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第13話

Author: 挽歌
智哉は拒まず、私が差し出した雑炊を口にしたが、その間も、まるで見落としてきた時間を今さら埋めるように、ずっと私の顔を見ていた。

病室には、スプーンが器に触れる小さな音だけが響いていた。消毒液の匂いは相変わらずだったけれど、以前のような息苦しさはもうない。

食べ終わったのを見届け、器を片づけてから立ち上がる。「私、まだ仕事が残ってるから、そろそろ事務局に戻るね。星野くんもここにいてくれるし、何かあったら看護師さんを呼んで」

その瞬間、智哉が私の手首をつかんだ。強くはない。むしろ、縋るような力だった。「栞……もう少しだけいてくれないか?」

私は手首に触れる彼の指を見下ろし、そっと外した。「智哉。私にはここでやることがあるの。子どもたちは新しい校舎を待ってるし、町の人たちも診療所ができるのを楽しみにしてる。またお見舞いには来るけど、ずっとここにはいられないよ」

智哉の手が宙で止まった。その手は、しばらくして力なく下がり、「……分かった」と、小さく答える。

智哉は琴水町立病院に2ヶ月入院していた。

その間、私は毎日1時間ほど時間をつくって見舞いに行った。ある時は手作りの雑炊を差し
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    半年後、琴水町で進めていた三つの校舎と診療所が、無事に完成した。使い始めの日、町は朝からお祝いムードに包まれていた。子どもたちはランドセルを背負って新しい校舎へ駆け込み、明るい教室や真新しい机を前に、嬉しそうにはしゃいでいる。診療所の前では、住民たちが木原課長や私の手を握り、何度も「ありがとう」と言ってくれた。私は人の輪の中に立ち、その光景を眺めていた。青空の下、少し離れたところでは、航が子どもたちと一緒に凧を上げている。風をつかんだ凧がぐんぐん空へ昇っていくと、航が嬉しそうにこちらへ駆けてきた。「先輩、見ました?小学校の先生が、こんなに高く上がったの初めてだって言っていました!」そう言って、私に温かいお茶の入ったペットボトルを差し出してくる。受け取るときに触れた手は、初めて会った日と変わらず、乾いていて温かかった。お茶を受け取り、彼の瞳に映る自分を眺めながら、私は静かに微笑んだ。航の気持ちにまだ答えを出したわけではないが、もう遠ざけようとも思わなかった。大切にしたいと思える温かさなら、少しずつ受け入れていけばいい。智哉はその後も東都の建築設計事務所に残り、チーフとして働き続けていた。昔の知人から聞いた話では、以前よりずいぶん人当たりが柔らかくなったらしい。結婚の話をすることもなくなり、その代わり、地方の学校や診療所など、地域の暮らしに関わる仕事を積極的に手がけるようになったという。地方の建築プロジェクトの記事で彼の名前を見かけると、たまに思い出すことがあった。智哉もどこかで、智哉なりのやり方で過去と向き合っているのかもしれない。人づてに聞いた話では、地方再生や建築支援のニュースが流れると、智哉はときどき手を止めて見入っているようで、そしてしばらくすると、また何も言わず図面に向かうそうだ。後悔したことは、きっと消えないが、それでも彼はその後悔を抱えたまま、以前とは違う道を歩き始めたのだと思う。さらに1年が過ぎた秋の終わり、東都から一通の手紙が届いた。差出人は智哉だった。手紙に余計なことは何も書かれておらず、自分が設計した山間部の小学校が無事に完成したこと、子どもたちがとても喜んでくれたことのみの報告が綴られていた。そして、添えられていたのは、飾り気はないが、丈夫そうな校舎の写真。そこで暮らす人たちのことを考えて設計

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    智哉は拒まず、私が差し出した雑炊を口にしたが、その間も、まるで見落としてきた時間を今さら埋めるように、ずっと私の顔を見ていた。病室には、スプーンが器に触れる小さな音だけが響いていた。消毒液の匂いは相変わらずだったけれど、以前のような息苦しさはもうない。食べ終わったのを見届け、器を片づけてから立ち上がる。「私、まだ仕事が残ってるから、そろそろ事務局に戻るね。星野くんもここにいてくれるし、何かあったら看護師さんを呼んで」その瞬間、智哉が私の手首をつかんだ。強くはない。むしろ、縋るような力だった。「栞……もう少しだけいてくれないか?」私は手首に触れる彼の指を見下ろし、そっと外した。「智哉。私にはここでやることがあるの。子どもたちは新しい校舎を待ってるし、町の人たちも診療所ができるのを楽しみにしてる。またお見舞いには来るけど、ずっとここにはいられないよ」智哉の手が宙で止まった。その手は、しばらくして力なく下がり、「……分かった」と、小さく答える。智哉は琴水町立病院に2ヶ月入院していた。その間、私は毎日1時間ほど時間をつくって見舞いに行った。ある時は手作りの雑炊を差し入れ、ある時は書き上げたばかりの校舎の図面を広げ、町で起きたたわいもない出来事の話を聞かせる。私はいつも通り話していただけなのに、智哉はときどき不思議そうに私を見ていた。たぶん、東都にいた頃の私は、こんな顔で笑っていなかったのだと思う。智哉はたいてい、黙って私の話を聞いていた。ときどき短く相槌を打つくらいで、あとはずっと私の顔を見ている。しかし、その目に何が浮かんでいるのか、今の私にはもう分かっていた。智哉が失ったのは、ただの婚約者じゃない。かつて彼だけを見つめ、彼のためなら何でもできると信じていた女を、彼自身の手で遠ざけたのだ。彼の行き場をなくした後悔は、いつしか細かな気遣いに変わっていった。「無理するな」「この辺は標高も高いんだから、少しでも具合が悪かったら休め」「背中の傷もあるんだから、頑張りすぎるなよ」そんなことを、何度も繰り返すようになった。航も、ほとんど毎回一緒に見舞いに来てくれた。ベッド周りを整えたり、智哉とプロジェクトの設計について話したり……彼が智哉と話す口調はあくまで丁寧だったけれど、智哉から私を守っていることは明らかだった。その気持ちには、

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