Share

第1020話

Auteur: 佐藤 月汐夜
海は、桃の指摘に一瞬納得しかけた。だが、それが桃の口から出た途端、彼はまた疑い深くなった。

「……まさか、莉子の彼氏の話を持ち出せば、彼女が傷ついてまた自殺でもして、もう二度と雅彦様と争えなくなるって、そういう狙いなんじゃないのか?」

その突飛な言いがかりに、桃はさすがに呆れた。――もうこの人から有益な情報を得るのは無理だ。仮に何か知っていたとしても、絶対に自分には話さないだろう。

「好きに思ってて。私は最近仕事で手一杯だし、そっちにかまってる暇なんてないわ。心配ならあなたが一日中見張ってれば?あとで何かあって、私のせいにされるのも面倒だし」

そう言い捨てて、桃はさっさと背を向け、その場を離れた。

今の海は、まさに「灯台下暗し」だ。静さも判断力も失っていて、何を言っても通じない。それなら、これ以上無駄に言葉を重ねるよりも、自分で動いた方が早い。

だが……

やはり自分の直感は正しかったかもしれない。何かが裏で動いている。莉子を使って、雅彦との関係を壊そうとする者。さらには、菊池グループそのものをも揺るがそうとしている気配すらある。

……でも、誰が?彼女は莉子の交友関係について詳しく知らない。

どう考えても答えが出そうになくて、桃は少し考えた末、莉子に関わる人たちの力を借りるのはやめておこうと決めた。

彼らは何だかんだ言っても、長年莉子と関わってきた仲だ。きっと、彼女の醜い一面とは向き合いたくないはずだと思った。

彼女が連絡を取ったのは、地元では有名な探偵事務所だった。浮気調査や財産の不正移動など、男女間のトラブルに強く、評判も高い。

事情を話すと、すぐに費用の見積もりが提示された。料金は決して安くなかったが、桃は即答で依頼を決めた。

今ここで何もせずに待つのは不安でしかない。

前に莉子に罠にはめられたときのことが頭をよぎる。あのときのように、また後手に回ってはダメだ。

攻めは最大の防御。先に動いて有利な情報を掴んでおけば、次に備えることもできる。

契約金を振り込んだあと、探偵側はすぐに動き出した。3日以内に初動調査の結果を報告するとの返事があった。

一通りの手配を終えた桃は、少しだけ肩の荷が下りたような気分になった。――ただ、口座の残高を見て、やはり少しだけ心が痛んだ。

雅彦からは無制限に使えるカードを渡されてはいた。けれど、桃は基
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Latest chapter

  • 植物人間の社長がパパになった   第1023話

    桃は一瞬にして全身の毛が逆立つような寒気を覚えた。ゆっくりと後退しながら言った。「あなた……本気なの?ここは商業施設よ。もし騒ぎにでもなったら、あなたたちだって逃げ切れない。それに、さっき雅彦に迎えに来てって連絡してあるの。すぐにここへ来るはずよ!」だが、麗子は笑って言った。「雅彦?社内の裏切り者探しで手一杯よ。まさか、私が行動に移す前に、彼の周囲に内通者を潜り込ませていないとでも思った?」その言葉を聞いた桃は、背筋が冷たくなるのを感じた。このまま捕まれば、どんな目に遭わされるか想像もつかない。とにかく、ここから逃げねばならない――そう判断した彼女は、じりじりと後退しながら、勢いよく扉を開けた。案の定、ドアの向こうには大柄な男が二人立っていた。その体格からして、素人ではないことは明らかだった。まともにぶつかって勝てる相手ではない。しかし、桃は最初から力ずくで勝とうなどと思ってはいなかった。扉を開けると同時に、鞄の中に常備していた防犯スプレーを素早く取り出し、男たちの顔めがけて噴射した。たちまち二人は咳き込み、目を押さえて苦しみ始めた。その隙を逃さず、桃は全速力で走り出した。「何をしてるのよ!早く捕まえてきなさいよ、この役立たずどもが!」麗子は怒声を上げた。とはいえ、その二人もさすがの元軍人、防犯スプレーの影響からすぐに立ち直り、再び桃を追い始めた。後ろから迫る足音がどんどん近づいてくるのを感じながら、桃の心には、氷のような絶望が広がっていった。「誰か……誰か助けて……」と叫びながら走るも、このフロアは改装中で、人の気配すらなかった。それに、彼女のスマホは電波が遮断されており、外への連絡も取れない。呼吸は乱れ、足も重くなってきた。後ろの足音がすぐそこまで迫ってくる――もう、限界かもしれない。そのときだった。横の部屋の扉が開き、中から伸びてきた腕が、彼女を中へと引き込んだ。「んっ……!」という声を漏らしかけたが、次に聞こえてきた声で桃はようやく少しだけ安心する。「桃、私だよ。佐俊。安心して」桃は目を見開き、自分の耳を疑った。まさか、この場所で彼に会うとは思いもしなかった。「今、君を放すけど、絶対に声は出さないで。外に気づかれたら終わりだ」桃はこくりと頷き、彼の手が離れた後、改めて彼の顔を見つめた。佐俊は

