LOGINその代わりに、俺から一通の別れの手紙が届いた。そこには、わずか数行だけが記されていた。【藍那へ。あのとき、君は俺を弄んだ。だから今度は、俺が騙してやった。遠い街へ行く。探さなくていい。忘れてくれ】その手紙を読んだ藍那は、胸を押さえたまま鮮血を吐き、その場で意識を失い、倒れ込んだ。その瞬間になってようやく彼女は知ったのだ。希望を抱かせたあとで、すべてを奪われる苦しみを。一方の俺は、身分も連絡先もすべて変えた。飛行機に乗り込み、空へと飛び立ったとき、ようやく心は本当の意味で解き放たれた。「藍那……さようなら」俺はヨーロッパの小さな街で、ギャラリーを開いた。穏やかで静かな日々。ようやく手に入れた安らぎだ。そんなある日、久しく姿を見せなかったコメントが、また視界へ現れた。【和磨くん、どうしてそんなに冷たくできるの?藍那ちゃんは和磨くんがいなくなって、自殺を考えたんだよ!】【和磨を探すために、使える伝手はすべて使って、昼夜を問わず探し続けたの。過労で倒れてICUに入るほどだったんだから!】【会社もボロボロだ。仕事なんて放り出して、ずっと和磨くんを探してるんだ】【お願い……藍那はもう限界なんだよ……一度だけでも会いに帰ってあげられないの?】その文字を見つめると、胸の奥がわずかに痛んだ。それでも、どうしても許すことはできない。もし何もかも許してしまえば、これまで味わってきた苦しみは一体何だったのか。コメントは藍那ばかりをかわいそうだと言っている。俺のことは誰一人として気にかけてくれない。今でも傷は疼く。雨の日になればなおさらだ。痛みで眠れない夜には、本当に死んだほうがマシだと思ってしまう。どうして誰も、俺の味方になってくれなかったんだろう。俺には愛される価値なんてないかもしれない。そう思っていた。だが、その3日後、櫻井澪(さくらい みお)という女性と出会った。俺の痛みに、本気で心を痛めてくれる人だ。最初は、新しい恋なんて受け入れられなかった。それでも彼女は急かさなかった。藍那のように近づいたり離れたりすることもない。いつだって、揺るがない安心感を与えてくれた。両親にも友人にも、「彼氏だよ」と堂々と紹介してくれた。SNSには、俺たちの写真ばかりが並んでいる。「好きだよ」
「でもね……私は臆病でもあったの。和磨が私の冷たい態度に愛想を尽かして、もう好きじゃなくなってしまうんじゃないかって怖くて……だから何度も和磨を突き放して、傷つけて……そんなやり方でしか気持ちを確かめられなかったの。どうしてなのか、自分でもわからない。和磨と出会ってからの私は、おかしくなってしまった。すぐ不安になって、疑って、近づきたいと思うとかえって離れてしまう。全部、和磨が好きだったからなの……」そう言いながら、藍那は突然、床へ膝をついた。「今日からはもうプライドは全部捨てる。今度は私が、惨めになってでも和磨を引き止める。お願い……もう一度だけ、私にチャンスをくれないの?」俺は何も答えず、苦しそうに目を閉じた。藍那は顔を青ざめ、慌てて身を乗り出した。「和磨?どうしたの?」布団をめくると、俺の傷口から再び血が滲み出しているのが見えた。その光景が、彼女の胸を容赦なくえぐった。藍那は慌てて医師を呼び、大切なものを失いかけた子どものように取り乱して泣き崩れた。後悔に耐えきれず、自分の頬を思い切り打った。「私なんか……和磨、ごめんなさい。全部、私のせいよ!」医師を呼び寄せ、最も高価な輸入薬まで用意させた。「和磨……熱いから気をつけてね」薬も食事も、壊れ物を扱うように少しずつ口へ運んだ。それでもまだ足りないと思ったのか、できたばかりのネイルまで無理やり剥がし、傷に触れて痛ませないよう、そっと薬を塗ってくれた。「和磨……痛かったら、ちゃんと言ってね。お願いだから、抱かせてほしい。嫌われてるのはわかってる。でも寒くないようにしてあげたいの。本当にごめんね。和磨は昔から寒さが苦手だったのに……冷凍倉庫へ閉じ込めるなんてことまでした……本当にどうかしてたの。許してほしい……」だが俺は、激しい痛みのあまり再び意識を失っていた。もちろん、その言葉に答えられるはずもなかった。藍那は丸1か月、俺につきっきりで看病を続けた。自身も貧血を抱えながら、それでも無理を押して、一歩たりとも俺のそばを離れようとしなかった。ようやく俺の顔色が少し戻った頃、彼女は初めて安堵の息をついた。俺をそっと抱き寄せ、この1か月間に起きたことを静かに話し始めた。俺へ私刑を加えた者たちは、拘留された者もいれば、有罪判決を受けた者もいる。
