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74品目:あなたを捧ぐウエディングケーキ ~ケーキ入刀~

last update 最終更新日: 2025-06-19 11:00:09

 観客席から土石流のように拍手喝采がなだれ込んだ。熱狂が会場を覆い尽くし、耳を塞ぎたくなるほどだった。

 しかし、最初に口上を述べた貴族風の男が立ち上がると、場内はすぐに静まり返った。

「それでは、ケーキ入刀とまいりましょう」

 その言葉を合図としたかのように、会場を煌々と照らしていた魔導灯が消灯した。

 一瞬にして視界は黒一色となる。

 なんだ、これは……。

「エルドリス、いますか!?」

 返事がなかった。だが、数メートル先にいるはずなのだ。

 彼女のもとへ向かおうと、闇の中に足を踏み出した瞬間、何かにつまずいて派手に転んだ。両膝と両手をしたたか地面に打ちつける。

 直後、再び魔導灯が点灯した。暴力的なほどの眩しさ。それを手で遮りながら顔を上げると、そこには純白のウエディングドレスを身にまとったエルドリスが立っていた。その隣には、純白のタキシードを着たあの貴族風の男。

 いつもの黒のコック服が消え去り、露わになった肩とデコルテ。白く輝く素肌の美しさはエロティシズムよりもサンクティティ(聖性)を想起させ、女たちの羨望の眼差しを惹きつける。

 頭頂部から垂れるレースのヴェールは彼女の美貌に儚げな要素を添えて、男たちの庇護欲を掻き立てる。

 会場中が一瞬にして、至高の花嫁の登場に目を奪われた。

 だが当エルドリスはそんなことには気づかない様子で、心底不愉快そうに自分のドレスを見回していた。タキシードの男がエルドリスの腰を引き寄せようとするのを敏感に察知し、その指先が触れる前に即座に距離を取る。

「何の真似だ」

 エルドリスが低い声で言い、男を睨みつける。この声はおそらく、観客席までは届いていない。

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     白仮面の若い男が現れて、入刀されたケーキから二皿分を取り分けた。そのうちのひと皿を純白のタキシードを着た男が手に取り、フォークでひと口分掬って僕の口元へと差し出す。「……え、何です?」 僕が不思議に思って尋ねると、男は穏やかに返す。「ケーキ入刀後の恒例だよ。ファーストバイト。新郎新婦が互いにケーキを食べさせ合う儀式だ。これもエルドリスでなくきみがやるんだろう?」「もちろんです」 そう答えつつも、初めて聞くファーストバイトという言葉に僕は少し戸惑った。食べさせ合うだなんて変な感じだ。 僕はもうひと皿を取り、同じようにフォークでひと口分を掬って男の口元へ向ける。 男が僕の持つフォークにかぶりついた。僕も真似をして、男の持つフォークを口に入れる。 こういうのを信頼のない者同士でやるのは怖いものだなと思った。だって相手はフォークを少し動かして、僕の喉を突くことだってできてしまう。 フォークがゆっくりと引き抜かれる。僕も男の口からフォークを引き抜く。 咀嚼して、口内に広がったのは、想像を遥かに超える美味しさだった。さすが、エルドリスが作っただけある。ホイップクリームは甘すぎなくて食べやすく、スポンジはふわりと軽い。中に挟まれたフルーツの食感と甘酸っぱさがいいアクセントになっている。 舌の上で味わいながら考える。このケーキには本当に、イルゼフォリアの胞子が見せる、"殺したいほど愛しい人"の幻の血肉が含まれているのだろうか。そんな異質な味も臭いもまったく感じない。 しかし、どうしても気になっていることがある。エルドリスの行ったデコレーションの終盤、僅かな間だけ自分にも見えた、碧い光彩を持つ目玉。あれの持ち主が自分にとって"殺したいほど愛しい人"なのだとしたら、それは―― 僕は目を閉じて深呼吸をした。もしこのケーキが本当にその人物の一部を含んでいるのなら、その記憶が再生できるかもしれない。 口の中のケーキを、もうひとつの胃――識嚥《シエ》へと落とした。 そして自分も闇の中に落ちる。真っ暗闇で光が明滅し、僕の思考を誰かの記憶が奪っていく。――――― 夜の街道。 大雨が降っている。 びしょ濡れで冷たい。 息を切らして走る。 心臓が破裂しそうだ。 引き裂かれた女の腹。 内臓がほとんどない。 肋骨に守られた心臓と、潰れた肺と、千切れた腸の一

