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第628話

Author: ちょうもも
悠良は一瞬きょとんとした。

律樹が言った。

「三浦さんが戻ってきたのかもしれません」

そう言って扉を開けると、立っていたのは葉ではなく、見知らぬ男だった。

律樹は丁寧に問いかける。

「失礼ですが、どなたをお探しですか」

史弥は玉巳の話を半信半疑で聞いていた

悠良のそばには今、伶がいる。

彼に対しては警戒心があると同時に、優秀さを認めざるを得なかった。

だがまさか悠良が伶に隠れて外で......

この女は白川家の顔を地に落とすつもりなのか。

伶が表向き白川家を認めなくても、血縁は事実として消せない。

もしこのことが外に漏れれば大騒ぎになるのは必至。

白川家の男二人が揃って笑いものになるかもしれない。

そう思えば思うほど、彼の目に映る上半身裸の律樹が癇に障った。

「誰だ、お前は」

律樹はきょとんとし、再び同じ言葉を繰り返す。

「どなたをお探しですか」

「小林悠良に用がある」

史弥は胸に渦巻く怒りを必死に抑えた。

律樹が振り返り、声を張る。

「悠良さんの客みたいですよ」

悠良は不思議に思った。

葉じゃなかった?

ドア口に出ると、そこに立っていた顔を見て眉をひそめる。

「史弥、あんた......どうしてここに」

すぐにまた疑念が浮かんだ。

「どうやってここを......」

本人はただの問いかけのつもりだったが、史弥には不快そうに聞こえた。

彼は口の端を皮肉げに上げる。

「何だ、俺が来たのがそんなに迷惑か」

その言葉に悠良も一歩も引かず、冷ややかに言い返す。

「頭おかしいんじゃないの」

自分に浮気現場を押さえられたはずの悠良が、全く怯むどころか開き直っている。

史弥は声を荒げた。

「悠良、寒河江の会社が危ういからって、もうそこまで落ちぶれたのか?それとも、この小僧に大金でももらって、次のパトロンにでもしたか?」

「何言ってるのよ!」

だが彼は引くどころか、ますます勢いづいた。

目を細め、冷笑する。

「図星か、だから逆上してるんだろ。お前、前は純情だったのに。

叔父と一緒になったときはまだ理解できたさ。あの人は俺より有能で金もあるからな。

けど今はまだ別れてないだろ。その隙に次を探すなんて、白川家を潰すつもりか。

どうしても我慢できないなら、俺にすればいいだろ。大金持ちにはなれなくても、衣食に困
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