でも、彼女が鬱病かどうかはもうどうでもいいんだ。その時、優は私の後ろをついてきたが、一言も発しなかった。神崎家に帰ってきたばかりの頃、私はとても臆病で、暗闇も怖かった。だから、あの頃の優はいつも小さなオモチャの剣を持って私の部屋の前で守ろうとしてくれてた。そして私がぐっすり眠るのを見届けてから、ようやく自分の部屋に戻るようにしていたのだ。あの時の彼は一生私を守ると言っていた。しかし、後になって、私を笑いものにする計画には彼も加わっていたのだ。「美咲、本当にごめん……清子が鬱病になって、お前よりもっと世話が必要だと思ったんだ。こんなにもお前を傷つけてしまうとは思わなかった」優は、悪いことをした子供のように俯いていた。でも、清子の笑顔のために、彼が何度も何度も私を馬鹿にしていたことも忘れられない。清子の誕生日の時、彼らはわざと私の近くで可燃性ガス入りの風船に火をつけ、爆発させたのだ。おかげで、10年間伸ばしていた私の長い髪は焼け焦げてボロボロになってしまい、涙ながらに耳の高さまで髪を切るしかなかったのだ。なのに優は私のことなど構わずに、こんなに危険だとは思わなかった。清子が怪我したら大変だった、と言っていてひどく後悔していた。あの時私は泣きながら、じゃあ自分は何なの、と彼に尋ねた。優はこう言った。「俺の妹は清子しかいない。彼女を喜ばせることができるだけでも、お前は光栄に思わないと」翔も私に謝った。いつもの派手さはなく、彼は真剣に「ごめん」と言った。三人は、一生私を守り、誰にも傷つけさせないと言った。結局、一番私を傷つけたのは彼らだった。人は幸せになると、嫌な思い出に囚われなくなるのだが、彼らを許したわけではないのだ。だから、私は彼らの謝りを受け入れなかった。清子は、嘘がバレてから本当に鬱病になったようで、毎日元気がなかった。でも、あまりにも多くの嘘をついたので、もう誰も彼女を信じなくなっているのだ。彼女は私にしがみついて、「これで満足?彼らの心はまたあなたに戻った。あんなに苦労して、やっと私の方を見てくれるようになったのに」と言った。「どうして!」彼女の目の周りはひどく黒ずみ、顔色は血の気がなく真っ青だった。何日もまともに眠れていないようだった。私が妊娠した日、梟はとても
「それからお前に一度も会えなかった」梟は少し寂しそうに言った。その後、母が病気で亡くなり、私は宗佑に引き取られて梟とは連絡が途絶えてしまった。「どれだけお前を探したか分からないだろう。この薄情者は俺のことなんて忘れてしまったんだな」梟は指で軽く私の頭を叩きながら文句を言った。だから、私はどこか懐かしいって感じたんだ。「桐山さん、ごめんなさい」私は心から謝った。彼は私の目を見つめ、真剣な顔で言った。「まだ桐山さんって呼ぶのか?今日、俺たちは結婚したんだぞ?本当はなんて呼ぶべきなんだ?」私の顔が一瞬で真っ赤になった。彼は私を抱きしめ、大声で笑ったが、それ以上からかうことはなかった。梟と暮らす日々は楽しかった。彼は私の気持ちを弄んだり、不安にさせたりすることはなかった。健全な恋愛とはこういうものだと初めて知った。一方で慎也はまだ諦めていなかった。あの日、彼とはっきりさせたつもりだった。ところが、彼は私の通勤途中にまで現れた。驚いたことに、ほんの数日で慎也はまるで別人のようになっていた。顔色はかなり悪く、髭も伸び放題だった。記憶の中では、彼は綺麗好きな男だったのに、今はすっかりだらしない。「美咲、聞いたんだ。お前と桐山社長が結婚したのは本当だけど、知り合って数日で電撃結婚なんて、本当は彼を愛してないんだろ?俺を怒らせるためにわざとやったんだ、そうだろ?」彼は赤いバラの花束を抱えながら、私がそうだという返事を期待していた。私は花束を受け取らず、冷静に答えた。「私は夫と仲良くやってる。あなたへの気持ちはもうない。もう付きまとわないで」慎也はバラの花束を抱えた腕に力を込め、切ない口調で言った。「そんなの信じられない。俺たちは十何年も一緒にいたのに、それをたった数日で彼に取って代わられてしまうなんて……美咲、あの時は俺が悪かった。清子の鬱病が悪化するのを恐れて、何度もお前を裏切ることしかできなかった。本当はお前を愛していたんだ。美咲、信じてくれ。今になってようやく自分の本当の気持ちに気づいたんだ。もう一度……もう一度チャンスをくれないか?」慎也は何度も私の気持ちを弄び、今になって愛してるとか言ってきた。だけど、私はそれを信じられないし、信じたくもなかった。「慎也、あなたは最低よ。あなたを好き
