「ごちそうさまでした」 夕食を食べ終えて食器を片付けようと立ち上がった時、爽太さんが「俺がやるから」と食器を持っていってくれた。「すみません。ありがとうございます」「作ってもらったんだから当然だ。 食器くらい俺が洗うよ」 微笑みを浮かべた爽太さんは、私の頭を優しく撫でてくれる。 爽太さんのその優しさに触れる度に、私は離れたくない気持ちがより強くなっていく。「紅音は先に風呂に入ってきたら?」「え、いいんですか?」 「ああ、ゆっくり入ってこいよ」 私は、遠慮なくお風呂に入ることにした。 寝室からパジャマと下着を取り出し、バスルームの扉を閉めて服を脱いだ。「……赤ちゃんが、本当にここに……」 服を脱いだ状態の自分の体を見て、不思議に思う。まだ全然お腹も大きくなってないから、赤ちゃんがいるという実感すらない。 本当にここに、私たちの赤ちゃんが……。正直に言うと、まだ信じられない。 爽太さんには妊娠のこと、いつまで隠し通せるだろうか……。出来るだけ長く秘密にしたいけど……。 そんなことを思いながら、お風呂に入った。お風呂から上がると、爽太さんはリビングにいなかった。「爽太さん……?」 部屋にでもいるのかな……? ふとキッチンに視線を向けると、すでに食器洗いを済ませていたようで、食器がキッチンマットの上に置いてあった。「爽太さん、お風呂出ましたよ」 爽太さんの部屋のドアを軽くノックしてそう言うと、爽太さんは部屋越しで「分かった」とだけ答えた。「爽太さん、食器洗い、ありがとうございました」「気にするなって言っただろ?」 爽太さんの言葉は、とても優しい口調だった。 「……私髪の毛、乾かしてきますね」「ああ」 私は自分の部屋に戻ると、髪の毛を乾かしスキンケアを念入りに行った。 毎日スキンケアをしているおかげで、肌の透明感は上がり、ニキビのない健やかな肌になっているのは嬉しいことだ。 爽太さんもいつも私の肌を【すべすべだな】とか【キレイだな】とか言ってくれる。それはすごい嬉しいことだ。 私はふと何かを思い出したように、机の引き出しから母子手帳を取り出し、それを眺めた。 母親の欄には、私の名前が書いてある。「……赤ちゃん」 私は赤ちゃんを産んでもいいのだろうか……。もし私が赤ちゃんを産みたいと言ったら、爽太さんは
「ただいま帰りました」「おかえり、紅音」 あっと言う間に時は過ぎ、離婚まで残り七ヶ月となった。 時間の流れは残酷だ。一日一日が本当に早くて、ため息が出そうになる。 「今日は、ちょっと肌寒くなってきたのでお鍋にしますね」「お、いいな」 季節は秋になり、秋の匂いがする。木々の葉は落ち、イチョウが咲く頃。もう少しもすれば、紅葉が見られるだろうな……。 そっか……。もうそんな季節になってきたんだ。「……紅音?どうした?」「え?……あ、いえ、何でもないです」 そっか、残り七ヶ月しかないんだな……。爽太さんと夫婦でいられるのは。 最近では、暇さえあればそんなことばかりを考えるようになっていた。「何か手伝うよ」「あ、じゃあ……土鍋、出してもらってもいいですか?」「お安い御用だ」 優しい笑顔を向けて土鍋を棚から出してくれる爽太さん。その背中に、思わず見惚れてしまう。「ほら、取れた」「すみません。ありがとうございます」 お礼をして土鍋の蓋をガスコンロにセットした。「今日はなんの鍋だ?」「今日は豆乳鍋にしようかと」「いいな、豆乳鍋。美味いよな」 その爽太さんの言葉に、私は「はい。豆乳鍋大好きです」と答える。 そんな何気ない会話をしながら毎日を過ごすことは決して寂しいものではないけど、時々寂しい気持ちになるのは確かだった。 私はもう少しで、爽太さんの妻ではいられなくなると分かっているから……。「後は煮込むだけか」「はい。しっかりと味が染み込むように、煮込みます」 お鍋が出来るのを待っている間、私はお風呂のボタンを押してお風呂のお湯を沸かした。 ふと爽太さんに視線を向けると、ソファに座って本を読んでいた。 その横顔を見つめながら私は、爽太さんと一緒にいられる時間が残り少ないことに不安を感じていた。 私にはまだ、爽太さんに言えていないことがあった。 だけどそれを言ってしまったら、私は爽太さんと一緒にいられる時間がもっと減ってしまうかもしれない。そう思って、言い出すことも出来ない。 私って本当に、臆病だな……。ちゃんと言わなくちゃいけないとわかっているけど、怖いんだ。 怖くて怖くて、仕方ない。 そっと自分のお腹に手を当てながら、唇をそっと噛みしめる。 この前体調不良で病院に行った時に発覚した。……私が、爽太さんの子を