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     僕は一番大きなスポンジを自分の前に置き、パレットナイフでクリームを塗り始めた。スポンジの下には回転台があるので、これを回しながらクリームを均一に塗り広げていく。 だが、ケーキ作りなどしたことのない僕の手つきは、どうしてもぎこちなくなってしまう。隣では、エルドリスが回転台もなしに中央段と最上段のスポンジを次々と仕上げていく。その技術は圧倒的で、僕が最下段を塗り終える前に、彼女はもう作業を完了していた。「助手君、代わろう」 エルドリスがやってきて、僕は立ち位置を明け渡す。任せるぞと言われたのに、クリームでスポンジを覆うところまでしかできなかった。これを均一に整えるのが驚くほど難しい。 だが、どのみちエルドリスの仕上げは必要だっただろうから、これを悔やんでも仕方ない。「ホイップクリームを絞り袋に詰めてくれ」「はいっ」 僕はただ、自分にできることを精一杯やるのみだ。 端を切った油紙の袋に、へらでクリームを詰めていく。できるだけ手早く。詰めるだけなら美的センスも問われない。 エルドリスはその間にも回転台を素早く回し、僕の塗ったクリームの凹凸をみるみるうちに平らにならしていった。「よし、これでいい」 クリームが均一に塗られた三つの土台を、エルドリスは大皿の上に慎重に積み上げていく。最下段などは直径五十センチほどの大きさで数キログラムはありそうだったが、パレットナイフ二本でさらりと移動させてしまう様は、それだけでひとつのパフォーマンスのようだった。 三段重ねの美しい土台が積み上がると、彼女は僕から絞り袋を受け取り、デコレーションを始めた。 土台の側面に、らせん状にクリームを絞り出し、うねるような波形のフリルを重ねていく。フリルは一定の幅でリズミカルに繰り返され、まる

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     調理台にやってきたエルドリスは、僕にガラス瓶を手渡した。その中には幻《まぼろし》のリュネットから採取した血液が入っているはずだったが、僕の目には空の瓶にしか見えない。「助手君、用意してあるホイップクリームにこれを混ぜてくれ。ボウルひとつにつき大さじ2ずつだ」「わかりました」「混ぜる回数は二十回。ホイップの気泡を崩さないよう、底から大きく返すようにかき混ぜること」「はいっ」 僕は魔導冷蔵庫を開けた。そこにはあらかじめ泡立てておいたホイップクリームが、五つのボウルに分けて入れてある。そのひとつを取り出して、エルドリスの邪魔にならないよう調理台の隅に置く。 透明な瓶から透明な液体をスプーンで掬い、ひとさじ、ふたさじと投入する。何も変化がないように見えたが、観客席から興奮したざわめきが漏れた。混ぜ始めると歓声が上がる。 僕は気圧されながらも二十回を頭の中で数え上げ、次のボウルに取り掛かった。 一方、エルドリスは採取した部位の処理を行っていた。ナイフで切った部位をひとつずつ取り上げて、布巾で拭いていく。おそらく血などをぬぐっているのだろう。その手つきはまるで宝石を磨くかのようだった。「さて、小腸の処理に取り掛かる。まず内部の排泄物を完全に洗い流さなければならない」 そう言いながらエルドリスは、僕には見えない何かを両手で抱えるようにシンクへ運んだ。「この洗浄が甘いと雑味や臭みが出る。ゆえに丁寧に、中をすすいでいく」 不思議な光景だった。蛇口から出た水は真っ直ぐ下に流れてシンクへ打ち当たっている。もしくはエルドリスの手に当たっている。長い小腸の中を通っているようには、とても見えない。 けれど、エルドリスの手つきは確かに水で小腸の内部を洗い流しているのだ。彼女の手を見ていると、僕の目に見えている水のほうが、流れる方向を誤っ

