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第952話

Author: 金招き
憲一がまだ言葉を発する前に、電話の向こうから再びあの狂気じみた声が響いてきた。

「来る勇気もないってか?じゃあこうしよう。お前、住所を教えろよ。そしたら、こっちでこいつの脚を一本バラして、お前に届けてやるよ。どうだ?」

「──お前、もし越人に手出したら、バラバラにしてやるからな!」

憲一は怒りで声を荒げ、受話器越しに怒鳴り返した。

だが、返ってきたのは余裕たっぷりの嗤い声。

「へえ〜?そうか?俺には全然信じられないけどな。やれるもんなら来てみろよ。待ってるぜ」

憲一は言葉を失い、拳を握りしめた。

そして、咄嗟に電話を切って通信を遮断した。

――位置を特定されるかもしれない。

あいつらは、正真正銘の狂人だ。

越人が捕まった……

何をしでかすか分からない——どんな残酷なことでもやりかねない!

憲一は焦りに駆られ、屋敷の中を落ち着きなく歩き回った。

どうすれば……

どうすれば越人を助け出せる?

——圭介。

今、自分たちの中で一番頭の切れるのは彼だ。

結局この件も、彼に判断を仰ぐしかない。

しかし——

彼の視線は、寝室の扉に向けられた。

今、香織は銃弾を受けたばかりで、摘出は済んだものの、静養が必要だ。

圭介自身も視力を失っている。

誠も、まだ医者を迎えに行ったきり戻っていない。

そして、自分たちは長く行方不明になった挙句、ようやく帰ってきたばかり。

食事すら口にしていない。

それでも——

越人の件は、待ったなしだ。

憲一は覚悟を決め、寝室のドアをノックした。

しばらくして、微かな物音がして、扉が開いた。

圭介は無言で手を上げた。

憲一はすぐに察し、腕を差し出した。

「書斎に行こう」

圭介は静かに言った。

憲一は頷き、彼を連れて書斎へ向かった。

道中、憲一は耐えきれず口を開いた。

「越人が捕まったんだ」

圭介の表情が一瞬変化したが、すぐに平静を取り戻した。

慌てふためくのは愚の骨頂だ。

だが憲一の焦りは止まらなかった。

「向こうは、越人の脚を切るって脅してきた。なぁ、本気でやる気だと思うか!?」

「慌てるな」

圭介は低く言った。

「……」

憲一は黙った。

彼はおそるおそる圭介の顔を覗き込んだ。

「なあ……あいつら、もしかして……ただ脅してるだけじゃないのか?」

「そうとは限らない」

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