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第873話

Author: 風羽
水谷苑は動かなかった。

ネオンの下、二人は見つめ合った――

水谷苑は、まるで夢を見ているような気がした。少女時代に見た美しい夢。胸が締め付けられ、思わず涙が溢れそうになる。

二人のつま先は、わずか10センチほどの距離だった。

まさに、目と鼻の先だ。

九条時也は、彼女を優しい眼差しで見つめ、まるで小さな女の子をあやすように言った。「20代の頃と変わらず、泣き虫だな」

水谷苑は顔を上げ、愛と憎しみが入り混じった瞳で彼を見つめた。

九条時也はもう一度言った。「苑、帰ろう!」

彼の別荘ではない。

彼女が住む場所、これから彼女がいる場所、そこが彼の家なのだ。

もしかしたら、彼女は彼のものじゃないかもしれない。

しかし、彼は彼女のものだ――

彼の体も心も、今この瞬間から全て彼女のもの。彼は彼女に忠実であろう。彼女が望むなら、彼女が受け入れるなら。

九条時也の心は激しく揺さぶられていたが、表情は穏やかで、幸せな結婚生活を送る男の風格があった。

彼のスーツの上着は、彼女の肩にかかっていた。

彼は九条美緒を抱きかかえ、肩にもたれさせながら、もう一方の手で九条津帆の肩を抱いた。長い年月を経て、彼はようやく父親らしい姿で、二人の子供たちの面倒を見ていた。

今、この瞬間――

二人の間には、辛い過去も、佐藤家も、佐藤玲司も、夏川清もいない。いるのは、二人と可愛い子供たちだけだ。

ここから彼女のマンションまでは、歩いて1時間ほどかかる。

30分後、九条美緒は九条時也の肩で眠ってしまった。水谷苑は上着を脱いで子供にかけ、その白い頬を撫でた。

街の灯りがキラキラと輝いている。

九条時也は彼女を見下ろし、優しい眼差しの中に、かすかな欲望を隠していた。

4年間、彼の傍に女性はいなかった。今、その想い人が目の前にいるのだ。どうして求めずにはいられようか。

......

星明かりに導かれ、ネオンに照らされて。

夜10時、ようやく水谷苑のマンションに着いた。彼女は住み込みの家政婦を起こさないよう、九条時也に九条美緒を寝室へ連れて行くように言った。

彼女の家は、いつも落ち着いた雰囲気で、上品に飾られていた。

九条時也は九条美緒をベッドに寝かせた。

彼は子供の世話に慣れている。上着を脱がせ、ワンピースを脱がせて枕元に畳む。大きな頭と小さな体、見ているだけで
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