LOGIN結婚十周年記念日のその日、私は旦那・大蔵栄一(おおくら えいいち)と息子・裕之(ひろゆき)の秘密を知ってしまった。 毎年繰り返される「記念日のアクシデント」は、偶然なんかではなかった。 全ては裕之の仕組んだ茶番劇だったのだ。この子は意図的に私を家に縛りつけ、栄一が初恋の人とデートできるように手伝っていたのだ。 ドアの向こうから、普段ちやほやしている裕之の声が冷たく響いてくる。 「パパ、立花(たちばな)さんに会ってきてね。いつものように、僕がママを引き止めとくから。 毎年こんなことするのめんどくさいよね。ママもう大人だってのに、なんで結婚記念日とか気にするんだろう。 立花さんのほうが新しいママにぴったりだよ。今のママはわがまま過ぎる」 その夜、遅くなって帰ってきた栄一は知らない女の香水の香りを纏っていた。私は彼に離婚を告げた。 彼らは忘れていたのだ。 私は妻でも母親でもあるが、まず「私」という人間であることを。
View Moreそして、私はすぐに通話を切った。これ以上説明する必要はなかったのだ。最後の裕之との会話が、真実を物語っていたから。でも、事前に準備していた証拠はすべて公開した。大蔵家での生活費の記録、離婚時に持って行ったのは嫁入り道具だけだったこと、そして私が大蔵家のために捧げたこと。毎日つけていた日記と、使用人たちの証言が役に立ったのだ。さらに面白い情報が入ってきた。雫が配信を終わらせようとした時、帰ってきた栄一が何も言わずに彼女をビンタしたという。これが何よりの証拠になった。おそらく栄一は、雫がやっていたことを知らなかっただろう。こんな行為を許すはずもない。今のところ、裕之は彼にとって最良の後継者なんだから。でも、彼は本当に子育てがわかっていなかった。少しでも裕之に関心を持っていれば、こんなことにはならなかったはず。私が勝てたのは、彼らが自分で墓穴を掘ったからだ。エリートの郷を出ようとした時、裕之が突然駆け寄って、私にしがみついてきた。「ママ、僕悪かった。後悔してる。雫は最低な人間だ。悪い人だった。彼女やパパのために、ママを傷つけるべきじゃなかった。ここにいた三年間、毎日ママのこと考えてた。本当に会いたかった。会いたくて、失いたくなくて、こんなことしちゃった」裕之は地面にひざまずき、血が出るほど頭を地面に打ち付けて、私に連れて行ってくれと懇願した。私は冷静に彼を見下ろし、動かずに本心を突いた。「私に会いたかったじゃない。この世で一番裕之を大切にしてたのが私だと気づいただけでしょう。もし立花さんがまともな人間で、裕之を大切にしていたら、私のことなんて思い出さなかったわ」裕之は頭を打ち付けるのをやめた。何も言わず、ただ涙が地面に落ちる音だけが聞こえた。「もう私のとこに来ないで」私は静かに言った。「栄一があまりにもひどいことをしたから、これからは彼と決着がつくまで戦うわ。自分の力で生きていきなさい」三ヶ月後。予想通り、大蔵家のビジネス帝国は崩壊した。私がしたのは、大蔵グループが私を誹謗するためにやった工作の証拠を公開しただけ。少しずつ崩そうと思ってたのに、思ったより早く崩れたわ。あの日以来、栄一は雫との離婚をと騒ぎ立てているそうだ。雫は承知せず、追い
雫の顔が一瞬で真っ青になり、唇が震えてまるで言葉を失ったようだった。まだ取り繕おうとしている。「ここはどこよ?何しに行ったの?頭おかしくなったの?管理人さん、早くこの人を追い出して!」私は慌てずに付け加えた。「追い出しても、また新しく配信を始めるだけです。みなさん、私がどうやって裕之を虐待したか知りたいでしょう?今日はしっかりお見せします」配信のコメント欄が沸き立った。相変わらず私を罵る人もいるが、多くは私の行動に興味津々だった。カメラを進めると、最初に映し出されたのは表情のない子どもたち。外部の人間を見ると、恐怖で震え出す子もいた。大勢の警察官が、「先生」や「園長」と呼ばれる人々を拘束していた。私は歩きながら説明し続けた。「エリートの郷は、『問題児更生施設』と名乗っていますが、毎年千人もの子どもを受け入れています。実際はちょっと反抗期にあるだけの子もいれば、家族に捨てられた子もいます。ここでは軍隊のような生活を強制され、服従訓練を受けさせられています。自由はなく、頻繁に暴力を振るわれ、中には命を落とした子もいます。今、警察が本格的に調査を開始しました。間もなく真相が明らかになるでしょう。そして、私のせいで心に傷を負ったと思われた裕之は、私と元夫が離婚した三年間、ほとんどここで過ごしていたんです」カメラを切り替え、冷や汗をかく雫を見つめ、一語一語はっきりと言った。「ではお聞きしますが、このような場所に裕之を送り込んだのは、立花さんですか?それとも大蔵さんですか?」この言葉で、コメント欄が一瞬止まった。次の瞬間、視聴者たちの怒涛のコメントが流れ始めた。まだ私を疑う声も多かった。雫はまだ強がっていた。「裕之は私の実の子じゃないんです。彼の教育方針に口出しする権利はありません」「認めないの?」私は涼しい笑みを浮かべた。「でも大丈夫。園長がここにいます。警察の取り調べで、誰が裕之をここに入れたか、すぐにわかりますよ」そう言うと、部屋の隅に痩せ細った影を見つけた。裕之だった。複雑な表情で私を見つめ、まだ恨めしそうな目をしていた。私が配信していることには気づいていないようだった。私は少し考えてから近づいた。「警察の調査で全部わかったわ。もうここ
