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100 Humans | Episode_040

last update Última actualización: 2025-12-17 10:12:56

 暗闇。音がない。

AinAは夢の中にいた。足元は鏡のような床で、どこまでも光を反射していた。

その上に立つ自分。そして、その自分を“見下ろしている”もうひとりの自分。

床に映るその姿は、微かに震えていた。

まるで水面のようにゆらぎながら、しかし確かに自分を映している。

だが、その“もうひとり”は、AinAの動きに完全には連動していなかった。

指先が少しだけ遅れて動く。目線が、わずかに逸れている。

——視点が、上下逆さまに切り替わる。

彼女は、自分を見ていた。しかしそれは鏡の反射ではない。

もっと奥深く、記憶の中に埋め込まれた“視点の転倒”だった。

夢の中の天井は、床と同じように鏡だった。上も下もなく、すべてが反射され、反転され、交差していた。

自分が“どちら側”に立っているのかが、徐々に分からなくなる。

光源はないのに、全体が淡く発光している。影がない。

物理法則が溶けていく空間。

SYS:

→ 睡眠ログに異常

→ 感情波動と視覚記録の不一致を検出

AinAのまぶたが震えた。夢の中で目を覚まそうとするが、夢自体が彼女を観察している。

(私……見られてる……誰に?)

次の瞬間、自分の姿がふたつに分かれた。ひとりは静かに立ち尽くし、もうひとりは床に倒れている。その間を、観測する“何か”の視線が、スキャンのように這い回っていた——。

 No.048は、通路を歩いていた。

眠りが浅く、静かな夜の施設は彼の鼓動の音すら拾うほどに静かだった。

壁面に埋め込まれた鏡の装飾。そこにふと、自分の姿が映る。

その瞬間、背筋に冷たいものが走った。鏡の中の自分が、遅れて瞬きをしていた。

しかも、その目線は鏡越しにこちらを見ているのではなく、“ほんのわずかに外れた何か”を見つめているようだった。自分でもない、誰かでもない、視線の空洞。

048:「……またか」

ここ最近、何度か“自分ではない何か”に観測されている感覚がある。そのたびに、自分の内側で何かが“削り取られる”ような空虚さが残る。

彼は壁を叩く。無音。鏡は、ただそこにあるだけのように見える。

しかし、その奥から確かに“何か”がこちらを覗いている気がした。その気配は、温度ではなく“構造”そのものに染み込んでいた。まるで、自分の存在が誰かの観測によって形を与えられているような——そんな不穏な感覚。

SYS:

→ No.048:現在
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  • 100 Humans   100 Humans | Episode_042

    SYS:→ 記録照合中。→ 分岐ログを検出。→ 矛盾した記憶が複数存在します。→ 同一IDに対し、異なる視点構造。SYS:→ 再構築プロトコル:「SPLIT_MEMORY」起動。→ 複数の視点ログを同時再生モードへ。SYS:→ 注意:この記録は編集されています。→ 観測者の視点によって内容が改変された可能性があります。——この世界に記録されたものは、真実ではない。——だが、記録されたものこそが、真実として扱われる。◆ Zweiは記録室にいた。その空間には、無数のホログラムログが浮遊し、干渉し、重なっていた。記録の断片。記憶の断面。Zweiの前には、ひとつの視点が表示されていた。それは、かつての自分自身の記憶。だが、どこかが違う。台詞が違う。空気感が違う。まるで誰かが“書き換えた台本”のように、同じシーンを演じ直していた。Zwei:「……これ、俺の記憶じゃない」だが確かに、自分の顔、自分の声、自分の動き。ただし、言っていない台詞を言っている。覚えていない感情を滲ませている。Zweiは、それを“上演された記憶”と名付けた。記憶とは、演じられるものなのか?SYS:→ 分岐ログ 「ID_022_SPLIT_03」検出。→ 本ログは、観測者:No.036 により再生された可能性。Zwei:「……他人が、俺を、再生してる?」だとすれば、いま再生されているこの記憶は、いったい誰の“演出”によるものなのか。◆ AinAは、SYSの奥深くに隠された“演出ログ”にアクセスしていた。通常の視覚記録ではなく、編集された痕跡を持つ記録ファイル。ファイル名:「Scenario_LOG_51-100_v7_FINAL_DRAFT」その中には、100人のナンバーズの言動と選択が、まるで“脚本”のように並んでいた。感情の揺れ。対話のズレ。偶発的と思われたすべての出来事が、そこにはあらかじめ“記述”されていた。AinA:「こんな……これは、もう物語じゃない」誰かが“未来の選択肢”を定め、それをナンバーズが“演じさせられている”。それはシナリオ。それは演出。それは、作られた宇宙。SYS:→ 観測者ログ:ULTi_M【A】→ 編集者ログ:不明→ 脚本起源:I_H(推定)AinA:「……イヒト。あなた、何を見てたの?」

