも、その新しい当主は女性だった。

春香には実力がある。だが、世間はそうは見ない。

かつて光との一件もあり、誰もが言った——

「あの女は恋愛ボケで、藤屋家の重圧なんて背負えるはずがない」と。

海人はふっと鼻で笑った。

その目には、軽蔑の色が浮かんでいた。

「放っておけ」

人は、調子になった代償を、必ず支払うことになる。

朝食を終えた海人は、ベッドのそばに腰を下ろした。

そして、わざとらしく大きな溜息をついた。

「俺が悪かったのは認める。でも、こんなふうに罰するのはやめてくれ。もう耐えられない」

低く響く声には、どこか寂しげな響きがあった。

「ねぇ、構ってくれよ、来依……」

来依は応えず、鳴ったスマホを取って通話に出た。

「南ちゃん?」

「どうしたの? 出血したって聞いたけど?」

南の心配そうな声を聞きながら、来依は海人を一瞥した。

海人は「俺じゃない」とでも言いたげな無実の顔をした。

通話の向こうで、南が話した。

「春香さんから聞いたのよ」

来依はちょっと意外だった。

南はそのまま続けた。

「彼女が藤屋家の当主になったらしくてね。たぶん私たちと良い関係を築きたいんじゃない? あなたがケガしたって聞いて、真っ先に私に連絡してきたの。あなたと私はもう家族みたいなものだから、誰に話したって一緒よ」

来依は軽く「うん」と返した。

「私は大丈夫。そんなに心配しないで。ちょっと休めばよくなるわ」

南が訊いた。

「紀香ちゃんはどう?」

「大したことないよ。数日中に一緒に大阪に戻る予定」

「その時は教えて。迎えに行くから」

「うん」

電話を切った後、来依は海人に視線を移した。

海人は彼女の手を握り、そっと身体を寄せた。

「春香の話、聞きたい?」

来依は手を引っ込めた。

「興味ない」

海人は小さく笑い、もう一度彼女の手を取った。

「俺が悪かった。でも、俺の心配も間違ってたわけじゃないだろ?だって今回だって……」

来依が冷ややかな目を向けると、海人は即座に口を閉ざした。

「今回の件は清孝のせい。でも、私にも非はある
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Comments (1)
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かよこ
いやいや もう紀香の事いいでしょ笑笑 結局、紀香の行動で回りが振り回されてるし〜(笑)嫌いだわ〜 まぁ初めの清隆の態度も酷かったけど 結局それは紀香の為にだったし? その時に気持ちを言って上げてれば、ここまでならなかったよね はよ!次の展開(凛音の出産とか)に行って下さい、作者様〜(笑)
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