俺は静かに目を閉じ、それ以上、奏を見ることはなかった。その態度が俺を傷つけたと思ったのか、藍那は奏の頬を容赦なく打ち据えた。「もういい加減にして!何度も言わせないで。奏のことは別に好きじゃないし、ただ利用しただけよ。一度だって、本気で想ったことなんてない!」そう言い放つと、ボディガードたちへ命じた。「この人を連れて行きなさい。今すぐ!」奏はなおも叫び続け、どうしても現実を受け入れようとしない。だが鞭がその体へ振り下ろされるたび、悲鳴が響き渡る。それでも藍那は一度も振り返らず、ただ俺のそばで付き添い続けた。その姿を見て、奏はようやく涙を流しながら、自分がただの捨て駒にすぎなかったことを思い知った。藍那は何度も何度も俺へ謝り続けた。その場で、この街でもっとも格式の高い宴会場を10か所も予約し、「好きな場所を選んでほしい」とまで言った。それでも俺は、一言も返さなかった。藍那の瞳が赤く染まり、一粒の涙が俺の手の甲へ落ちた。「和磨……どうすれば許してもらえるの?」俺はまっすぐ彼女を見つめ、静かに言った。「藍那、実は数日前に、一度だけ……君を許そうと思ったことがあった。君の秘密は、もう知ってる。あの部屋を開けて、中も全部見た。だから、本当は君のそばを離れるつもりだった俺の気持ちは揺らいだ。宴会場へ連れて行かれたとき、君がようやく俺と結婚してくれるんだと思った。あの瞬間、本気で許そうとした。だけど君は俺じゃなく、奏の手を取った。みんなの前で俺を笑いものにした。あれが、許そうとした最後の瞬間だった。あの一度を逃した以上、もう二度とそのチャンスは来ない」言葉をすべて言い終えたとき、ようやく胸の奥に残っていた藍那への執着がきれいに消えていった。――もう、この人のために落ち込むことも、傷つくこともない。その言葉を聞いた藍那は、全身の血の気が逆流するような衝撃を受け、その場で倒れそうになった。彼女は思いもしなかったのだ。俺がとっくにあの部屋の秘密を知っていたことを。そして、一度だけでも本当に彼女を許そうとしていたことを。あのとき、俺の手を取ってくれてさえいれば。あの式場で、俺との結婚式を選んでくれてさえいれば。すべてはやり直せた。それなのに彼女は、なお俺を試そうとし、やきもちを焼かせようとし
――もし、あんな芝居を打たなければ。奏のプロポーズなど気にせず、あそこまで好き勝手に振る舞わせなければ。もし、あとほんの少しでも早く駆けつけて、和磨をこの腕で守れていたなら。何もかも、違う結末になっていたのだろうか。そのとき、不意に手術室の扉が開いた。「患者さんが大量出血しています!至急、輸血が必要です!」藍那は弾かれたように駆け寄った。「私の血を使ってください!お願いです……どうか彼を助けてください!」青白く横たわる俺の顔を見るたび、胸は締めつけられるように痛んだ。血を抜かれ続けるうちに、藍那自身も顔色を失い、ふらつき始めた。医師は輸血の中止を勧めたが、彼女は首を横に振った。「私はどうなっても構いません……この人さえ助かるなら、どれだけ血を抜かれてもいいです……」3日間眠り続け、ようやく俺は目を覚ました。傷口が焼けるように痛み、息をするだけでも苦しい。目を開けると、藍那がずっとそばに寄り添っていた。苦しむ俺の様子を見て、その表情は痛みに歪んだ。彼女は鎮痛剤を手に取り、壊れ物に触れるような手つきで俺の口へ運んだ。「和磨……まだ痛いの?」俺は残りの力を振り絞って、彼女を突き放した。「藍那……出ていけ。もう二度と君の顔なんて見たくない……」藍那の瞳が深く揺れた。俺の手を強く握り締め、涙を浮かべながら言葉を重ねた。「和磨……ごめんね……本当にごめん。私は自分に自信がなくて、気持ちを伝える勇気もなかった。和磨が私を好きじゃなくなるのが怖くて……だから、あんなひどいことばかりして、和磨の気持ちを試そうとしてしまったの……ずっと聞きたかったんでしょう……愛してるって。今、ちゃんと言うよ。愛してる。愛していたのは、ずっと和磨だけ。奏の存在なんて、和磨をやきもち焼かせるための手段に過ぎなかった……和磨が気に入ってた式場より、もっと素敵な場所を見つけるから。お願い……和磨さえ望んでくれるなら、今すぐ結婚してもいい。本気よ。もう二度と婚約破棄なんて言わない。もう二度と試すようなこともしない……」その告白を耳にしたのは俺だけではない。病室の外で様子をうかがっている者たちも、誰もが言葉を失った。藍那はいつもプライドが高く、決して弱さを見せない女性だった。そんな彼女が、ここまで取り乱した姿を見
