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第1019話

Auteur: 佐藤 月汐夜
海の言葉は真剣そのもので、ひとつひとつが重たく響いた。だが桃は、ただただ困惑していた。

事情を知った今、彼女としても無理に莉子を追い出そうとは思っていない。それでも――海の態度は、まるで自分が意地悪で嫉妬深い女だと決めつけているように思えて、桃は胸が苦しくなった。

それが少し、悲しかった。以前は、彼も自分に優しくしてくれていた。菊池家にいた頃は、何かと手を貸してくれることも多かったのに。

だから、桃は少しだけ躊躇ったあと、口を開いた。「……本当に、私のことを、そんな手段を選ばない女だと思ってるの?」

海は、一瞬だけ動揺した。かつての桃の姿を思えば、確かにそんなふうには見えなかった。少なくとも以前は、彼女は優しくて純粋で、雅彦との関係も応援したいと思える女性だった。

けれど――莉子が現れてからの桃は、まるで別人だった。おそらく、それは嫉妬によって本性が露わになったのだと、海はそう思い込んでいた。

「……わからない。ただ、確かなのは――君が莉子に大きな傷を与えたってことだ」海はその問いには答えず、冷たく言い放った。

「私は、彼女を傷つけようとなんて、一度も思ったことない。これまでのことだって、後ろめたいことは何もしていないわ」

桃の落ち着いた言葉に、海は思わず声を荒げた。

「やったことは事実だろ!なのに、今さら知らん顔して!……どうせ雅彦様は君がやったって知っててもかばうんだ。だったらもう、取り繕う必要もないだろ?」

「――私は、本当のことを言ってるだけよ」桃は静かに言った。「あなたも言ったわよね。私が何をしても、雅彦は私の味方。だったら、何でわざわざ莉子を貶めるような真似を繰り返して、自分から周囲の非難を浴びにいくの?そんなこと、馬鹿じゃないとやらないでしょ」

桃にそう言われて、海は一瞬言葉に詰まった。だがすぐに、自分が桃の言葉に乗せられてしまったことに気づいた。この一瞬のためらいは、まるで自分が莉子を疑っているかのようではないか。

「……君が何を考えてるかなんて知るか。とにかく、言いたいことは全部言った。あとは君の勝手にすればいい」そう言って、彼は怒りを隠さず桃を睨みつけた。

桃は、その海の剥き出しの感情に驚きを隠せなかった。眉をひそめながら、何かが引っかかるような違和感を覚えた。どこか、おかしい。

ふと、ある点に思い至る。「ねえ、ちょっ
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