  • 植物人間の社長がパパになった   第1022話

    「桃、私の顔を見ておいて、挨拶の一つもないなんて。あなたは私をおばさんと呼ぶつもりかしら?それともお義姉さん?」麗子は桃の怯えた表情を見て、満足げに笑みを浮かべた。自分が仕掛けた顔への傷が彼女を完全に壊すことはできなかったものの、少なくとも強烈な恐怖心は植え付けることに成功したと確信していた。桃はすでに背後の扉まで後退し、そっとドアノブに手を伸ばした。鍵はかかっていなかった。少しだけ安堵する。だが、麗子はまるで彼女の考えを見抜いていたかのように言った。「逃げようなんて思わないことね。外にも私の手下がいるのよ。退役した特殊部隊の兵士が二人も。あなたみたいな女を捕まえるなんて、簡単よ。それに、雅彦に電話でもしようとしてる?無駄なことよ。この場所には電波遮断器を仕掛けてあるから、電話は繋がらないわ」桃の身体は一瞬で強ばった。外から、確かに男の話し声が聞こえてくる。状況は思っていたよりもずっと悪い。それでも、彼女は必死に自分を落ち着かせようとした。「一体、何をするつもりなの?」桃は、今の自分が極めて危険な状況にあることを理解していた。だからこそ、冷静さを失ってはいけないと、心を強く持とうとする。幸い、携帯電話はポケットに入れたまま、録音もしていた。麗子が今は優位に立ち、気分を良くしているなら、うっかりと口を滑らせる可能性がある。その言葉を記録し、なんとか脱出できれば――全てを終わらせる切り札となる。桃は深く息を吸い、心を落ち着ける。「私はただ、あなたに代償を払わせたいのよ、桃。あなたは佐和を死に追いやっておきながら、何もなかったかのように雅彦と幸せに暮らそうとしてる。そんなの、神様が許さなくても、私が許さない」「私は、佐和のことを一日たりとも忘れたことはありません」桃は真剣な表情でそう言った。それは決して嘘ではない。佐和が亡くなってからも、彼の墓には毎週末足を運び、今の自分のことや、子どもたちの成長を語りかけていた。まるで彼が今もそばにいて、変わらぬ友人であるかのように。「嘘ばっかり。あなたはただ私に情けをかけてほしいだけでしょ?」麗子は冷笑を浮かべた。まるで全てを見透かしたかのように言い放つ。「信じたくないならそれでいいわ」桃は、もはや麗子に何も期待してはいなかった。ただ、本題へと話を移す。「今日のこれは、最初か

