LOGIN私の名前は古澤あすか(ふるさわ あすか)。ずっと好きだった高校時代の同級生、栗原亮介(くりはら りょうすけ)が失恋したと知った時、私は後先考えず、彼に近づき、体の関係を持った。 その後、周りの人たちは口々に私を非難し、「人の弱みにつけ込んだ女」だと決めつけた。 けれど翌日になると、亮介の圧力により、その人たちはすぐに私の前で土下座し、額を床に擦りつけて謝った。 結婚してからの亮介は、私をこれでもかというほど大切にした。 彼の元カノである女性、岡崎小鳥(おかざき ことり)が帰国したと聞いても、ただ淡々と笑っただけだった。 「俺が好きなのは、あすかだ。あの人じゃない」 私は、亮介が本当に彼女を忘れたのだと思っていた。 ――あの日までは。 同窓会で、私は見てしまった。 亮介が、小鳥の前に跪いている姿を。 声を震わせながら、彼女に縋るように言った。 「小鳥……会いたかったよ」
View More同窓会の会場は、西京市の中心部にある高級な個室料亭だった。久しぶりに顔を合わせた同級生たちは、私の変わりように驚いていた。心から祝福してくれる人もいれば、どこか複雑そうな顔をする人もいる。けれど――今の私には、もうどうでもよかった。「せっかくだし、恒例のゲームやろうよ。真実か挑戦か!」同窓会ではお決まりの遊びだ。私は笑って頷いた。「いいよ。私は真実で」「じゃあ、あすか!」さっそく誰かが身を乗り出す。「文也のこと、好き?」途端に、周囲から意味ありげな視線が集まった。普段は飄々としている文也まで、聞き耳を立てている。私はあえて唇を尖らせた。「文也?別に好きじゃないよ」言い終わるより早く――個室の扉が、勢いよく開いた。息を切らした亮介が、転がり込むように入ってきた。「あすか!やっと見つけた!」その姿を見た瞬間、身体が強張った。忘れたはずの記憶が、一気に蘇る。……亮介?どうして、ここに?まさか――また私の人生を壊しに来たのか?亮介が私に近づこうとした、そのとき。文也がすっと立ち上がり、私の前に立ちはだかった。「亮介。ここは君の来る場所じゃないよ」「……余計なお世話だ」亮介が睨みつける。「あすかは俺の妻だ。連れて帰るのは当然だろ」文也は両腕を組んだまま、冷ややかに返した。「しかし、僕の知る限り、君とあすかはもう離婚してる。つまり、あすかはもう君の妻じゃない。それに、ここは貸し切ってる。僕たちは君を招待していない。だから、帰ってくれる?」次の瞬間、亮介は文也を乱暴に突き飛ばす。文也はバランスを崩し、その場に倒れた。「誰がなんて言おうと、俺はあすかを連れて帰る!」一瞬で、部屋の空気が凍りついた。誰も口を開けない。そんな中、文也は何事もなかったかのように起き上がると、私を見た。そして、両手を広げてみせる。「あすか……君が『真実』を教えてくれないと、僕も君のために『挑戦』できないよ?」私は思わず吹き出した。文也は、本当にどこまでも調子が狂っている。私は笑いながら立ち上がると、文也のネクタイを掴んだ。そのまま、そっと唇を重ねる。次の瞬間、亮介の顔から一気に血の気が引いた。「……これでいい?」私は文也を離し、呆れたように言う。文也は名残惜しそ
西京市。亮介のもとを離れて26日目。私は道端で倒れた。目を覚ますと、目の前に見覚えのある、端正な顔があった。「久しぶり……あすか。同級生の顔を、まだ覚えてくれてるのかな?」白衣を着たその男は、すらりと背が高い。「えっと……同級生……?」私は、すぐには思い出せなかった。男は小さく笑う。「竹内文也。高校の時、君の後ろの席だった」「……ああ」言われてみれば、少しずつ記憶が蘇ってくる。高校時代、クラスにいた無口な少年、竹内文也(たけうち ふみや)。誰に対しても素っ気なくて、成績も……たしか、そこまでよくなかったような。そんな私の考えを見透かしたように、文也が笑った。「あまり覚えてないよね。あの頃の君は、亮介しか見えてなかったから」文也は私の検査結果に目を落とすと、それまでの軽い表情を少しだけ引き締めた。「今の君の状態なら、できるだけ早く手術したほうがいい。ご家族は?手術の同意書にサインをもらわないといけないんだけど」「家族には……連絡しなくていい。亮介とは、もう離婚したから」文也の眉がわずかに上がった。「そう」それ以上は何も聞かず、文也は手術同意書を私の前に差し出した。「じゃあ、あすかがサインして。大丈夫だよ。眠って、目が覚めたら終わってる」そう言って、文也は少しだけ口元を緩めた。「僕、こう見えて腕はいいから」思わず、私は彼の顔を見つめた。「……胃がんって、治るの?」文也は自信ありげに口角を上げた。「普通なら、ちょっと難しいケースかもしれないね。でも、僕が執刀するなら話は別だ。あすかは運がいいよ」……手術は、無事に成功した。その後も文也がつきっきりで面倒を見てくれたおかげで、私は驚くほど早く回復した。ある日、病室で文也がふいに尋ねてきた。「ねえ、あすか」「何?」「病気が治ったし、亮介とも縁を切った。これから、どうするつもり?」私は答えられず、首を横に振った。もともと、亮介のもとを離れたあとの人生なんて考えていなかった。全国をゆっくり旅して、最後はどこか景色のいい場所で、静かに死ぬ。そのつもりだった。自分のお墓まで手配していたくらいだ。それなのに――死なずに済んでしまった。そうなったら、これからどう生きればいいのか。私
