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梨央と真一の真実に触れる夜

Author: 吉乃椿
last update Last Updated: 2025-06-10 18:48:12

再び梨央は夢を見る

深く沈んだ眠りの中で、またあの夢が始まった。

瓦礫に埋もれた石造りの神殿。夕暮れのような赤い空。風が吹き抜けるたび、血の匂いが微かに漂った。

その中で、彼はいた。

あの懐かしい背中。梨央の記憶の中で、何度も斬られ、何度も憎んだ――あの男。

(また……この夢)

梨央は、胸の奥がきしむような感覚に身を固くした。けれど、今回は違った。

彼は、剣を抜いて――それを、自分に向けたのではなかった。

目の前で、彼が――自らの胸元に、剣を向けていた。

(え……?)

「……これで、終わる。君を……これ以上、巻き込みたくない」

静かにそう呟いた声が、風にさらわれていく。

目を見開いた梨央は、駆け寄ろうとした。けれど、足が動かない。声も出ない。

ただ、彼の震える手と、涙をたたえた瞳だけが、はっきりと見えた。

(ちがう……私を、斬ろうとしたんじゃなかった……?)

瞬間、場面が切り替わる。

血の海に倒れた彼の姿。

それを見つめて、膝から崩れ落ちていた自分。

「……どうして、私を置いていったの……?」

あのとき流した涙の意味が、今になって胸に刺さる。

裏切られたと信じていた記憶が、軋みを上げて崩れていく。

本当に、そうだったの?

その瞬間、梨央は目を覚ました。

現実の天井がぼやけ、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

胸の鼓動が速い。息が乱れている。

(違う……あのとき、彼は――私を殺そうとしたんじゃない。自分を……)

枕元で震える手を見つめながら、梨央は知らず涙を流していた。

***

真一もまた同じ夢を見ていた

――まただ。

焼けつく空。

血のにおい。

燃え上がる門。

それはもう、何度目になるのか分からないほど、繰り返し見る夢だった。

けれど今回は、違っていた。

目の前に、彼女がいた。

白い衣を纏い、涙を浮かべながら、自分を見つめていた。

その手には、古い巻物――何か“封印”に関わるものだった気がする。

そして、自分は剣を抜いていた。

だがその刃は彼女に向けられることなく、敵に向けられていた。

「君だけは……君だけは逃げてくれ」

自分の声が、震えていた。

「そんなの、できないよ……私、あなたを信じてるのに……!」

彼女の叫びが、胸を貫いた。

その声は、梨央の声にしか聞こえなかった。

“前にも、このやり取りをしたことがある”

その確信が、夢の
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