それから数週間が経った頃、紅音がリビングで本を読んでいると、紅音が俺に近寄ってきた。「あの、爽太さん……」「ん?なんだ?」 紅音にふと視線を向けると、紅音は俺に何か言いたげな表情をしていた。 「……あの、ちょっといいですか?」「ん?」 俺は読んでいた本を閉じると、紅音に視線を向けた。「あの、大したことではないのですが……。来週の土曜日、出勤してもいいですか?」「土曜日? ああ、いいけど」 紅音の話によると、薬局で働くパートさんの子供がインフルエンザにかかり出勤出来なくなったそうで、代わりに出勤をお願い出来ないかと頼まれたとのことだった。「すみません、せっかくデートに誘ってくれたのに」「気にするな。行ってこい」「ありがとうございます」 紅音は申し訳なさそうな顔をしている。「そんな顔するな、紅音。 デートなんていつでも出来るだろ?」「はい」 紅音は俺を見て微笑んでいた。「ありがとうございます。……あの、夕飯にしましょうか」 俺は紅音の作ってくれたカレーを食べ始める。「美味い」「良かった」 なんて微笑む紅音は、本当に嬉しそうだった。「やっぱり紅音の作るカレーは絶品だな」 俺がそう言うと紅音は「嬉しいです。そう言ってもらえて」と言っていた。 紅音、出来ることなら俺だってお前とずっと一緒にいたい。離れたくなんてない。 そう思うほどまでに、俺は君をこんなにも愛しているのに……。離れたくないなんて、今更言える訳はない。 紅音のことを利用したのは俺だ。 契約結婚という形で妻に迎えたものの、ずっと一緒に過ごすうちに俺は紅音を妻として、女として愛してしまった。 愛していると何度言ってみても、俺たちにはもう時間がない。離れることは、結婚した時からすでに決まっているのだから……。 これ以上紅音に悲しい思いをさせたくはない。俺がずっと一緒にいたいと言ったら、紅音は容赦なく俺のそばに居続けるだろうしな……。 そういう運命だと思って、受け入れるしかないのだろうか……。 その翌日、俺は友人である加古川を家に呼び出した。「おう。悪いな急に呼び出して」「珍しいじゃん、お前から呼び出すなんて」 今日は紅音は用事があると言って出かけているため、俺は紅音のいない時間を見計らい加古川を呼び出した。「ちょっと、話があってさ」「話?」
その翌日には私も熱も下がり、いつも通りに朝早く起きて、朝ごはんを作っていた。 それに今日はとても目覚めが良かった。朝ごはんに食べる用の卵焼きを焼きながら、朝の天気予報をチェックする。【今日は天気も回復し、一日晴れるでしょう。洗濯物日和になりそうです】「ようやく天気が回復するのか……。よし、じゃあ洗濯物干さなくちゃ」 卵焼きを焼き終えてまな板にの乗せ、包丁で四つに切って小皿に乗せる。 昨日の夜から漬けておいたきゅうりの漬物も隣に乗せる。「やばっ!急がないと……!」 急いで鍋に水を入れて、そのまま火にかけてわかめを入れて戻していく。 その間に爽太さんのお弁当の用意をしていく。ご飯を詰めて、卵焼きやソーセージ、唐揚げ、ほうれん草の和え物などを詰めていく。「ふりかけ、一応入れておこうかな」 小さいふりかけもお弁当のフタに乗せてお箸を入れる。保冷剤も乗せて、ランチバッグに入れていく。「あ、お味噌……」 冷蔵庫から味噌を取り出し、お出汁も少しだけ入れて、そのまま鍋の中にお玉を入れて溶きほぐしていく。 味噌が溶けたのを確認し、火を止めた。 お味噌汁の味見している時、爽太さんが眠そうな顔をしながら寝室から出てきた。「爽太さん、おはようございます」「おはよう、紅音。 もう体調は大丈夫なのか?」 とコップを取り出しウォーターサーバーのレバーを押していた爽太さんは、私にそう問いかけてきた。