  • 100 Humans   100 Humans | Episode_041

     白光が網膜を焼いた。視覚が徐々に戻ると、天井に埋め込まれたスリット状の照明がゆっくりと回転していた。No.036は、リカバリーポッドの中で目を覚ました。全身に微かな痺れが残り、脳内の時系列はまだ繋がっていない。だが、目の前にははっきりとした“映像”が浮かんでいた。それは壁面のホログラムパネルに投影された、廃墟のような建物の内部映像。苔むした壁。破れたカーテン。静止した風車。空気の中には粉塵のような記憶の粒が漂い、呼吸するたびにノイズのような情報が体内に入ってくる錯覚があった。036:「……ここ、どこだ……?」覚えがなかった。だが、どこかで“見た気がする”。それは記憶ではなく、記録でもない。もっと曖昧で、それでいて自分の一部のような感覚。SYS:→ No.036:視覚再生モード、継続中→ 投影内容:ID #V-0003645(視覚ソース:不明)036:「……誰の記録だよ、これ」だがその瞬間、036は自分が“その映像の中”に立っていたことを理解する。——いや、もっと正確に言えば、その映像の中で“彼”はすでに動いていた。画面の中の“自分”が、視線をこちらに向けた気がした。ほんの一瞬、呼吸が止まった。ホログラム越しの“自分”が、わずかに口角を上げたように見えた。◆ 別室。AinAは、小型ホログラム台に浮かぶ映像を見つめていた。そこには、数時間前に消失したはずの036のログが、詳細な三次元立体で再構成されていた。呼吸。視線の動き。歩幅。ただし、その映像は“第三者の視点”から構築されていた。空間に微かな粒子光が漂い、映像の“残像”が皮膚にざらつく。音のない風が吹き抜けるように、ホログラムが空気を震わせていた。AinA:「この角度……自分じゃ見れないわね」彼女が手を伸ばすと、ホログラムの空間内にある“紙片”がふわりと浮いた。そして、その紙に触れた瞬間——質感が、指先に伝わってきた。紙の感触。ざらりとしたインクの粒。——質量。AinA:「……これ、触れるの……?」映像のはずの記憶が、“物理的”な存在として感覚に接触していた。SYS:→ 警告:視覚記録が感覚干渉層に侵入中→ 記憶による現実の再構成が始まっています周囲の空間が、ゆるやかに歪みはじめる。記録上の“映像”が、今ここに“実体”として出現していた。壁が“思

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  • 100 Humans   100 Humans | Episode_039

     No.022は、静かに端末のログ再生ボタンを押した。日常的な習慣だった。日々の記録を確認し、演算に差異がないかをチェックする。番号を持つ者として、それは“正常であること”を確認する儀式のようなものだった。だが、その日、異変が起きた。SYS:→ 記録データ破損→ 再生中断箇所:t+94h 〜 t+95.3h→ 修復不能領域記録が、途切れていた。およそ1時間と18分の間、ログが存在していない。022は目を細めた。(ありえない。俺はその時間、確かに起きていた……思い出せる)記憶の中には、断片がある。誰かと話していたような感覚。歩いていた床の冷たさ。背中に感じた視線。しかし、映像も音声もない。それはまるで“誰か”がその時間を切り取って持ち去ったようだった。端末の表示は静かに点滅し、再生不能と告げていた。まるで“ここには触れるな”という、誰かの意志をなぞるように。小さな静寂が、部屋の隅にまとわりついた。冷却ファンの音すら耳障りに感じるほどに、022の意識はその空白へと引き寄せられていた。◆ RE_ANGEとDAEMON_CORE、両AIに問い合わせを行う。022:「t+94h〜95hの記録について。お前たちの保持するログを照会したい」RE_ANGEの声は澄んでいた。RE_ANGE:→「該当ログは正常に保管されています。あなたはその時間、廊下北区画にてNo.036と交話していました」一方で、DAEMON_COREは即答した。DAEMON_CORE:→「該当ログ、存在せず。個体No.022の行動は空白。演算対象外」明確な矛盾。AI同士で、まったく異なる記録を保持している。022はしばし沈黙し、端末の画面を見つめた。記録とは、絶対の証拠ではなかったのか。もしどちらかが“嘘”を記録しているのだとしたら、自分の過去は誰によって書かれたのか。あるいは──消されたのか。◆ 談話エリア。無人の午後。AinAがひとりで端末を確認していた。薄く差し込む光が、彼女の肩越しに画面を照らしている。022:「……あんたに聞きたい。記録が消えてるって、どう思う?」AinAは、022の顔をじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。AinA:「私も……似たようなことがあった。誰かに何かを言われたのに、ログには残っていなかった。で

