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同時に同じ夢がフラッシュバックする

Author: 吉乃椿
last update Last Updated: 2025-06-10 20:03:40

朝の通勤ラッシュが少し落ち着いた時間帯。

オフィスのエントランスに入った梨央は、胸の奥に昨日の記憶を抱えたまま、無意識に周囲を見回していた。

その瞬間――視線が重なる。

「……おはようございます、篠原さん」

真一が、少しだけ声を落とした柔らかな挨拶を向けてきた。

梨央は、小さく会釈する。

「……おはようございます、有馬さん」

それだけの言葉なのに、なぜか心が揺れた。

ふたりとも、いつもと同じ顔をしているのに、

“昨日とは何かが違う”――お互い、そう感じていた。

エレベーターの中、ふたりきり。

静かな空気が流れる。

梨央はふと横目で真一を見た。

彼は、まっすぐ前を見据えながら、何かを考えているようだった。

(やっぱり、有馬さんも……夢の続きを見たのかな)

訊きたい。けれど、言葉が出てこない。

昨夜の夢の記憶がまだ、生々しく心を締めつけていた。

「……昨日、話せて良かったです」

突然、真一が静かに口を開いた。

「え……?」

「少し、気が楽になったんです。

 誰かと“あの夢”を共有できた気がして」

「……私も、そう思いました」

梨央の言葉は、自然とこぼれた。

ふと、視線が合った。

その一瞬が、長く感じられる。

エレベーターが静かに開く音で、緊張の糸が緩んだ。

「では、また後ほど」

真一は、ほんの少しだけ微笑んで会釈し、廊下へと歩き出す。

梨央はその背中を見送りながら、胸の鼓動が速くなるのを感じていた。

胸の奥に浮かぶのは、不安ではなく、

ほんの少しの期待と、確かな“繋がり”の予感だった。

梨央はデスクに戻り、モニターに映るプレゼン資料に意識を向けようとした。

けれど、心は落ち着かないままだった。

(……また、あの夢を見るのかもしれない)

そんな予感が、今も胸の奥にしこりのように残っている。

指先がキーボードを打つリズムに合わせて、資料の内容を頭に入れていく。

ただ、それもほんの数分のことだった。

──チリ、と何かが音を立てた気がした。

ふいに視界が歪む。

モニターの光が眩しく感じた次の瞬間、まるで誰かの声が、遠くから聞こえたような錯覚。

「……君だけは……守りたかった」

どこかで聞いたその声に、梨央の身体が一瞬、硬直する。

次の瞬間――炎。赤く染まった空。石畳にひざをつく、白い衣の女。

(……これ、知ってる……)

意識の奥底に封じられていた記憶の断片が、またひとつ、鍵を
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