奥さんのもの言いたげな眼差しは気になったが、それからは雑談になって、楽しく飲み食いを続けた。
強烈なニオイの発酵食品にちょびっとチャレンジしてみたら、案外いけたり。
生肉の脂味も端っこをかじる程度であれば意外と食べられたりと、発見の多い食卓だった。
「そうだ」
料理を堪能した後、俺は思いついて言った。
「これだけのもてなしを受けて、何もお礼ができないのは心苦しいです。ただ、この土地で誰かに出会うとは思っていなかったもので、手土産は何も用意していませんでした。代わりと言ってはなんですが、これを」
荷物から短剣を取り出してイーヴァルに渡す。
俺が自ら鍛冶スキルで作った短剣だ。 鋼鉄の地金にルビーの魔力を付与したもので、軽くて扱いやすいのに切れ味抜群。 旅先で魔物を解体したり料理するのに使っていた。「ほう……。これはなかなかのものだ」
イーヴァルが短剣を鞘から抜き、感心している。
目を凝らして刃を見つめ、くるりと回転させる。ランプの明かりを反射してルビーがキラッと光った。
「俺が作りました。友好の証に、ぜひ」
「ありがたく受け取ろう」
そんなやり取りをしているうちに夜になる。
俺たちは雪の民のテントに泊めてもらうことになった。 寝床に横たわり、テントの天井を見ながら俺は考える。 雪の民の現状はだいたい分かった。 パルティア王国と交流は百年も前に断絶している。 正直、パルティア側は北の土地のことをほぼ忘れているんじゃないか。 雪の民は少数民族で、領土的な野心もない。放置して問題ないと思っているのだろう。パルティアで出回っている地図に、雪の民の領域は掲載されていなかった。
そもそもそういう人々がいることすら知られていない。
もしこの土地で開拓村を始められたら……。
北の土地でも最北端の険しい山の上。その頂上に氷の塔は建っている。 氷河の塔は透き通る氷でできていた。 薄青い氷が何層にも重なって、神秘的な美しささえ感じる。 入口の扉は複雑な紋様が彫刻されてる。一体誰が、こんな場所にここまでの建物を作ったのだろうか。 雪の民たちには近くでキャンプをしてもらって、俺とクマ吾郎は塔に入った。 氷の塔は美しい外観に対して、内部は極悪仕様のダンジョンだった。 外から見えた以上に魔物の数が多く、しかも手強い。極低温の環境に加えて、氷属性の魔物が闊歩している。 何も対策を取っていなければあっという間に凍死しただろう。「バドじいさんの護符はさすがだな」 俺はふところに持った炎の護符を触った。 これまでの登山でも世話になった温熱を発する護符で、半永久的に効果がある。 人肌程度の温度がずっと続くから、持っているとぽかぽかと暖かい。「ガウ~」 クマ吾郎も同じものを腹に取り付けてある。彼女は天然の毛皮があるけれど、それでも足りないくらいの寒さなのだ。 温熱だけでなく、氷や冷気の攻撃を防ぐ護符やアクセサリーもたくさん用意してきた。 氷河の塔は超高難易度ダンジョンではあるが、名前や見た目からして対策が取りやすい。まず間違いなく寒さと氷の魔物が相手になると思って、事前にしっかりと準備をしてきた。 これがあのパルティアの謎の洞窟みたいのだと、どんな敵が出るか分かったものじゃないからな。「グルルッ!」 クマ吾郎が爪を一閃させて、アイスドラゴンの首をはねた。 血しぶきは上がるはしから凍りついて、空中で奇妙な形で固まっている。 アゴ下の逆鱗がちょうどいい感じに無傷だったため回収しておいた。逆鱗は竜鱗の中でもレア部位なのだ。 世界最強の熊ことクマ吾郎の快進撃で、俺たちは全く無傷である。 最初は殺気をあらわに襲いかかってきた氷の魔物たちも、今では恐れおののく有り様だ。氷の壁の陰から顔をのぞかせて、目が合うと逃げていってしまう。