「……小鳥?なんでお前がここに……?」亮介は、割れるような頭痛に顔をしかめた。小鳥の顔から、さっと血の気が引く。「……どういう意味?私を、誰かと間違えたっていうの?」遅れて意味を悟ったのか、小鳥は勢いよく身を起こした。「私をあすかだと思ったのね!夜中にわざわざ会いに来たのに、私を彼女の代わりにしたっていうの?」「出ていけ!」苛立ちを抑えきれず、亮介が怒鳴った。小鳥は、驚きのあまり肩を震わせた。これまでの亮介は、いつだって従順だった。まるで懐いて離れない子犬のように、何を言われても逆らわなかった。こんな乱暴な姿を見せたことなど、一度もない。小鳥はゆっくり息を吸い込むと、今度は亮介の腰に腕を回した。「今まで亮介のそばにいられなかったこと、本当にごめん。だから、埋め合わせがしたいの。私は何もいらない。ただ……もう一度そばにいさせて。あすかがあなたをどん底から救ったのなら、私にだってできる」それを聞いた亮介は、躊躇なく小鳥の頬を打った。「……お前にそんな資格はない!」そう言って、亮介は小鳥をベッドから蹴り落とした。小鳥は憎々しげに亮介を睨みつける。もう取り繕うつもりもなくなったのだろう。「亮介、いい加減にして。あすかの何がそんなにいいの?胃がんになって、もうすぐ死ぬんでしょう?そんな人のどこが、私よりいいっていうの?」「……胃がん?」亮介の眉が寄る。「検査結果には、あすかはどこも悪くないって書いてあったぞ」小鳥は、ふっと冷たい笑みを浮かべた。「あれは、あなたたちを引き離せるための小細工だったのよ」その言葉を聞いた瞬間、亮介の怒りが一気に込み上げた。気づけば、両手で小鳥の首を締めていた。鬼のような恐ろしい視線が小鳥を射抜く。「お前……俺を騙したのか!」「そうよ……でも……騙されたほうが悪いんじゃない?」小鳥は怖がるどころか、声を出して笑った。「正直に話すよ。昔、あなたと別れたのは――あなたがろくでもない男だったから。今戻ってきたのも、あなたにお金があるから、それだけ。私は最初から、あなたなんか愛してなかったの。それなのに……あすかは何を考えてるんでしょうね。あなたみたいな男を、宝物みたいに大事にして。知ってる?私があすかをいじめていたとき、あの子、ずっとあなたの名前を呼
「あすか……?」亮介は恐る恐る呼びかけた。けれど、返事はない。スマホを取り出し、あすかに電話をかける。――電源が入っていない。胸を締めつけるような不安が、今までにないほど込み上げてきた。通りかかった看護師を呼び止める。「すみません、ここにいた患者は?」「もう退院されましたよ」その言葉を聞いた瞬間、亮介は病院を飛び出した。車を走らせ、自宅へ戻る。ドアを開けても、あすかの姿はない。あすかが行きそうな場所を、思いつく限り探し回った。けれど、どこへ行っても、彼女はいなかった。あすかが勤めている会社にも向かった。だが、そこで知らされたのは、あすかがすでに退職手続きを済ませていたという事実だった。亮介は力なくソファに腰を落とした。そのとき、テーブルの上に置かれたものが目に入る。銀行カード。そして――離婚届。「……離婚?あすか……本気で、俺と離婚するつもりだったのか?」これまで、あすかが「離婚したい」と言っても、本気にはしていなかった。少し拗ねているだけ。宥めれば、機嫌を直してくれる。そう思っていたのに……どうして?理由が分からなかった。亮介は知り合いに片っ端から電話をかけた。「あすか、最近何か変わったこと言ってなかったか?」「いや、特には……あ、でも一つだけ」友人が思い出したように続ける。「この前の同窓会、お前が途中で出ていったあと、ずっと戻ってこなかっただろ?その間、あすかがお前に何度も電話してたらしい。あのとき、何かあったのか?」その言葉に、亮介の胸が大きく跳ねた。唇に、苦い笑みが浮かぶ。「……そういうことか。見られたんだな」ようやく分かった。なぜ、あすかが自分と別れようとしたのか。自分はうまく隠せているつもりだった。誰にも知られていないと思っていた。静まり返った家を見回す。いつもなら気にも留めなかった静けさが、今は妙に胸に響いた。ふと、テーブルの上に目をやる。そこには、あすかのために買った誕生日ケーキが置かれていた。亮介はそれを見つめ、ぽつりと呟いた。「まあ……これはこれで、いいかもしれない」それからの数日、亮介はあすかを探し続けた。けれど、何の手がかりも見つからない。まるで、彼女がこの世から忽然と消えてしまったかのように。
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