「はい。おかげ様で、もう大丈夫です」「そうか。なら良かった」 爽太さんは微笑むと、私を後ろからギュッと抱きしめていた。「そ、爽太さん?」「紅音が元気じゃないと、俺も頑張れないから」 そう言って爽太さんは私の頬にそっとキスをした。「……ありがとう、爽太さん」「俺、顔洗ってくる」「はい」 爽太さんが洗面所で顔を洗っている間に、わたしは朝ごはんをテーブルに並べた。「お箸出そうか?」「じゃあ、お願いします」 爽太さんは二人分のお箸を持ってきて、並べてくれた。「食べようか」「はい。 では、いただきます」「いただきます」 二人で手を合わせ、朝ごはんを食べ始める。「うん。美味い」「良かったです」「……それにしても、大変だったな」 と、爽太さんは私に問いかけるように言ってきた。「え?」「熱出してたから、辛かっただろ? 体も痛いだろうし
それから二週間が過ぎようとしていた、ある日のことだった。「小田原さん、大丈夫? なんか、顔色悪くないですか?」「え? あ、そうですか……?」 なんだかここ何日か、確かに体調が悪い日が続いている。 普段あまり風邪などを引かない私だが、時々頭痛もあるのだ。 こんなことあまりないのに、どうしたんだろう……。「小田原さん、もし体調悪かったら無理しないで大丈夫だからね」「ありがとうございます」 確かに昨日は、少し微熱も出ていたけど……。体調が悪い時は仕方ないかと思って、あまり気にしていなかった。「小田原さん、今日はもう帰りな」「……え?」「無理して働いて悪化したら、大変だから」 佳奈美さんが優しくそう言ってくれた。そして「もし本当に辛くなったら、ちゃんと病院に行きなね?」と言ってくれた。「はい。 分かりました」「明日はシフト入ってないし、ゆっくり休んで」「ありがとうございます。……すみません」 私は佳奈美さんに「じゃあ……今日は早退させて頂きます」と言って勤怠を押して帰宅した。「はあ……」 帰宅するとなんだか、頭がボーッとする気がしたそれになんだか、風邪っぽい症状もある気がする。「ご飯、作らなくちゃ……」 立ち上がると、クラッとしてまた座り込んでしまった。「あれ、私……どうしたん、だろっ……」 段々と意識が遠のいていていく……。 「あれっ……」 そして私はそこで、意識を失った。* * *「…………。あれっ、私……?」 目が覚めると、私はベッドの上にいた。「紅音、目が覚めたか?」 目の前にいるのは、正真正銘爽太さんだった。 「爽太さん……? なんで、私……」「紅音、すごい熱だったんだぞ?」「熱……?」 私、熱が……?「びっくりしたよ。帰ってきたらリビングで紅音が倒れててさ……。抱き上げたら体がすごく熱くて、焦ったよ、マジで」 爽太さんは心配そうな目で私を見ていた。「すみません……。ご心配をおかけして……」「気にするな。ゆっくり休んでいろ」 爽太さんは私の頭を優しく撫でてくれる。「……ありがとう、ございます」 お礼を言うと、爽太さんは枕元にあった体温計を取り出し「よし、体温測ってみるか」と言った。「ほら、おでこ出して」「は、はい……」 おでこに体温計を当てると、すぐにピッという音が鳴っ
「どれにしようかな……」 掃除機を買うと言っても、種類がたくさんありすぎて迷ってしまう……。今の掃除機は性能がいいものばかりだし、吸引力もずば抜けていいから、迷いどころだな……。「これもいいけど……」 と思いながら値段を見る。約七万……。 爽太さんは値段は気にしなくてもいいと言うけれど、やはり気になるよ……。 有名なメーカーのヤツは、やっぱりそのくらいするよね……。「んー……迷う」 これはこれで軽くて使いやすそう。しかも持ち上げやすいから、階段とかの掃除もしやすそう。 私的には、これはすごくいい気がするんだけど。でもやっぱり、そのくらいするよね……。「軽さとか使いやすさ的には、これだな……」 軽くて持ちやすいっていうのも魅力だし、しかも女性人気、No.1か……。 うん、これにしよう。値段はまあそこそこするけど、これに決めた。 店員さんを呼び【これにします】と伝え、レジへで会計した。