  • 植物人間の社長がパパになった   第1021話

    一日しっかり働き終えた桃は、凝った肩を揉みながら会社を出た。オフィスの若い女の子たちが彼女を見かけると、思わず声をかけてきた。「桃さん、今日も旦那さんお迎えに来るんですか?」その言葉に、桃は思わず顔を赤らめた。少し困ったように首を振る。「彼、普段すごく忙しいから、そんなに毎日は来ないわよ」心の中では、雅彦のせいで自分が会社内で妙に目立ってしまったことを恨めしく思っていた。昨日の彼の行動のせいで、彼女は注目の的になり、何人かの若い女性社員がわざわざ話しかけてきては、どうやってそんな男性と知り合ったのかを聞いてきた。中にはかなり積極的な態度で、お金持ちの男性を紹介してほしいと頼んでくる者もいた。桃は当然、そんな紹介をするつもりはなかったため、丁寧に断るのにかなり労力を使った。そのせいで、数名の女性社員は彼女が自分たちを見下しているのではないかと受け取り、あからさまに不機嫌な反応を見せることもあった。「……はぁ……」桃は深いため息をつきながら、今日雅彦が帰ってきたら、耳をつかんでひとこと文句を言ってやらなければと心に決めた。そう考えながら、彼女は近くのショッピングモールへ向かった。子どもたちは最近またぐんと背が伸びて、今までの服がもう合わなくなってきていた。そろそろ新しいのを買い揃えなきゃ……と、子供服のお店へ向かった。いつも行きつけの店に入って、桃は店内の商品を見ていた。すると――視界の端を、どこか見覚えのある、けれどどこか違和感のある影が、サッと通り過ぎた。一瞬のことだったが、桃はその姿を見た瞬間、まるで電流が走ったかのように、反射的に動いた。持っていた服もそのままに、走り出した。「桃さん?」店員は顔見知りで、彼女の突然の様子に驚き、声をかける。桃はいつも冷静で穏やかな印象だったからだ。けれど、桃には、店員の呼びかけを気にする余裕などなかった。ただ、その背中を追いかけ続けていた。その人影は、ショッピングモール内のトイレへと入っていった。桃は呼吸を整えるように深く息を吸い込み、心を落ち着けた。――あの背中を見た瞬間、彼女は確信した。あれは、莉子だった。しかし、莉子の脚はずっと感覚がないと聞いていた。だから、たとえ手術が成功しても、こんなに早く歩けるはずがない。じゃあ、今見たあの歩く姿は、一体?まさか――

  • 植物人間の社長がパパになった   第1020話

    海は、桃の指摘に一瞬納得しかけた。だが、それが桃の口から出た途端、彼はまた疑い深くなった。「……まさか、莉子の彼氏の話を持ち出せば、彼女が傷ついてまた自殺でもして、もう二度と雅彦様と争えなくなるって、そういう狙いなんじゃないのか?」その突飛な言いがかりに、桃はさすがに呆れた。――もうこの人から有益な情報を得るのは無理だ。仮に何か知っていたとしても、絶対に自分には話さないだろう。「好きに思ってて。私は最近仕事で手一杯だし、そっちにかまってる暇なんてないわ。心配ならあなたが一日中見張ってれば?あとで何かあって、私のせいにされるのも面倒だし」そう言い捨てて、桃はさっさと背を向け、その場を離れた。今の海は、まさに「灯台下暗し」だ。静さも判断力も失っていて、何を言っても通じない。それなら、これ以上無駄に言葉を重ねるよりも、自分で動いた方が早い。だが……やはり自分の直感は正しかったかもしれない。何かが裏で動いている。莉子を使って、雅彦との関係を壊そうとする者。さらには、菊池グループそのものをも揺るがそうとしている気配すらある。……でも、誰が?彼女は莉子の交友関係について詳しく知らない。どう考えても答えが出そうになくて、桃は少し考えた末、莉子に関わる人たちの力を借りるのはやめておこうと決めた。彼らは何だかんだ言っても、長年莉子と関わってきた仲だ。きっと、彼女の醜い一面とは向き合いたくないはずだと思った。彼女が連絡を取ったのは、地元では有名な探偵事務所だった。浮気調査や財産の不正移動など、男女間のトラブルに強く、評判も高い。事情を話すと、すぐに費用の見積もりが提示された。料金は決して安くなかったが、桃は即答で依頼を決めた。今ここで何もせずに待つのは不安でしかない。前に莉子に罠にはめられたときのことが頭をよぎる。あのときのように、また後手に回ってはダメだ。攻めは最大の防御。先に動いて有利な情報を掴んでおけば、次に備えることもできる。契約金を振り込んだあと、探偵側はすぐに動き出した。3日以内に初動調査の結果を報告するとの返事があった。一通りの手配を終えた桃は、少しだけ肩の荷が下りたような気分になった。――ただ、口座の残高を見て、やはり少しだけ心が痛んだ。雅彦からは無制限に使えるカードを渡されてはいた。けれど、桃は基

