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第8話

Auteur: ​匿名
たとえ圭佑が自分の過ちを認め、沙也加と離婚してまで私を取り戻そうとしても、私はもう振り返らない。

もっとも、彼にそんな考えがないことくらいは、私にも分かっている。

案の定、沙也加の名前を口にした途端、彼の表情が揺らいだ。

「悦子、俺は……」

「もういい」

私は静かに遮った。

「これ以上、何も聞きたくない。私たちはもう戻らない」

その言葉を聞いて、彼は明らかに取り乱した。慌てて私の手を握り、必死の声で訴えかけた。

「でも、本当に愛してるんだ!信じてくれ。悦子と付き合ってからは、沙也加のことは昔から知ってる友達としか思ってなかった!」

「そう?じゃあ、どうしてキスしたの?圭佑の中では、ただの友達とキスをするものなの?」

あの日、聞けなかった問いを、私はようやく口にした。

圭佑は何度も言っていた。沙也加は今ではただの友達だ、と。

でも、沙也加の動画に映っていた二人は、そんな関係にはとても見えなかった。

頬を寄せ合って写真を撮り、オーロラの下で口づけを交わし、バレンタインデーには恋人同士のようにデートをした。

どれも、恋人だからこそすることだ。

それにこの3年間、
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  • 7度目の入籍で、彼はもう夫だった   第9話

    その中で、圭佑の近況を耳にした。あの日、家へ戻るなり、彼は沙也加と激しく言い争ったという。どうやら彼は、自分が本当に愛しているのは私だったと気づき、沙也加へ離婚を切り出したらしい。「沙也加さえいなければ、とっくに悦子と結婚してた」そんな言葉まで口にしたという。沙也加は激怒した。怒りのあまり、つい口を滑らせた。自分は最初からがんなど患っていなかった、と。すべては圭佑を手に入れるためについた嘘だった。海外へ渡ったあと、彼が私と付き合い始めたと知っても、沙也加はどうしても諦めきれなかった。昔、彼が自分のことを好きだったのを知っていたので、その気持ちにつけ込んだ。彼だけを騙すための嘘を、一つひとつ丁寧に積み重ねていった。そして、その計画は見事に成功した。あの動画も、最初から私へ見せるために投稿されたものだった。実は入籍したその日、圭佑は沙也加へこう頼んでいたという。「このことは悦子には黙っててほしい」そのときの沙也加は、自分が妻になったことで有頂天になり、私と圭佑が別れることを確信していた。だから二つ返事で了承した。けれど3年経っても、私たちは別れなかった。待ちきれなくなった沙也加は、動画を編集して投稿し、その夜には挑発的なメールまで送ってきた。狙いどおり、私は圭佑の前から姿を消した。これでようやく、自分だけの夫になると、そう信じていたのだろう。ところが1週間前、私が戻ってきたと知るや否や、圭佑は結婚式へ駆けつけ、私を取り戻そうとした。失敗に終わった彼は、そのまま帰宅し、沙也加と大喧嘩になった。何年も想い続けた人が、結局は他の女を愛していた。その現実を受け入れられなかった沙也加は、怒りに任せて、自分がしてきたことをすべて打ち明けた。嘘が暴かれたその瞬間、圭佑は完全に壊れてしまった。家中の物を手当たり次第に壊しながら、何度も何度も、「悦子、ごめん」と繰り返していたという。翌日、荒れ果てた部屋の真ん中で、力なく座り込んでいた彼は、沙也加へ離婚を告げた。もちろん、彼女が応じるはずもない。ようやく手に入れた人を、簡単に手放すわけがない。その拒絶が決定打となったのだろう。圭佑は床に落ちていた割れたガラスの破片を拾い上げ、そのまま沙也加へ突き立てた。病院へ運ばれたとき