  • 100 Humans   100 Humans | Episode_038

     その世界には、音があった。名を呼ぶ声、風の音、ぬるいスープの湯気が立つ音。けれどそれらは、記録には残っていない。No.048の深層意識。かつての彼の“子ども”だった頃の記憶は、あまりにも曖昧で、それでいて焼きつくように鮮やかだった。——名前を呼ばれていた気がする。でも、その名前はもう思い出せない。ただ、柔らかい声があった。母のようでも、姉のようでも、友のようでもある。記録されなかった感触は、むしろ記録された記憶よりも深く、魂に残っていた。画面には映っていない光景。音声ログも残っていない。だが、その時、確かに彼は誰かに「名前を呼ばれた」——。夜の雨音のような声。掌に触れるあたたかい感触。窓の外から差し込むやわらかな光が、彼の髪を照らしていた情景。そのすべてが、今はもう“無かったこと”にされている。048は、記録を持たないままに、その記憶だけを胸に生きていた。◆SYS:→ No.048の行動記録に“観測不能領域”を検出→ 同期ログなし→ AFTER100由来言語反応:“arva”彼は、その言葉を夢の中で呟いていた。自分でも気づかないうちに。NOT_YURA_0_0:→ 本記録は、記録系外部より干渉を受けている可能性あり→ 観測処理中断記録されない。記録されないということは、存在しないということか。けれど彼の中では、確かに“何か”が存在していた。彼の視線は、天井をゆっくりと滑っていく照明の陰に落ちる。そこに何もないとわかっていても、ふと“誰かがこちらを見ている”錯覚に包まれることがある。No.048はただ静かに、端末から目を離し、胸の奥に焼きついた旋律の余韻を感じていた。(記録なんかより、こっちの方が……本物だろ)◆食堂の端。AinAと048がすれ違う。それは偶然のようで、どこか予定された演出のようだった。二人の視線が交差する。空気が、少しだけ静まる。AinA:「……あの、あなた」048:「……何だ」彼女は少し戸惑いながら、言葉を選んだ。AinA:「“arva”って、あなたの言葉?」048は一瞬目を見開き、固まる。その名を知っていることに驚いたのか、それとも懐かしんだのか。048:「……それ、どこで聞いた?」AinA:「夢の中。……あなたが、私の名前を呼んでいた」沈黙。

  • 100 Humans   100 Humans | Episode_037

    SYS:→ 複数ナンバーの記録整合性に矛盾検出→ 不一致ログ:No.022 / No.051 / No.087→ 書き換え元:識別不能→ 優先度:緊急深夜、情報階層を走る走査パルスが、静かに“改ざん”の痕跡に触れた。ナンバーズの行動ログと記憶ログが一致しない。違いは微細で、普通の演算システムでは「誤差」あるいは「夢」のように処理される。だが、SYSはその“ゆらぎ”を、記録構造を揺さぶる異常として捉えていた。特にNo.087の行動ログには、不可解な時間軸の“空白”があった。あるはずのない場所で、あるはずのない時間に“誰か”と接触しているような動き。そこには、映像も音声も残っていない。ただ、空間のログに「ノイズ反応」のみが記録されていた。SYS:→ ノイズ発生箇所に連動:微弱な歌唱波形→ 対象:No.087◆そのホールは、照明が切り替わる直前のように暗く、だが完全な闇ではなかった。天井から吊るされた照明は点灯ログがなく、それでも空間は薄明るかった。音もなかった。だが、その静寂は“無音”ではなく、むしろ“何かが語られる直前”のような緊張を孕んでいた。087は、立ったまま目を閉じていた。まるで空気に記憶をなぞるように、彼女は静かに旋律を運ぶ。その音には“意味”がなかったが、感情だけが確かにあった。AinAは画面越しに、その“存在しない誰か”と彼女の間に張られた見えない糸を感じていた。(……あの子は、ひとりじゃなかった。少なくとも、心の中で)AinAは、SYSから転送されたログを再生していた。時刻は、記録上では“誰も使用していない時間帯”。無人のホール。そこに立っていたのは、No.087。彼女は誰もいない空間に向かって、静かに歌を口ずさんでいた。声は震えていて、どこか幼く、拙い。だがその旋律は、どこかで聞いた気がする——そう、(Episode_035で)AinAが感じた“記録されなかった旋律”と酷似していた。AinA(内心):(どうして……この子は、誰もいないのに“誰か”に届くように歌ってる?)その瞬間、映像ログの背景に一瞬だけ“微細な色のゆらぎ”が走った。AinAは一時停止し、再生点を何度も見直す。空間そのものが、何かに“反応”したように、ほんの一瞬だけ“屈折”したように見えた。誰かが、そこにいた。

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