「私が本当に嬉しいと思うのは、あなたとじゃなく、やっと結婚できたことなの」私は彼を睨みつけ、一語一句をはっきりと言った。慎也の顔に、傷ついた表情が浮かんだ。彼はよろめき、口の中で「まさか、お前が他の男と結婚するなんて……」と呟いた。そう言って、彼は急に私の手を掴み、大声で言った。「美咲、お前は昔、俺と結婚したい、俺の妻になりたいって言っただろ!どうして他の男と結婚するんだ?!全部嘘だったんだろ!全部俺を騙すためだったんだろ!そう言えよ!」梟がすぐに追いかけてきて、素早く彼の腕を振り払った。「美咲とは、もう結婚したんだ。これ以上、彼女に付きまとうな」慎也の姿を見て、私は思わず笑ってしまった。一体何なんだろう、これは。昔、私が彼に結婚を迫った時、彼は私にしつこい、清子に比べたら何にもならない、と言ったのだ。私が本当に結婚したら、今度はこんなに悲しそうな顔をするなんて、誰に見せつけたいんだろう。だけど慎也は私の手を強く握ったまま、泣きそうな声で言った。「美咲、もう一度だけチャンスをくれ、頼む」私は梟の手を引いて、その場を去った。もう二度と、彼らとは関わりたくないのだ。梟と彼の家に帰ってきて、私はようやく自分が突然結婚したことを受け入れ始めた。それでも、私は遠慮がちに口を開いた。「ごめん、桐山さん。あの人たちの言ったことは気にしないで。もし私の過去が気にさわるなら、すぐに離婚することもできるから」私は指をいじりながら言った。彼には私のせいで嘲笑されたくなかった。梟は私の顔を両手で包み込み、じっと見つめながら言った。「何を言ってるんだ、美咲。俺が何か至らなかったか?」私は慌てて首を振った。今日の結婚式で、彼は私に十分すぎるほどの配慮をしてくれた。祖母を安心させることもできたし、不満なんてあるわけがないのだ。「じゃあ、どうして離婚したいんだ?」私は言葉に詰まった。まさか、自分が彼に釣り合わないと思っているからだなんて、言えるはずがない。梟は私の考えを見抜いたようだ。彼は私を抱きしめ、「だったら、そんなこと考えるな。今日、式で言ったことは全部本当だ。全部、俺の本心だ」と言った。「お前はもっと幸せになるべき人間だ」そう言われ私は思わず胸が熱くなった。「ありがとう、桐山さん」
こんな風に言ってくれる人なんて今までいなかった。急に目頭が熱くなった。梟の瞳に溢れる深い愛情と誠実さを見て、胸を打たれた。それと同時に、少しだけ驚きも感じた。梟と知り合ったのはほんの数日前なのに、ずっと前から知り合いだったような気もした。それでも私は、彼の言うことはきっと、私の顔が立つようにみんなに聞かせるために言ったのだと思って、あまり真に受けなかった。宗佑の態度は掌を返したように変わり、梟の手を握って親しげに笑っていた。しかし梟は軽く手を離すと、私を祖母の前に連れて行った。祖母は嬉しそうに私と梟の手を握り、満面の笑みを浮かべていた。「美咲、きっと幸せになってね」梟は祖母の膝の前に片膝をつき、少しも嫌がる素振りを見せず、彼女の言葉をじっと聞いていた。招待客も全員、私たちに祝福の言葉を贈ってくれた。「新郎新婦は本当にお似合いで、美男美女だね!」「さっき新婦にお見合い相手を探してやるとか言ってた人は誰だっけ?笑わせるよな。旦那さんはちょっと遅れてきただけなのに。まるでピエロみたいだ」慎也と優、それに翔たちの顔色は一層悪くなっていた。式が終わると、私と梟は笑顔で一人一人を見送った。その時、慎也が私の腕を掴み、廊下に連れ出した。「いい加減にしろ、美咲。一体いつまでこんな芝居を続けるつもりなんだ?ただ俺に嫉妬させて、かまって欲しいだけじゃないのか?こんな大げさな真似をする必要があったのか?もうこれでお前の思い通りになったんだから!満足ろう?」私は彼の手を振り払い、一歩下がった。「慎也、自分を過大評価しすぎよ。何度も言ってるけど、私は今日結婚するの。あなたが信じようが信じまいが、私にはもう関係ない」慎也は怒りのあまり笑いが出た。「お前、まさか、本気で俺と結婚するつもりがなかったなんていうんじゃないだろうな!」だが、彼が手に持ってきたウェルカムボードを目にすると、顔色を変えた。そこには、【新郎 桐山梟】とはっきりと書かれていた。「桐山……」「ええ。桐山さんよ。最初から私の結婚する相手はずっと桐山さんだったの。何か問題でも?」慎也は受け入れられないようで、瞳孔が大きく開いた。彼は招待状を取り出した。そこにも【新郎 桐山梟】と書かれ、私と梟をモデルにした似顔絵が描かれていた。彼は