  • 生きた魔モノの開き方   71品目:あなたを捧ぐウエディングケーキ ~部位の採取~

    「どこがいいかな。目玉、鼻、耳、唇、乳頭、臍、性器の先端、手足の指、小腸……」 観客たちが固唾を吞んで見守る。「目玉にしようか。宝石のような虹彩と、白目のコントラストが美しい」 刃先を下にして、ナイフが垂直に立てられる。それがググとわずかに沈み、エルドリスの手首の返しと共に回転する。 観客席から喘ぐような吐息が聞こえてくる。「次はそうだな……唇にしよう。もう二度と、私に裏切りの言葉を吐かないように」 エルドリスの台詞が演出なのか何なのか、僕にはわからない。ただ彼女の言葉は観客たちの共感を呼んだ。 白い指先が、唇のあるだろう場所を優しく撫でる。 その同じ場所にナイフの刃先を当てて、魚を三枚に下ろすかのように、見えない唇を切り取っていく。「さあ、どうするか。次は……この慎ましやかな乳頭にしよう」 男女問わず何割かの観客たちは顔を逸らし、逆にもう何割かの観客たちは前のめりになった。 エルドリスの指先が拘束台の上で小さな何かを摘まみ上げる。そしてその指先の下を、ナイフの刃が滑っていった。 僕には何も見えないはずなのに、その一瞬の光景がパッと脳裏に浮かんで思わず顔を背けてしまう。  人間の乳頭はふたつある。だからエルドリスはもう一度同じ動作を繰り返したが、二度目はまともに見られなかった。「次は……耳だな。耳の形状は繊細だ。さぞや美しい飾りとなるだろう」 エルドリスは拘束台の上の空間に手を伸ばし、耳介と思われる場所に指を掛けた。その指が、耳介を引っ張るように動く。ナイフを入れる耳の

  • 生きた魔モノの開き方   70品目:あなたを捧ぐウエディングケーキ ~血液の採取~

    「さあ、皆さま。先ほども紹介がありましたが、改めまして本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」 声が震えそうになるのをグッと耐え、広い会場中に聞こえるよう、腹に力を込める。「そして、本日の食材は……イルゼフォリアの胞子によって生み出された“幻《まぼろし》”です」 観客の一部から、ぱらぱらと拍手が上がる。それはあっという間に周囲に伝播し、円形の観客席全体へと広がった。 耳を打つ音の洪水。嗜虐的な期待に燃えた数百の手が、惜しみなく音の熱を飛ばす。 だが、それもほんの数秒。まるで見えない指揮者の合図に従ったかのように、拍手は静かに収束した。「イルゼフォリアは、この館の元の持ち主である研究者が、秘密裏に研究した黒魔法により錬成した魔物です。その胞子は熱狂的な愛、すなわち狂愛に反応します。胞子を吸った者に、その者が"殺したいほど愛しい人"の幻を見せるのです。その幻から採取した血肉、そして骨を、今夜はウエディングケーキのデコレーションとして使用します」 言いながら、すでに動き出しているエルドリスを見る。彼女は調理台に置かれていたナイフを今まさに、手に取ったところだった。そして拘束台まで歩いていき、そこに横たわっているであろうリュネットの、おそらく頭を、撫でるような仕草をする。 その冷え切った慈愛の表情に、僕は心臓がぎゅっとなる。「それでは先生、お願いします」 エルドリスは静かに頷くと、台の上を右から左へ眺めるように首を動かした。左手を見えないリュネットに添えて、右手に持ったナイフを構える。「では、開いていく」 ナイフの刃先が何もない空間に沈み、ズズズと動いていく。 僕からすればまるでパントマイムだ。空の拘束台の上をナイフが滑っているだけ

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