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第221話

作者: ぽかぽか
真奈が迷っていると、休憩室のドアが突然開いた。

中井がチーズケーキのカットを載せた皿を持って入ってきた。

真奈は電話の向こうに向かって言った。「こっちは他に用事があるから、夜にまた連絡するね」

「かしこまりました」

通話が切れた。

中井はケーキを真奈の前に置き、「これは先ほど総裁がご指示されたものです。奥様がチーズケーキがお好きだと伺いましたので」と言った。

真奈はテーブルの上のチーズケーキをちらりと見た。たしかに昔は好きだった。ただ、冬城がそれを知っているはずがない。以前、彼が自分の好みを気にしたことなど一度もなかったのに。

「ありがとう。ここで少し休むわ。彼が終わったら呼んで」

「かしこまりました」

中井が部屋を出て行った。

真奈はテーブルの上に置かれたチーズケーキを見つめ、考え込んだ。

冬城……一体何を企んでいるの?

真奈は冬城がMグループに対して打つ手がないとは思えなかった。それに……今日の彼の行動はどう考えてもおかしい。

もしかして……別の考えがあるの?

午後、冬城は会議室から出てきた。テーブルの上のチーズケーキが一口も食べられていないのを見て、口を開いた。「この店のチーズケーキ、口に合わなかった?」

「昔は確かに好きだったけど……いまは好きじゃなくなったの」

真奈の口調は淡々としていた。

冬城は目を伏せ、表情がわずかに陰った。「構わない。今日から、お前の好きなものを覚えていく」

「冬城、グループの株式20%を私に譲ると言ったのは本当?」

真奈は、冬城が会議室でただの思いつきで口にしたとは思えなかった。

冬城が一度言い出したからには、すでに準備を進めていたはずだ。

案の定、冬城は中井から書類を受け取り、真奈の前に置いた。

「株式譲渡契約だ。法務部にも確認させた。あとはお前の署名だけ」

真奈は半信半疑でテーブルの上の書類を手に取った。中を確認すると、確かに株式譲渡の契約書だった。どの条項にも抜けや罠はなかった。

眉をひそめ、冬城を見つめる。「どうして私に冬城家の株を?」

「それが、お前の信頼を得るためにできる唯一のことだから」

冬城の声には迷いがなかった。

中井は黙って休憩室を後にした。

「この数日、どうすればお前に自分を証明できるか考えていた。でも……結局、これ以外に何も持っていないことに気づいた」

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