耳の後ろで、男の人の心地よくて深みのある声が響いた。振り返ると、そこには桐山梟(きりやま きょう)がいた。彼は私のドレスと同じ色の白いスーツを着ていて、胸には一輪の花を付けていた。梟は私を支えて立たせ、優しく肩を叩いて慰めてくれた。「ずいぶん濡れてるじゃないか。ウェディングドレスを着替えよう。昨日のマーメイドドレスの方が似合ってたと思うけどな」そう言って、彼は私の耳元で優しく囁いた。「怖がるな。俺がいる」私も徐々に落ち着きを取り戻した。慎也はしばらく固まっていたが、やがて何かを思いついたように皮肉っぽく言った。「美咲、お前は大したものだな。桐山社長まで役者として呼んでくるとは」梟は私の前で盾となって、私と慎也を隔らせるようにしながら言った。「美咲の友達か?もしよければ、一緒に残って俺たちの幸せを祝福してくれよ」私は結婚証明書を拾い上げた。先ほど人が多かったので、床に落としてしまい、よく見ると汚れが付いていたのだ。梟は私から結婚証明書を受け取ると、丁寧に息を吹きかけて、それから軽く笑いながら私をからかった。「美咲、これは俺が預かっておこう。お前が持っているとなくしてしまいそうだからな」そういうと彼は丁寧に結婚証明書をしまい込んだ。慎也は私たちをじろじろと見ながら、歯を食いしばって尋ねた。「桐山社長、美咲とはどうやって知り合ったんだ?」彼の言葉には、隠しきれない怒りが滲んでいるようだった。私は理解できなかった。私が他の人と結婚して、彼に付きまとって形だけの結婚を頼まなくなったことが、彼の望み通りではなかったのか?なぜこんなに怒っているのか?梟は笑って私の髪を撫でた。「実は、俺の方から人に頼んで紹介してもらったんだ」それを聞いて私は数日前、同僚が梟を紹介してくれて、必ずお見合いに行くように言われたことを思い出した。慎也の顔色はひどく悪く、力が入ったのか腕の中にいる清子が耐え切れず「痛い、慎也」と呟くのを聞いて、ようやく彼は手を緩めた。翔が皮肉っぽく言った。「桐山社長、結婚おめでとう。でも、言わずにはいられないんだが、この間まで、彼女は慎也と結婚したくて頼み込んできてたんだぜ」もう我慢できなくて、私は言った。「慎也を好きだった時期はあったけど、今はもう何とも思ってない。それに、慎也って、そんなに恥ず
「美咲、お前は本当にプライドのために何でもするんだな。そんなに結婚したかったら、参列者の中から誰か選んで結婚すればいいだろ」慎也は親切めかして提案してきたが、私を辱めようとしているのがみえみえだった。次の瞬間、彼はマイクを手に取り、会場に向かってこう言った。「神崎家のご令嬢、美咲さん、ただいまより結婚相手を募集します!男なら誰でも参加資格があります。彼女を気に入った人がいたら、ちょうどここで結婚式を挙げられます。誰か試してみませんか?美咲さんは一途で情熱的で、俺には何年も言い寄ってきていたんです」招待客たちはざわめき、スマホで写真を撮る人もいた。私は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じ、唇を噛み締めた。確かに何年も彼を追いかけてきた。でも、それは彼がいつも私の好意を受け入れながら、曖昧な返事しかしてこなかったからだ。しかし、こうやって何度も何度も、私の真心は踏みにじられた。冷たい風が吹いてきた。私は心も体も冷え切る思いだった。その時本当に、慎也の言葉に賛同し、私と結婚したいという男が現れた。慎也が連れてきた男は40代か50代で、父よりも年上に見えた。男は黄ばんだ歯をむき出しにして、いやらしい笑みを浮かべている。「美咲さんは本当にお美しい」翔と優は、私をその男の前に突き出した。私は吐き気がして何も言えなかった。優は私の様子を見て、「役者を雇うよりマシだろ?さっさと結婚して、神崎家の恥さらしはを終わりにしろよ」と言った。清子も言った。「美咲、もういいでしょう。これでも私たちがあなたのために厳選したのよ。何が不満なの?」この偽善者たちの顔を見つめながら、私は拳を握りしめた。「これは私の結婚式よ。あなたたちは口出しする権利なんかないわ!」そういえば、昨日入籍したばかりだったから、今ちょうどウェディングバッグの中に結婚証明書が入っているのだ。それを思い出した私はすかさずバッグを取りに行き、中から結婚証明書を取り出して、彼らに突きつけた。「みて、私と夫の結婚証明書よ。だから言ったでしょ、彼はまだ来ていないだけだって」優は一瞬呆然としたが、すぐに大笑いした。「美咲、芝居が上手くなったな!この男が誰だか分かってるのか?彼がお前の夫だなんてよくも言えたな?」慎也もその証明書を見て、