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第415話

Author: 春うらら
「何だと?!」

康弘は顔面蒼白になり、目に恐怖と驚きを浮かべて怒鳴った。「彼女を解放しろと言っただろう!聞こえないのか?!」

電話の向こうは答えず、一方的に切られた。康弘がかけ直すと、着信拒否されていることが分かった。

「ほむら、俺は……」

ほむらは冷ややかに笑った。「お前にあの拉致犯を結衣から遠ざける力がないなら、彼女の道連れになれ」

その目に宿る殺気に、康弘は震え上がり、思わず足が震えた。椅子に座っていなければ、今頃は床に崩れ落ちていただろう。

ほむらの眼差しが氷のように冷酷になり、手に力を込めようとした、その時。入口から節子の厳しい声が響いた。「ほむら!何をしようというのだ?!」

ほむらの動きが一瞬止まる。その隙に、節子が連れてきた警護係たちが素早く駆け寄り、ほむらと拓海を取り囲んだ。

ほむらは節子を振り返る。その眼差しには何の感情もない。「僕が何をしたいか、見れば分かるはずだ」

その赤く充血した瞳を見て、節子は息を呑んだ。「康弘はあなたの兄だぞ。たかが女一人のために兄を殺し、殺人者になるつもりか?!」

節子は彼を睨みつけ、その目には怒りが渦巻いていた。

ほむらは冷笑を浮かべた。「五年前、母さんは僕の親友を死なせた。母親だから、僕は何もできず、京市を去るしかなかった。五年後、今度は兄が僕の愛する人を拉致させ、その犯人が結衣を殺そうとしている。こいつを殺してはいけない理由があるか?命には命を、それが公正というものだろう」

結衣が拉致され、犯人が彼女を解放せずに殺そうとしていると思うだけで、ほむらの心には怒りと憎しみが荒波のように押し寄せ、彼自身を飲み込もうとしていた。もし結衣が本当に命を落とすなら、たとえ相討ちになろうとも、彼は康弘を許すつもりはなかった。

節子の顔は青ざめていたが、今はほむらを刺激するようなことは口にできなかった。

「もう人を遣わして、あの拉致犯の居場所を調べさせている。結衣を助けるために人も向かわせた。まだ詳しい状況は分からぬが、まずは清澄市からの報告を待ちなさい。

もしかしたら、結衣が助かったのに、あなたが殺人者になってしまったら、二人はもう一緒には暮らせなくなるのだぞ」

康弘が犯した愚行に、節子は心底から怒りを覚えていた。しかし、どれほど腹立たしくても、まずはほむらを落ち着かせ、その後で康弘を裁かねばならな
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