  • 7度目の入籍で、彼はもう夫だった   第8話

    たとえ圭佑が自分の過ちを認め、沙也加と離婚してまで私を取り戻そうとしても、私はもう振り返らない。もっとも、彼にそんな考えがないことくらいは、私にも分かっている。案の定、沙也加の名前を口にした途端、彼の表情が揺らいだ。「悦子、俺は……」「もういい」私は静かに遮った。「これ以上、何も聞きたくない。私たちはもう戻らない」その言葉を聞いて、彼は明らかに取り乱した。慌てて私の手を握り、必死の声で訴えかけた。「でも、本当に愛してるんだ!信じてくれ。悦子と付き合ってからは、沙也加のことは昔から知ってる友達としか思ってなかった!」「そう?じゃあ、どうしてキスしたの?圭佑の中では、ただの友達とキスをするものなの?」あの日、聞けなかった問いを、私はようやく口にした。圭佑は何度も言っていた。沙也加は今ではただの友達だ、と。でも、沙也加の動画に映っていた二人は、そんな関係にはとても見えなかった。頬を寄せ合って写真を撮り、オーロラの下で口づけを交わし、バレンタインデーには恋人同士のようにデートをした。どれも、恋人だからこそすることだ。それにこの3年間、彼は私との約束を7回も破った。そのたびに私は役所で一人きり待ち続けた。決して来ることのない人を。私が幸せな気持ちで入籍の日を待っていた間に、彼は少しでも罪悪感を抱いていたのだろうか。きっとなかったと思う。もし少しでも後ろめたさがあったなら、あんなふうに何度も約束をしては、そのたびに平然と嘘をつくことなんてできなかった。それに、本当に彼は沙也加ががんだと聞いて同情しただけで結婚したのだろうか。若い頃にすれ違ってしまった初恋への未練。その埋め合わせをしたかったのかもしれない。5年間、圭佑が私を大切に思ってくれていたことまで否定するつもりはない。でも沙也加は、彼にとってずっと空に浮かぶ月だった。届かないからこそ忘れられず、心のどこかに残り続けていた存在。そんな彼女が、「ずっと好きだった。結婚したい」と言った瞬間。昔の想いがまた芽吹き、私への気持ちを追い越してしまったのだろう。本当のところは、圭佑にしか分からない。そして今となっては、もう知りたいとも思わなくなった。圭佑は呆然と立ち尽くしている。何か言おうと唇だけが動いたが、結局一言も出て

  • 7度目の入籍で、彼はもう夫だった   第7話

    それでも、あの電話のあとも圭佑は番号を変えながら何度もかけてきた。あまりにもしつこくて、とうとう知らない番号からの着信をすべて拒否する設定にした。ようやく、うるさい着信音を聞かずに済んだ。ちょうどその頃、泊まっているホテルがアルバイトを募集している。何かに打ち込んでいるほうが気が紛れると思い、私は応募した。それから数か月の間、両親と親友へ無事を知らせる以外、誰とも連絡を取らなかった。そんなある日、大学時代の友人から結婚式の招待状が届いた。それをきっかけに、私は久しぶりに故郷へ帰ることにした。結婚式には昔の同級生が大勢集まっている。久々の再会に花が咲き、思い出話で盛り上がっている。そんな中、誰かがふと圭佑の名前を口にした。「そういえば、日高と松井って昔すごくラブラブだったよね。もう結婚も近いんじゃない?」「そうか。次にみんなが集まるのは、お二人の結婚式のときかな」「そうそう。あれ?今日は一人なの?松井は?」別れたことを話したのは両親だけだった。他の人たちは、まだ何も知らない。でも、これはちょうど良い機会かもしれない。もう誤解されたままではいたくない。「数か月前に別れたの」その言葉が落ちた瞬間、背後から男の声が響いた。「別れてない!」振り返ると、圭佑が真っすぐこちらを見つめている。5年間付き合っていた頃は、1週間以上離れたことなんて一度もなかった。別れてから数か月。久しぶりに見る彼は、まるで何年も会っていなかったかのように遠く感じられた。胸が高鳴ることもない。残っているのは、不思議なくらい静かな気持ちだけ。怖いものだ。5年間、毎日そばにいて育てた愛情も、たった数か月で、跡形もなく消えてしまうのだから。さっきまで静かだった会場が、またざわつき始める。「なんだ、恋人同士のケンカか」さらに、誰かが圭佑に向かって言い放った。「松井、お前が折れてやれ。男なんだから、いちいち揉めるな」「そうそう。あとで泣きながら追いかけることになるぞ」私は胸の痛みを押し込め、小さく首を振った。もしみんなが本当の事情を知っていたら、きっとこんなふうには言わないだろう。でも、自分の傷を人前にさらす趣味はない。「少し失礼します」とだけ言って、その場を離れた。足早に歩き出した。背後では圭

