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第993話

Author: かんもく
奏の低く沈んだ声を聞いたとたん、とわこの目頭が突然熱くなった。

何も言っていないのに、まるで彼にはそれが分かっているかのようだった。

「とわこ、泣きたくなってるんじゃないか?」かすれた声で彼は言った。「今すぐそっちに行こうか?会社のことなんか後回しでいい」

とわこは深く息を吸い込んだ。「大丈夫。ただ娘がもう少しで毒殺されるところだったって思うと、胸が苦しくて、もし本当に失っていたらって考えるだけで、怖くて仕方ない」

「分かってる。俺もあの子を失うなんて無理だ。これから食事は全部家で食べさせる。学校ではもう一切口にさせない」

「うん。あなたはまず会社のことを片付けて。私はレラと一緒に昼寝するわ」

「分かった。何かあったらすぐ連絡して」

「うん」

夕方。

みんなが別荘にレラを見舞いに来た。

レラはかわいいパジャマを着てソファに座り、大好きなぬいぐるみを抱きしめていた。その表情は、彼女の年齢には似つかわしくないほど沈んでいて、どこか憂いを帯びていた。

普段なら家のムードメーカーで、誰が来てもすぐに懐いて笑顔を見せていたレラが、今は一言も発せず、無表情でうつむいている。

誰も、どうやって慰めればいいのか分からなかった。

「みんなは先にご飯にして。私はレラと一緒に外で蓮を待つわ。今日、ボディーガードに早めに迎えに行ってもらってるの」とわこはみんなにそう言って、レラの手を引いて外に出て行った。

みんなは食堂に移動して席に着いた。

瞳が尋ねた。「直美の遺体、どうなったの?」

「彼女の母親が引き取ったよ」と子遠が答えた。

「え、あの家族もう誰もいないと思ってた!じゃあ、あの家の会社はどうなるの?あの母親、ビジネスなんてできなさそうだけど」

子遠は奏をチラッと見てから、「うちのボスが買収する予定。もう存在しなくなるよ」と答えた。

瞳は笑い出した。「やっぱりね!あの女、絶対報いを受けるって言ったでしょ?悲惨な最期になるって、私の言った通り」

裕之は瞳の手をそっとテーブルの下で握りしめた。「瞳、直美のことはもうやめよう。今日はレラがひどくショックを受けたんだから、話題を変えよう」

「うん、分かった」

しばらくして、蓮が帰宅した。

今日あったことを聞いた蓮は、レラをぎゅっと抱きしめた。

「お兄ちゃん、わたし、死にかけたの」

「でも死んでない
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