「では2000円のお釣りと……こちら領収書になります。保証が五年付いておりますので、何か不具合等ごさいましたら、こちらの保証書をお持ちください」 「はい。ありがとうございます」 配達サービスも同時にお願いして、会計を済ませた私は、爽太さんに電話をした。「もしもし、紅音です」「どうした?」 電話越しの爽太さんの声はとても落ち着いていて、少しだけキュンとした。「あの、掃除機、買いました」「そうか」「ちょっとあの、値段が高かったんですけど……」 と言うと、爽太さんは落ち着いた声で「家電製品が高いのは、仕方ないさ。気にするなって言っただろ?」と言ってくれた。「……ありがとうございます。運べなかったので、配達サービス、お願いしました」「分かった。わざわざ連絡くれてありがとう」「いえ! お仕事中、すみませんでした」 私がそう言うと、爽太さんは「ちょうど休憩中だから、大丈夫だ」と言ってくれた。「じゃあお仕事、頑張ってください」「ああ」 私は電話を切ると、そのまま家電製品売場から出て駅までの道のりを歩いた。「でも、良かった」 いい掃除機が買えたのも、爽太さんのおかげだ。 爽太さんに感謝、しなくちゃね。 次の日の朝、新しい掃除機が届いた。「ご苦労様でした」「では、失礼します」 「ありがとうございました」 今日は私たちは二人と
【爽太目線】「……子供?」 紅音は、子供がほしいと思っていたのか……? なんてことだ。俺は全然その気持ちに、気付いてやれなかった。 紅音の夫として、いい夫になろうとした。 せめてこのニ年の夫婦生活が、紅音にとって宝物になったらいいなと思っていた。 子供なんかいなくても、俺たちなら二人で十分やっていけると、そう思っていた……。 夫婦として共に生きることは、いいことだ。 お互いを理解し合いたいと思うし、助け合うことは必要なことだと思っていた。 俺は紅音と離婚したら、イギリスへ家族と共に旅立つ。 その日まで、紅音と夫婦として生きていくことを決めた。 それなのに今、紅音にはまた夫婦以上に違う感情が浮き出てきていたことを、俺は全然知らなかった。 まさか紅音が、家族になりたいと思っていたなんて。 俺との子供が、ほしいと思っていたなんて……。 そんなこと、想像もしていなかった。「爽太さん?」「……え?」「どうかしましたか?」「あ、いや。なんでもないよ」 あれから一週間が経とうとしているか、紅音はその気持ちを俺に伝えることもなく何事もなかったかのように、普通に接してくる。 きっと俺がその気持ちを知ってしまったことさえ、知らないだろう。 いや、知らないままの方がいい。……そう思っている自分がどこかにいるのは、確かだ。「朝ごはん、出来たので食べましょう?」「ああ。すぐ行く」 そう返事をして、シャツに袖を通す。このシャツも紅音がアイロンをかけてくれているおかげでシワ一つない。 洗濯する時も俺のシャツやスラックスを分けて洗ってくれている。 シワになりにくいコースで洗ってくれているようで、いつもキレイな形のワイシャツになっている。 左手の手首に腕時計をつけて、ネクタイを締める。 紅音は結婚した当初、俺のスーツ姿を見てカッコイイと言ってくれた。 【爽太さんは世界一、スーツの似合う人ですね】と言って笑っていた。 そんな日々ももう残り九ヶ月で終わろうとしている。 あの時のことがなんだか、懐かしく感じる。 紅音という妻に、俺は感謝しかない。こうして毎日俺のために料理を作ってくれて、アイロンをかけてくれて……。すぐに風呂に入れるように沸かしておいてくれる。「……よし」 身支度を済ませ、リビングへと向かった。「お待たせ、紅音」「い