  • 7度目の入籍で、彼はもう夫だった   第6話

    嘘で塗り固められた思い出なんて、残しておく価値はない。3年間つけ続けていた婚約指輪を外し、リビングのテーブルへそっと置いた。そしてスーツケースを引きながら、静かに玄関のドアを閉めた。圭佑から電話がかかってきたのは、私がホテルに着いたばかりの頃だ。去年、彼に言ったことがある。「風の気持ちいい場所へ行ってみたい」でもあのときも彼は、「忙しくて時間がない」と言って断った。私も、一人だけ旅行へ行って彼を家に残していく気にはなれず、その計画はそのままになっていた。けれど別れた今は、もう何も気にする必要はない。ネットでホテルを予約し、そのまま飛行機へ飛び乗った。ここは想像していたとおりの場所だ。花々が色鮮やかに咲き誇り、吹き抜ける風が張りつめていた心を少しずつほどいてくれる。荷物を置き、散歩へ出ようとしたところで、圭佑から電話がかかってきた。「悦子、どこにいるんだ?荷物が全部なくなってるし、俺たちの写真まで消えてるじゃないか!」その声には、怒りが滲んでいる。「圭佑、私たちはもう終わったの」窓の外を、一組の若い恋人同士が歩いていく。女の子は楽しそうに何か話し続け、男の子はカメラを構え、笑顔いっぱいの彼女へ何度もシャッターを切っている。その光景を見ているうちに、初めて圭佑と旅行した日のことを思い出した。それは付き合い始めてから1年も経っていない頃、何もかもが楽しくて、二人とも胸を躍らせていた。私は行く先々で、「これ撮って!」「あっちでも!」と写真をねだった。好きな人に撮ってもらうと、写真の写りが違うという話を聞いたことがある。あの旅で彼が撮ってくれた私は、どの1枚も生き生きと笑っていて、本当に幸せそうだった。私が満足そうに写真を眺めていると、彼は優しく頭を撫でながら笑った。「これから毎年、旅行に連れて行ってやる。俺は悦子専属のカメラマンだ」だから私たちは約束した。年に一度は必ず二人で旅をしよう、と。でも3年目から、彼は「忙しい」を理由に断るようになった。今なら分かる。空いていた時間はきっと、沙也加と旅行をしていたのだ。「どうして俺の話を聞いてくれないんだ?まだ怒ってるだけなんだろ?」圭佑の声で我に返った。私は小さく息をついた。「本気よ。圭佑と沙也加さんは法律上

