「……ごめん、好きな人ができた」その瞬間、時間が止まったようだった。 耳鳴りがして、彼の声だけが、空気を切り裂くように響いた。隣に立っていたのは、私の――親友だった。 仕事の愚痴を聞いてくれた。恋の悩みを相談していた。 何でも言い合えた、たったひとりの、信じていた人。「……冗談、でしょ?」喉が詰まり、声がうまく出なかった。 視界がにじむ。足元がふらつく。 けれど彼女は、彼の腕にそっと手を添え、微笑んでいた。あの日、彼に初めて「好き」と言えた場所。 何度も一緒に笑ったあの場所で、 そのふたりは手を繋いでいた。「ねえ……私の、何がいけなかったの?」かすれた声がやっと出た。 情けなくて、みっともなくて、それでも聞かずにはいられなかった。「梨央は……強すぎるんだよ」その一言は、胸の奥に突き刺さる刃だった。 “強い女は、愛されない” “弱さを見せない女は、可愛げがない”そんな言葉に、いつの間に私は縛られていたのだろう。泣きたかった。叫びたかった。 「行かないで」「私だけを見ていて」 「私を、捨てないで」 ――本当は、そう言いたかった。けれどその時、親友――美里が口を開いた。「ごめんね、梨央。私たち……ずっと愛し合ってたの。 私、彼のこと大好きになっちゃって……」頭が真っ白になった。思わず顔を上げた。「……いつから?」「三年前、くらいからかな」 「私の方が可愛いって。彼、よくぎゅって抱きしめてくれるの」 「梨央に、いつ言おうか迷ってたけど……結局、言えなかった。ごめんね?」あまりにも軽く、悪びれもなく笑いながら話すその姿に、背筋が冷たくなった。 信じていたふたりに、思い切り裏切られた。「梨央も、知的で綺麗だし、美人だよ。 でも……やっぱり、美里の方に惹かれてしまったんだ。ごめん」その言葉で、心臓をえぐられたような気がした。 ――私は可愛くない。そう言われた気がした。「……そっか。お幸せに」口が勝手に動いた。そう言ってしまった。それだけを言って、私は背を向けた。 雨が降っていた。 誰も、傘を差し出してはくれなかった。それだけを言って、私は背を向けた。 雨が降っていた。冷たく、静かに、容赦なく降り続いていた。ふらつく足取りで数歩だけ歩いて、思わず足を止めた。 怖かったけれど……ほんの少し
Last Updated : 2025-06-01 Read more