菊哉が思わず口を挟んだ。「これで大丈夫ですか?」私は疲れたように眉間を押さえながら聞き返した。「あの子が可哀想だと思う?」菊哉は首を振った。「桐葉さんのことが心配です。きっと誰かが撮影していて、ネットにアップされたら、また大騒ぎになりますよ。桐葉さんは何も悪くないのに、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんですか」私はゆっくりと首を横に振った。「ううん、私には過ちがあったわ。彼らにとっては、私が間違っていたのよ」栄一の妻として、何も考えずに従っていなかったのがいけなかった。自分の道を歩こうと家を出たことがいけなかった。彼らの期待通りの「理想の妻」にならなかったことが、すべて間違いだった。窓を開けると、蒸し暑い風が顔に打ちつけた。じめっとした湿気。夕立が来そうな気配だった。深く息を吸い込み、私は言った。「これからは何もしないで。成り行きに任せよう。世論が暴れれば暴れるほど、かえって好都合だ」しかし事態は予想をはるかに超えた。わずか半月で、順風の売り上げは大きく落ち込んだ。それでもネット上の炎上は終わらず、罵詈雑言が大半を占めていた。実のところ、最初は皆の反感はそこまで強くなかった。編集された動画が流れるまでは。まず映るのは、車にひかれそうになる裕之。次に、私が彼の襟首をつかんで路肩に引きずっていくシーン。最後に、車を必死に追いかける裕之の姿。肝心な会話の内容は全てカットされていた。裕之は多くの同情を集めた。「あの子可哀想……最後まで『ママ』って呼んでるのに」「雫ちゃんと一緒で良かったね。きっと優しくしてくれる」……雫はこの機に乗じて、連日配信を開始した。義母の麗子も共演し、二人で私をこき下ろした。「子どもを利用した」「雫に暴力を振るった」「嫁いでから家中がめちゃくちゃに」そして雫は頃合いを見計らい、私の現在の住所を暴露した。この住所を手に入れられたのは、栄一の協力があったからだ。私を屈服させるためなら、手段を選ばない男なのだ。だが、雫の得意顔は束の間だった。次の瞬間、配信画面に通話リクエストが表示された。承諾ボタンを押すと、私の声が流れてきた。「こんばんは、立花さん」雫は三十秒ほど呆然としたが、す
エンジンをかけて発進しようとした瞬間、菊哉が急ブレーキを踏んだ。「危ない!」車の前を横切る人影に、私たちは同時に気づいた。菊哉の素早い反応がなければ、確実にひいていただろう。「どこのお子さんだ!急に飛び出してきたら、あぶないじゃないか……もしブレーキが間に合わなかったら……」菊哉はまだ動揺が収まらない様子だった。私は無言でシートベルトを外し、車から降りた。暗がりの中、その姿形からすぐにわかった。裕之だった。「裕之!」私は怒りに震えながら彼の襟首をつかみ、道端に引きずっていった。「何を考えてるの!?」裕之が顔を上げた。以前よりさらに痩せ細り、かつての上品さや誇りはすっかり消えていた。彼は不気味な笑みを浮かべ、挑発的な口調で言った。「わからない?轢かれるのを待ってたんだよ。そうすれば、ネットで『虐待されてる、口止めに殺されそうになった』って話題になる。今僕の口を塞ぐためなら、死ねばいいって思ってるんでしょ?」胸が熱くなるのを感じた。確かに、裕之への期待は捨てた。だが、長年かわいがってきた子とここまで対立するのは……憎むことすらできなかった。声を震わせながら聞いた。「どうして……私を憎むなら、もう会わなければよかったのに。親子の縁も、最後まできれいにはできなかったの?」「親子の縁!?」裕之は突然狂ったように叫び、私の手を振り払って強く押した。目は狂気と憎悪に輝いていた。「お前は僕を愛してなんかいなかった。パパの気を引くためだけに優しくしてたんだ。じゃなきゃ、離婚したらすぐに僕を捨てるわけないだろ。実母なのに……僕の気持ちなんてどうでもいいんだ!立花は確かにひどいよ。虐待もしてるけど。でも……でもパパに『裕之の様子がおかしい』って言って、病院に連れて行かせたくらいはしてくれた。お前は?気づいてたくせに、一言も聞かなかった。昔の愛情は全部演技だったんだ……」だんだん声が震え、最後は泣き声に変わった。「ブレーキ踏んで、降りてきてくれたじゃん。まだ……僕のこと愛してるんだよね?」まるで絶望した野獣のように、激しく泣きじゃくった。私は裕之の体を支え、小さな頬に触れた。優しく涙を拭ってやった。裕之は動きを止め、信じられないよう