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第2話

Penulis: 聴雨
前回は、愛莉の飼い猫が行方不明になった。彼は一晩中彼女と探し回り、翌朝は見事に寝坊した。

そのたびに、愛莉は決まってこう口にする。

「お兄ちゃんは気にしないで」

そして結斗は必ず、私にこう告げるのだ。

「愛莉は昔から不安になりやすいんだ。少しは理解してやってくれ」

私も、本当に26回、折れてきた。

そこへ、聡美が薬と水を手に駆け戻ってきた。

「愛莉、薬持ってきたよ」

「飲んだら10分休んでね。おばさんが付き添うから、今のうちに結斗くんと芽依は先に行って署名してきて」

愛莉は差し出された薬を見つめるばかりで、一向に手を伸ばそうとしない。

数秒の沈黙ののち、彼女はうつむいた。

「……やっぱりいい、飲みたくないです。緊張すると吐いちゃいますから。お兄ちゃんしか、私の落ち着かせ方を知らないんです」

そう言うと、今度は私のほうへ視線を向け、震える声で呟いた。

「芽依さん……私のこと、恨んでませんよね?二人は8年も付き合ってるんだから、提出を1日遅らせたくらいで、気持ちが変わるわけじゃないでしょう」

結斗が優しく彼女の背中をさする。

「変な想像するなよ。芽依は聞き分けがないわけじゃないだろ」

私は彼をまっすぐに見据えた。

「結斗、今日でもう27回目だって、分かってる?」

「分かってる」

「なら、今日のためにどれだけ準備してきたかも、分かってるよね」

彼の顔に、かすかな苛立ちが走る。

「芽依、愛莉は今、体調を崩してるんだ。こんなときに、書類のことで揉めなきゃいけないのか?」

私は言葉を失う。

そのとき、電光掲示板が再び無機質に告げた。

【027番の方、お早めに3番窓口までお越しください】

11時5分。

日曜開庁の受付が終わるまで、あと25分しかない。

私は抱えていた書類を胸元でぎゅっと握りしめ、静かに結斗を見据えた。

「11時半までに、私と手続きを済ませないなら……もうあなたとは結婚しない」

結斗の表情が険しく強張る。

「芽依、それは脅しのつもりか?」

私が口を開くより早く、愛莉が突然口元を押さえて小さくえづいた。聡美が差し出していた薬を、彼女は慌てて手で押しのける。

「ごめんなさい、なんだか気持ち悪くて」

その拍子にコップが倒れ、水が結斗の服を濡らした。彼女は慌ててティッシュで彼の服を拭いながら、ぽろぽろと涙をこぼす。

「お兄ちゃん……また、迷惑かけちゃった?」

結斗は、小刻みに震える彼女の手を握りしめた。

「大丈夫、何も気にするな」

見かねた母が口を挟む。

「薬が無理なら、それでもいいわ。もう車も手配してあるから。私が病院まで付き添うから、結斗くんは手続きが済み次第すぐ来て。長くても20分はかからないわ」

愛莉は涙で潤んだ瞳を上げ、か細い声で言った。

「知らない人が運転する車だと、酔っちゃうんです」

「それに、これまでの治療経過とか、薬のこととか……ちゃんと把握してるのはお兄ちゃんだけだから」

母はなおも粘り強く説得を続けた。

「かかりつけの病院に連絡して、診療情報や検査データを送ってもらえば大丈夫よ。私だって医者なんだから、きちんと診られるわ」

愛莉は唇を噛みしめ、それ以上は何も言わなかった。言いたいことをぐっと飲み込んだようなその表情は、まるで私たち全員が寄ってたかって彼女をいじめているかのようだった。

案の定、結斗は彼女を庇うように立ちはだかる。

「もういいでしょう。愛莉はこんなに具合が悪いんです。寄ってたかって責める必要がどこにあるんですか?」

聡美は呆れたように鼻で笑う。

「私たちは問題を解決しようとしてるだけだよ。薬は嫌、おばさんの付き添いも嫌、車まで手配したのにそれも嫌。じゃあ一体どうしろっていうの?」

愛莉の華奢な肩がわずかに震えた。

「聡美さんは……私が仮病だと思ってるの?私はただ怖いだけ。お兄ちゃんに、そばにいてほしいだけなの。そんなささやかなお願いすら、贅沢なことなの?」

結斗は聡美を冷ややかに見やった。

「これ以上、どうしろって言うんだ」

聡美は絶句する。

母がコップを握る手に、じわじわと怒りの力がこもっていく。

私は再び電光掲示板へ目を向けた。

11時8分。

「027」の文字は、いまだに点滅を繰り返している。

「結斗、あと22分よ」

彼はこめかみを押さえ、ひどく疲れきったような声を絞り出す。

「分かってる。だが、手続きが1日遅れたからといって、お前と結婚しないわけじゃない。8年も付き合ってきた俺たちの絆が、この程度のことで揺らぐのか?」

愛莉は彼の肩に力なくもたれかかり、弱々しい声で私をなだめようとする。

「芽依さん、怒らないで。お兄ちゃんが一番愛してるのは芽依さんだよ。私はただ、ちょっとの間、借りてるだけだから」

ちょっとの間。

彼女はこれまでにも、私の誕生日も、記念日も、そして26回にも及ぶ婚姻届提出の機会すらも邪魔してきた。

そして今、またしても27回目を借りようとしている。

私は結斗の目をまっすぐに見据えた。

「最後に、もう一度だけ聞く」

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