「……すみません、変なこと聞いて」 私がそう話すと、沙和さんは明るい声で「いいのいいの。気にしないでね?」と微笑んでくれた。「……はい」 沙和さんはそうやって励ましてくれるように笑っていたけど、私には無理して笑っているようにも見えた。 沙和さん、本当は辛いんだろうな……。「湊くんにメール出さなくちゃ。優勝おめでとうって」 そう言って沙和さんは、リビングから出ていってしまった。「……爽太さん、すみません。私、変なこと……」 と口を開くと、爽太さんは「紅音のせいじゃない。気にするな」と言ってくれた。 「でも……」「沙和は湊のこと、ずっと憧れていた。 いつか一緒に演奏してみたい、それだけを思っていた」「……え?」 爽太さんは私に「沙和はまだ、夢を追い続けてるんだよ。……いつか湊と一緒に、演奏出来るように」と言ってくれた。 そう言われてた私は、沙和さんのことを心の底から応援したいと思った。 「湊は今、ウィーンで頑張ってる。その姿を見て刺激を受けたんだろう。……夢を叶えるために、沙和はもう一度立ち上がったんだよ」 爽太さんからそう言われた私は「沙和さん、頑張ってほしいですね」と微笑んだ。 私たちが離婚するあと九ヶ月後、小田原家はイギリス行ってしまうけど、沙和さんの夢が叶ったらいいなって思う。「私、沙和さんの夢、応援します」「え?」「沙和さんの夢、応援したいです。……沙和さんの憧れの湊さんといつか、バイオリニストとして一緒に演奏が出来ることを心から、願います」 私がそう話すと、お母様は笑顔で「ありがとう、紅音さん」と答えてくれた。「沙和さんには、絶対に夢を叶えてほしいです。 私は、これと言って夢もないので……。夢のある人がその夢を諦めるのは、もったいないですからね」「……そうね。紅音さんの言う通りね」「そうだな。……沙和のこと、精一杯応援してやらないとな」「はい」 爽太さんと離婚したとしても、私はずっと沙和さんの夢を応援する。 沙和さんの夢がいつか叶ったら、私はきっと嬉しくて泣いてしまうかもしれない。 食事を終えて一旦、爽太さんは仕事を電話をすると言ってリビングから出ていった。「紅音さん、あなたは本当にいい人ね」「……え?」「あなたに出会ってから、爽太はよく笑うようになったと思うわ。……あなたに出会えたから、かしらね
「いらっしゃい、紅音さん」「こんにちは、お母様」「紅音さん! もう体、大丈夫なの?」 それから一ヶ月が過ぎようとしていた。今日は爽太さんの家族と月に一度の食事をする日だ。 私が事故に遭ってから、みんな私を心配してくれるようになった。爽太さんはあれから過保護になってしまい、私が仕事に行く度にちゃんと帰ってこれるのか、心配するようになっていた。「大丈夫ですよ。傷口ももう、塞がりましたから」 あれから私は、定期的に錦総合医療センターへと出向いていた。 傷口の状態などを確認しているけど、以前よりも傷口はだいぶ塞がってきていて、ちょっとだけ安心した。「良かった……。あの時は本当に、どうなるかと思って心配したのよ?」「ご迷惑おかけしてしまい、申し訳ありません」「謝らないで? こうして無事に生きてさえくれれば、私たちはそれだけでいいんだから」 お母様のその言葉に私は、嬉しくなってつい微笑みを浮かべてしまう。「ありがとうございます、お母様」「さ、紅音さんのために今日はとびっきり美味しいステーキを用意したの。 食べましょ?」 そうお母様から言われた私は「はい。ありがとうございます」と答えた。「ところで爽哉は?」「爽哉なら、映画の撮影があるからって昨日から撮影に行ってるわよ」「そうなのか。この前ドラマ終わったばかりなのに、また撮影なのか」 と、爽太さんは言った。「そうなの。 オファーが絶えないのはいいことだけど、ちょっと頑張りすぎよね」 なんて爽太さんのお母様は言っていた。「本当だな。恋愛する暇もないってか」 なんて爽太さんは冗談交じりに言っていたけど、なんだかんだ爽哉さんのことを心配しているようだった。 やっぱり兄妹だな……。こういうふうな兄妹がいたら、私も楽しかっただろうな……。「あの子、恋愛にはもっぱら興味ないみたいよ。共演者の女優さんからもお誘いとかあるらしいんだけど、めんどくさいからって全部断ってるみたいのよ」「え、そうなんですか……?」 爽哉さんは人付き合いが苦手なのかな?だって共演した女優さんはみんなキレイな人たちばかりなのに……。 そんな方々の誘いを断るなんて……。なんていうか、ちょっと信じられない。「あの子ちょっとミステリアスな所があるでしょ? だけどモテるから不思議なのよねぇ」「私てっきり、女優の高山弥生(