  • 7度目の入籍で、彼はもう夫だった   第5話

    その瞬間、圭佑の表情が一気に崩れた。「どうして?俺は沙也加の体調が悪くなるのを避けたかっただけなんだ。それに、たかが紙切れ1枚だろ?悦子が俺を愛してるなら、入籍してるかどうかなんて関係ないじゃないか」最後には責めるような口調にまでなっている。まるで私が、理不尽なことで騒いでいるみたいに。あまりにも滑稽だ。5年間付き合っていた恋人は、実は3年前から他の女の夫だった。3年間も私を騙し続けていた。それなのに、自分のしたことを理解しろと言っている。「じゃあ、聞くけど。私に、圭佑の不倫相手になれって言うの?」圭佑の顔色が変わった。「悦子、ちゃんと説明しただろ。入籍は沙也加の願いをかなえるためだっただけだ。どうしてそんなに責め立てるんだ?」付き合って5年。彼がこんな顔をするのを見たのは初めてだ。昔、彼は胸を張って言っていた。「俺ほど穏やかな彼氏はいないだろ?」そのときの私は、笑顔でうなずいていた。でも今は沙也加のために、私へ怒りをぶつけている。きっと今までは、彼の譲れないものに触れていなかっただけなのだ。沙也加。彼女だけが、彼にとって何より大切な存在だ。私は静かに言った。「一つだけ聞きたい。沙也加さんと離婚してほしいと言ったら、どうする?」圭佑は言葉を失った。迷いから苦しみへ。その表情は何度も揺れ、やがて一つの決意へ変わっていった。「医者が言ってたんだ。沙也加は刺激を受けちゃいけない。悦子……どうしてそんなに冷たいんだ?人の命より、自分の気持ちのほうが大事なのか?」その声には深い失望が滲んでいる。まるで、ひどいことをしたのは私のほうだと言わんばかりに。その瞬間、5年間抱き続けてきた想いが、きれいさっぱり消え去った。5年かけて育てた愛情は、たった一言で終わってしまうものだった。そのとき、不意に着信音が鳴った。圭佑は慌てて電話へ出た。受話口から沙也加の取り乱した声が響いた。「もしもし、圭佑。私、交通事故に遭っちゃって……」最後まで話を聞くこともなく、圭佑は勢いよく立ち上がった。「場所を送れ。すぐ行く」そう言い残し、足早に玄関へ向かった。バタン、とドアが閉まる音だけが部屋に響いた。最後まで、一度も私の方を振り返ることはなかった。残され

  • 7度目の入籍で、彼はもう夫だった   第4話

    「知ってしまったのか?」その言葉を聞いた瞬間、圭佑の瞳が大きく揺れ、体までわずかに震えている。その反応を見つめながら、胸の奥に大きな石でも乗せられたように息苦しくなった。5年間積み重ねてきた想いのせいか、最後の最後まで、彼を信じたい気持ちを捨てきれずにいた。もしかしたら、沙也加の一人芝居なのかもしれない。写真だって加工されたものかもしれない。そんな淡い望みを、心のどこかで抱いていた。けれど、圭佑の反応が、その望みをあっさりと打ち砕いた。彼は本当に沙也加と入籍していたのだ。圭佑はぎこちなく口元を引きつらせ、慌てた様子で言った。「悦子、誰から聞いたんだ?俺は……」「自分じゃ気づいてないかもしれないけど、圭佑は嘘をつくときに耳たぶを触る癖があるの」私は彼の言葉を遮った。彼の伸びかけた手がぴたりと止まり、慌てて手を下ろすと、そのまま私の腰へ腕を回そうと近づいてきた。「違うんだ、悦子。ちゃんと話を聞いてくれ……」私は沙也加の動画を彼の目の前へ突きつけた。「だから、これが3年間にわたって入籍の約束を何度も破った理由なの?」彼の目をまっすぐ見つめながら、問いかけた。「悦子……俺には、ちゃんと理由があるんだ」そう言って、彼は私を抱きしめようとした。その姿を見て、私はかえって知りたくなった。いったい、どれほど立派な理由があれば、私を裏切って沙也加と結婚し、それを3年もの間隠し続けられるというのだろう。「3年前、沙也加が帰国したとき、一冊の日記を渡された。そこには、俺のことがびっしり書かれてて……あいつが子どもの頃からずっと俺を好きだったって、そのとき初めて知った。実は俺も、昔はあいつが好きだった。でも高校を卒業して海外へ行ったから、もう縁は終わったと思ってた。3年前になってようやく、自分が何を失ってたのか気づいたんだ。でも、その頃にはもう悦子と付き合ってた。だから沙也加との間には、子どもの頃の思い出しか残ってなかった。なのに、あいつががんだって聞かされて……最後の願いは、俺の妻になることだって言われて……それで俺は……」なるほど。動画のコメント欄に並んでいたとおりだ。なんて感動的な復縁ストーリーなのだろう。もし私が、この物語の脇役でさえなかったなら、きっと今ごろ、幾つもの試練を乗り

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