収穫祭が終わって、秋も後半になった。 冬、雪が降る前に片付けておきたい用事がいくつかある。 まずは畑の再整備と水路の構築だ。 今年も一応、区分を作って作物を植えたのだが、実際にやってみると過不足がある。 増やしたい作物や、逆に当面は十分なものなどがあったので見直して、畑を整備したい。 畑そのものの拡張も考えている。 今年は手作業で水やりをしたが、今後は追いつかなくなるだろう。 なので近くの川から水を引いて灌漑《かんがい》用の水路を作りたい。 農作業が終わって雪が積もる前の今がチャンスだ。収穫作業が終わって村人の手は空いているし、雪が積もってしまえば土木作業は難しい。 さっさと目鼻を付けてしまおう。 パルティアで土木技師を雇って村まで来てもらった。「こりゃあ見事な畑です。まさか北の土地でこんなに整った畑を見られるとは」 技師は村を見て驚いていた。 俺は言う。「まだまだ始まったばかりだよ。これからもっと発展させて、暮らしやすい村にしたいんだ」 技師に工事の計画を作ってもらって、人足の村人を集めた。 村人たちは栄養がいきわたり、農作業で鍛えた体をしている。 技師はまた驚いていた。「奴隷を集めて作った村だと聞いていたので、みんな痩せた死にかけばかりだと思っていたのですが。開拓村の農民で、皆がこんなにいい体をしているなんて、パルティアでも珍しいですよ」「しっかり食って、働いてもらってるからな。この前も収穫祭が大賑わいだった」 収穫祭の話を聞かせれば、技師はため息をついた。「どうせならもう少し早く呼んでくれればよかったのに。そうしたら、私も収穫祭に参加できたのに」 恨みがましい目で見られて苦笑するしかなかったよ。 短期間の突貫工事をしているうちに冬になる。 雪が積もるまで粘って工事を続けて、何とか一応の形になった。整然と区画分けした畑と水
「変わった味だ。芋の他に何を使っている?」「マヨネーズです。卵に酢と油を加えた調味料だよ」「ほう……。お前はいつも新しいものを作るのだな」 イーヴァルはなんかしみじみしている。「北の土地でこれほどまでに豊かな実りを実現するとは。正直、上手くいくか疑っていたのだ。今となっては恥ずかしい」「いえいえ、雪の民の協力があってこそですよ」 本当にそうだと思う。 特に最初の冬は、雪の民に肉をわけてもらって狩猟を教えてもらったおかげで生き延びたようなものだ。輸送頼みでは量が限られていたし、何より村人同士や雪の民との絆が生まれたから。「これからも力を合わせていきましょう」 俺が言うと、エミルが力強くうなずいた。「はい! 僕もがんばります!」「ああ、こちらこそ頼む」 彼らは他の店に行くからと去っていった。 広場の店はどこも盛況で、みんなコインを握りしめてあちこち物色している。 自分のお金で買い物する機会など、奴隷たちにはなかなかなかっただろう。雪の民もそうだ。だからだろう、どの人も楽しそうだった。 今回は食べ物ばかりだが、そのうち名物になるようなものも作りたいな。冬の間の農閑期の手仕事として、収入を確保できれば一石二鳥だ。 そのうち何か考えてみよう。 やがて日が傾いて、夕焼け色に空が染まり始める。 みんな満腹で満足した顔をしていた。 店を片付けた後、広場に大きく薪を組んだ。 火をつけるとあかあかと燃え上がる。気分はキャンプファイヤーだ。 やっぱ、祭りの締めは焚き火をしないとな。 少し肌寒い風が吹き始めた夕暮れ、人々は明るさと温かさを求めて火の回りに集まってくる。 酒が配られると、自然、誰かが歌い始めた。 奴隷たちはほとんどがパルティア人だけど、出身地域はばらばら。そのため故郷の歌もさまざまだった。 テンポのいい上調
収穫と同時進行で行われる作業は、とにかく忙しい。 忙しいけれどやりがいがある! 春から今まで手塩にかけて育ててきた作物たちが実ってくれた。 とても愛おしくて、食べるのがちょっともったいないくらいだ。……まあ、食べるけどな。 村人たちも同じ思いなのだろう、笑顔で働いている。大変な作業を協力して進めることで、一体感が生まれている。 そして収穫が一段落した頃、俺は言った。「お祭りをしよう。今年一年の労働と実りに感謝して、収穫祭だ!」 村人から大きな歓声が上がった。 収穫祭の日がやって来た。 今日は折しも飛び切りの青空。北の大地の秋空は、どこまでも澄み切っている。 村人たちは朝からソワソワとしている。 日が高くなった頃に雪の民が到着したので、始めることにする。「みんな、集まったな? それじゃあ今から、収穫祭で使えるコインを配る」 この日のために鍛冶でちょいちょい作っていたコインを配った。 開拓村では物々交換ばかりで、まだお金が流通していない。 けれど将来を見据えれば貨幣は必要になる。