そう言い終えるよりも早く、塩水に浸された鞭が俺の体へ振り下ろされた。「ぁあっ!」焼けつくような痛みが全身を貫き、息すらできない。だがその人は手を止めようとせず、続けざまに二発目の鞭が叩きつけられた。肌が裂けるような激痛に震え、全身は血に染まり、逃げ出そうとしてもすぐに引き戻され、容赦なく鞭を浴びせられ続けた。宴会場の誰一人として俺を気の毒に思う者はいない。むしろ、この惨めな姿を見て笑っている。俺は怒りを込めて彼らを見据え、一語一語噛みしめるように言った。「藍那がこのことを知ったら、君たちを絶対に許さない!」だが、その言葉に返ってきたのは嘲笑だけだ。「何寝ぼけたことを言ってるんだ!長松さんがお前のことを一番嫌ってるのは誰でも知ってる!殴られてる姿を見たら、喜ぶに決まってるだろ!」「そうよ!長松さんが愛してるのは時田さんに違いないわ!あれだけ盛大な婚約式まで開いたんだから!あなたは一体何様のつもりなの?」「長松さんはお金持ちのお嬢様だぞ?お前みたいな身分違いの男を好きになるわけないだろ!夢を見るのも大概にしろ!」もう無理だ。冷凍倉庫へ閉じ込められたばかりの体は、とっくに限界を超えている。「時田……藍那が愛してるのは、俺なんだ。だから……もうやめさせてくれ。もし俺がここで死んだら……藍那は君を絶対に許さない……信じられないなら……藍那の部屋へ行ってみろ……あそこには……俺の写真しかない……」すると奏は、険しい目つきで俺を睨み返した。「藍那がお前なんかを好きなわけないだろ。立原、殴られすぎて頭がおかしくなったんじゃないのか?」周囲の人々も口々に笑い始めた。「長松さんに付きまとい続けたせいで、愛されてる妄想まで始まったか!」「どれだけ思い込んでも無駄だよ!長松さんが愛してるのは時田さんで、立原じゃないわ!」この街で、藍那が俺を愛していると信じる者は、一人もいない。――藍那、見えているか。君はみんなを完璧に騙し切った。望みどおりになったな。血だまりの中へ倒れ込んだ。意識が遠のくにつれ、これまでの記憶が走馬灯のようによみがえり始めた。死ぬ前触れだ。薄れゆく意識の中、最後に見えたのは、藍那が何もかもかなぐり捨てるように、俺のもとへ駆け寄ってくる姿だ。宴会場にいる者たちは、まだ事の重大さに
俺は息をのんだ。何が起きたのか理解する間もなく、藍那が突然駆け寄ってきて、俺を押しのけた。そして奏の様子を心配そうにうかがうと、怒りに満ちた目で俺を睨みつけた。「和磨が奏を突き落としたの?」俺は必死に首を振った。「違う!俺じゃない!自分からわざと転げ落ちたんだ!俺に罪を着せようとしてるだけだ!」だが奏は苦しそうにうめきながら、俺を指差した。「藍那、俺を突き落としたのは立原だ!式場を俺に譲ったことを恨んで、俺を殺そうとしたんだ」俺がさらに言い返そうとした、その瞬間。パンッと乾いた音が響いた。藍那の平手が、俺の頬を強く打った。「もういい!和磨じゃなかったら誰なの?私と奏が婚約を結んだのが気に入らなくて、殺そうとしたんでしょう!やきもちを焼いてるのはわかってる。でも、ここまで卑劣な人間だなんて思わなかった。もし奏に何かあったら、絶対に許さないから」そう言い放つと、彼女はボディガードたちへ命じた。「この人を冷凍倉庫へ閉じ込めておきなさい。そこで頭を冷やして反省させて」頬の痛みを感じながら、俺は信じられない思いで彼女を見つめた。「藍那!違うって言ってるだろ!どうして防犯カメラを見ようともしないんだ?どうして俺の話を信じてくれない……」だがボディガードたちは俺の腕を乱暴に掴み、そのまま冷凍倉庫の中へ放り込んだ。重い扉が閉まる、その最後の一瞬。藍那は奏を支えたまま、少しずつ俺から遠ざかっていった。俺は絶望の中、壁を蹴りつけ、何度も扉に体当たりしたが、びくともしない。体温はどんどん奪われ、全身が激しく震え始めた。そのとき、また視界にコメントが流れた。【藍那ちゃんは表向きは怒ってるけど、本当はめちゃくちゃうれしいんだよ!和磨くんがやきもちを焼いてくれたって思ってるから!】【本当は藍那は罰したいなんて思ってないよ。彼女と奏は何もないし、全部和磨をやきもち焼かせるためのお芝居。でも最後まで演じ切らなきゃいけないから、和磨には我慢してもらうしかないんだ】その文字を見つめながら、俺は自分の目がおかしくなったのではないかと思い始めた。――藍那は、本当に俺のことを愛しているのか。もし本当にそうなら、どうしてこんな残酷なやり方で俺を傷つけられるんだ。寒さに耐えきれず、体を丸めた。冷気