  • 植物人間の社長がパパになった   第1019話

    海の言葉は真剣そのもので、ひとつひとつが重たく響いた。だが桃は、ただただ困惑していた。事情を知った今、彼女としても無理に莉子を追い出そうとは思っていない。それでも――海の態度は、まるで自分が意地悪で嫉妬深い女だと決めつけているように思えて、桃は胸が苦しくなった。それが少し、悲しかった。以前は、彼も自分に優しくしてくれていた。菊池家にいた頃は、何かと手を貸してくれることも多かったのに。だから、桃は少しだけ躊躇ったあと、口を開いた。「……本当に、私のことを、そんな手段を選ばない女だと思ってるの?」海は、一瞬だけ動揺した。かつての桃の姿を思えば、確かにそんなふうには見えなかった。少なくとも以前は、彼女は優しくて純粋で、雅彦との関係も応援したいと思える女性だった。けれど――莉子が現れてからの桃は、まるで別人だった。おそらく、それは嫉妬によって本性が露わになったのだと、海はそう思い込んでいた。「……わからない。ただ、確かなのは――君が莉子に大きな傷を与えたってことだ」海はその問いには答えず、冷たく言い放った。「私は、彼女を傷つけようとなんて、一度も思ったことない。これまでのことだって、後ろめたいことは何もしていないわ」桃の落ち着いた言葉に、海は思わず声を荒げた。「やったことは事実だろ!なのに、今さら知らん顔して!……どうせ雅彦様は君がやったって知っててもかばうんだ。だったらもう、取り繕う必要もないだろ?」「――私は、本当のことを言ってるだけよ」桃は静かに言った。「あなたも言ったわよね。私が何をしても、雅彦は私の味方。だったら、何でわざわざ莉子を貶めるような真似を繰り返して、自分から周囲の非難を浴びにいくの?そんなこと、馬鹿じゃないとやらないでしょ」桃にそう言われて、海は一瞬言葉に詰まった。だがすぐに、自分が桃の言葉に乗せられてしまったことに気づいた。この一瞬のためらいは、まるで自分が莉子を疑っているかのようではないか。「……君が何を考えてるかなんて知るか。とにかく、言いたいことは全部言った。あとは君の勝手にすればいい」そう言って、彼は怒りを隠さず桃を睨みつけた。桃は、その海の剥き出しの感情に驚きを隠せなかった。眉をひそめながら、何かが引っかかるような違和感を覚えた。どこか、おかしい。ふと、ある点に思い至る。「ねえ、ちょっ

  • 植物人間の社長がパパになった   第1018話

    雅彦が何も告げずに出て行ったことが、桃の胸に不安を残した。しばらく考えた末、彼に電話をかけることにした。しばらく呼び出し音が鳴ったあと、ようやく電話が繋がり、彼の声がかすかに聞こえてきた。「今……どこにいるの?朝起きたらいないから、何かあったのかと思って」「いや、大丈夫だ。ただ、ちょっと会社の用事を片付けに来ただけさ。海が退職することになってるだろ?それでちょっとバタバタしてて」今は、桃に事件のことを知らせるつもりはなかった。せっかく関係が改善し、以前のような親密さを取り戻したばかりなのに、また溝ができるのは避けたかった。「そっか……じゃあ、忙しいだろうし、あんまり邪魔しないでおくね」桃は、彼の言葉にも納得し、それ以上深くは追及せずに、朝ごはんはちゃんと食べるように、昼まで何も食べずにいると胃を壊すといったことをいくつか言い添えたあと、電話を切った。その一連の会話を、隣にいた海も耳にしていた。そして、心の中で苦笑せざるを得なかった。今、莉子が濡れ衣を着せられてるのに、――雅彦が本当に気にしているのは、桃が莉子の帰国が延期されたことを知って怒るかどうか。そのために嘘までついて、取り繕っている。――本当に、理性が吹き飛んでるとしか思えない。だが、海はこのままでは良くないと思っていた。少し考えてから、「ちょっと出かけてきます」とだけ言い残し、会社を出た。雅彦は特に疑問も抱かず、すぐに了承した。そして海は、直接桃に電話をかけ、会いたいと伝えた。桃は驚きを隠せなかった。というのも、前回の口論以来、海は彼女を避けるようにしており、目が合っても無視されるほど冷たかったのだ。そんな彼がわざわざ会いたいと言ってくるなんて、何か大事な話があるに違いない。桃はすぐに承諾し、海は彼女の会社の場所を聞くと、車を走らせた。約10分後、彼は桃の勤め先のビルの下に到着し、再び連絡を入れた。ふたりは、裏手の人通りの少ない通りで顔を合わせた。「海さん、私に用があるってことは……何か話があるんでしょう?」桃は彼の硬い表情を見て、彼が自分に対してまだわだかまりを持っているのを悟った。もうどう取り繕っても無駄だと感じた桃は、無駄話を省いて本題に入るよう促した。「桃さんは察しがいいですね。なら、前置きは省きましょう」海は桃をまっすぐに見据

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status