村人と雪の民にお金に慣れてもらうため、遊び感覚のコインを導入したのだ。 なお、このコインの材料はくず鉄だ。金属としての価値はない。 今はあくまで遊び感覚、お金というものに慣れるための訓練である。 六角形のマークが刻まれたコインを手にして、みんな珍しそうにしている。 六角形は雪の結晶を簡略化したものだ。 雪はこの北の土地で馴染みが深いもの。 このコインを見れば北の土地を思い起こせるよう工夫した。「それでは、収穫祭を開始する! みんな、楽しんでいってくれ!」「おーっ!」 歓声が上がって、村人と雪の民たちは広場に向かった。 広場では出店がいくつも準備されている。 村で焼いたパンにベーコンや野菜を挟ん
開拓村にやって来たクマ吾郎は、さっそく仕事を始めた。 夜目を生かして夜の見張りに立ち、近づいてきた害獣どもを追い払う。 柵のあちこちに体を擦り付けて熊の匂いをつければ、弱い動物たちは恐れて近寄らなくなった。 人間がどれほど威嚇したり数匹殺したりしてもビビらなかったのに、効果抜群である。「クマ吾郎、お手柄だな」「ガウ!」 ご褒美に北の森で採れたどんぐりをあげると、おいしそうにモシャモシャ食べていた。 クマ吾郎は村に常駐してもらおうと決めた。頼れる相棒である。 バルトは村に伝書鳩の鳩舎を設置していた。「ここはパルティアから距離があるからね。素早い情報伝達は何よりも大事だ」 よく訓練された伝書鳩は、王都パルティアからここまでを一日と経たず往復するんだとか。 徒歩なら半月以上はかかるのに驚いた。「盗賊ギルドの伝達網は、伝書鳩を使っていたのか」「まあね。各地でこっそり鳩舎を置いて飼いならしているよ」 バルトに連絡を取るとやたら素早いレスポンスがあるのは、そういうわけだったんだな。「ユウの家の近くにも鳩舎を置いてある。必要な連絡は取ってあげるよ」「いつの間に。まあ、ありがとよ」「どういたしまして」 こうして動物の食害事件は解決して、ついでに高速連絡手段まで手に入れたのだった。 そうして時間は過ぎていって、ついに秋になった。 秋。豊かな実りの秋である! 畑ではじゃがいもととうもろこしの収穫から始まって、麦の刈り入れへと移っていく。 じゃがいもは丸々と太って、土から掘り出すと輝いて見えた。 とうもろこしはヒゲまで豊かで、実がしっかり詰まっている。 そして黄金色にきらめく麦穂は、病も水害も冷害もなくずっしりと良い麦粒を実らせていた。 春の遅い時期に植えたかぼちゃも収穫時だ。豆類もそろそろいい感じである。
「すぐに出発しますか……?」 エリーゼが寂しそうな目で言ったので、俺は苦笑する。そんなふうに言われたら、すぐ帰ると言えなくなってしまう。「いや、せっかく久しぶりの我が家だからな。数日はここにいるよ」 みんながぱっと笑顔になった。「でしたら、腕によりをかけて料理いたしますね」 と、レナ。「なにか食べたいものはございますか?」「うーん。じゃあ、焼き立てパンがいいな」 北の村では案外食べ物が豊富だが、小麦がまだない。だからパンは輸送されてくる、日持ちのする堅パンしか食べられない。 肉と魚は雪の民が獲ってきてくれるし、野菜は今や豊富なんだけどな。「分かりました。ふかふかのパンをご用意しますね!」 この家には製粉用の石臼《いしうす》とパン焼窯がある。 毎日パンを焼いているのだ。贅沢だろう? なお製粉は税金が取られる。こんな小規模な家庭用でもだ。まったくパルティア王国は。 みんなと一通りの話をして、レナやバドじいさんの生産品を見せてもらう。 彼らの腕はもはや見事としか言いようがない。 最高品質のものを自由自在に作ってくれる。俺の統率スキル(仲間の成長率アップ)もあるが、何より彼ら自身の努力のおかげだ。 エリーゼに店の様子を聞けば、やはり重税と役人の好き勝手は変わらないらしい。「国相手に文句を言っても仕方ありませんし。できるだけうまくやるようにしています」 ため息交じりのエリーゼに、俺はうなずいた。「うん、苦労をかけるが、そうしてくれ。この店の儲けは、税金を差し引いても大したものだ。北の村が安定するまでは、店を続けようと思っているから」「はい」 さて、家にいる間に他に片付ける仕事は何があったかな。 俺が王都まで物資の買い出しに行ったり、家で鍛冶をしていたりして過ごして