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第2話

Penulis: 涼木
千広はスマホの画面に目を落とした。

「富沢唯」

日菜には親しみを込めた下の名前。私には苗字も含めたフルネーム。

「何か問題でも?」

彼は私をじっと見返してきた。

「いいえ、何でもないわ」

「なら早く寝ろ。目の下にクマができてるぞ」

彼は立ち上がって寝室へ向かったが、ドアの手前で足を止めた。

「そういえば、棚に置いてある紙袋を触るな。日菜に買ったネックピローなんだ。来週、長距離フライトがあるらしくてさ」

昨年の冬、長距離フライトで首が痛むから良いネックピローを買いたいと相談したことがあった。

そのとき彼が、座席にヘッドレストがあるのにわざわざ無駄金を払う必要はないと一蹴したのだ。

寝室のドアが閉まった。

私は暗闇の中にぽつんと座り込み、スーツケースのポケットから離婚届を取り出した。

そしてメールボックスを確認すると、人事部から連絡が届いていた。

【富沢さん、お疲れ様です。

海外赴任の手続きおよび航空券の手配が完了いたしました。出発は来週の月曜日となります。

なお、ご家族にはすでにお話しされましたでしょうか】

閉ざされた寝室のドアを一瞥し、返事を打ち込んだ。

【承知いたしました。家族の了承も得ております】

……

「今日、病院に行かなきゃいけないの。送ってくれない?」

翌朝8時、玄関で靴を履いている千広に声をかけた。

「病院?どうしたんだ?」

「耳の調子が悪くて、この前のフライトで気圧の変化が大きかったせいか、左耳でずっと耳鳴りがしてるの」

「ひどいのか?送っていく。何時の予約だ?」

「10時」

「じゃあ、ちょうどいい。先に日菜のところへ行って朝食を作ってあげるから、9時半には戻ってくる」

「それで間に合うの?」

「日菜の胃の調子が悪いから、朝食を食べさせないといけない。家に行って作ってあげないと」

「どうして湯上さんは自分で作れないの?」

「昨日、そんなに遅くまで起きてただろ。きっとまだ寝てるんだ」

千広はさも当然のように言った。

「30分だけで十分だ。すぐに行って戻ってくるから」

そう言って、彼は出かけていった。

9時半になっても、10時になっても戻らなかった。

10時15分、病院から予約をキャンセルすると連絡が来た。

千広に電話をかけると、六回ほど呼び出し音が鳴った末に繋がった。

受話器越しに、ショッピングモールのような騒がしい音が聞こえてきた。

「もしもし、千広。どこにいるの?もう10時を過ぎたよ」

「日菜が朝食を食べた後、少し買い物がしたいって言い出してさ。新しいスーツケースを買うから、付き合ってほしいって」

「病院から、予約をキャンセルするって連絡が来た」

「じゃあ、もう一度予約すればいいだろ。急患でもないんだし」

「送ってくれるって約束したじゃない」

「わかってるって。でも日菜から離れられないんだ。優柔不断で選べないみたいで、俺がいなくなったら一人じゃ決められない」

千広は日菜のスーツケース選びに付きっきりだ。

私は家で彼を1時間以上も待ち続け、左耳ではずっと前から不快な電子音が鳴り続けているというのに。

「先に一人で行ってくれ。用が済んだら付き添ってあげる」

「いいえ、結構よ」

電話を切り、一人でタクシーを呼び、予約不要の病院へ向かった。

40分ほど待ち、ようやく受診できた。

診察を終えた医師の表情は硬い。

「鼓膜の充血がひどいです。症状はいつ頃から始まりましたか?」

「1週間前、飛行機に乗ったときのことです」

「激しい揺れはありましたか?」

「乱気流に巻き込まれました」

「もっと早く病院へ来るべきでした」

医師はパソコンを打ちながら言った。

「左耳の聴力が軽度に低下しています。経過観察が必要なため、3ヶ月間は飛行機の搭乗を控えてください」

「どうしても乗らなければならない場合、どうすればいいですか?」

「搭乗すると症状が悪化する恐れがあります。最悪の場合、回復できない聴覚障害が残る可能性もありますので、ご注意ください」

診察室を出て、廊下のベンチに腰を下ろした。

スマホが鳴った。母からの電話だ。

「唯、もう戻ったの?出張は順調だった?」

「うん、順調だったよ」

「千広くんは迎えに来てくれたの?」

私はほんの少しの間、沈黙した。

「……来てくれたよ。お母さん、海外赴任の件、正式に決まったから来週出発するね」

電話の向こうが一瞬、静まり返った。

「どのくらい行くの?」

「今のところは1年」

「千広くん、唯を一人でそんな遠くまで行かせて平気なの?」

千広は、日菜が一人でタクシーに乗ることすら心配する。

けれど、私が一人でいることについては、一度だって気に留めたことがない。

「唯、お母さんに本当のことを話しなさい。千広くんと何かあったの?この前、お父さんが入院したとき、唯は1週間休みを取って看病に戻ってきたでしょう。でも千広くんは、電話一本すらかけてこなかったじゃないの」

父が入院したあのときのこと。

私は毎日病院へ行き、面会時間中ずっと父のベッド脇に付き添っていた。けれど、千広からの電話もメッセージも一切なかった。

4日目。耐えきれなくなった私は、自ら電話をかけた。彼が出て、最初に発した言葉はこうだった。

「日菜が風邪ひいちゃってさ。家でお粥を作ってあげてるんだ」

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