Mag-log in(クソッ……挟み撃ちかよ……!)
前には地球再生局の制服を着た女、後ろには高性能な戦闘ドローン。そして、俺の傍らには、まだ状況を理解できずに蒼い瞳で俺を見つめている、美しいアンドロイド。人生最大のお宝を見つけたはずが、どうやら最悪の形で幕を開けたらしい。
「そこまでよ、ジャンク屋」女は、アサルトライフルの銃口を微動だにさせず、冷静な声で言った。「その『遺物』は、私が回収する」
「悪いが、そいつは俺が見つけたんだ。早い者勝ちってのが、この世界のルールだろ?」俺は、アンドロイドを背後に庇いながら、軽口を叩いて時間を稼ごうとした。だが、俺たちの交渉を待ってくれるほど、機械の兵隊はお行儀が良くなかった。
──タンッ!タンッ! 背後のドローン部隊が、警告なくコイルガンを発射してきた! しかも、その銃口は俺だけでなく、前方の女にも向けられている! 「ちぃっ!」彼女は舌打ちすると、咄嗟に近くの瓦礫の陰へと飛び込んだ。 「こいつら、俺たちごとやる気か!」俺もアンドロイドを抱え、崩れかけた壁の陰へと転がり込む。背後のドローン部隊が、警告なくコイルガンを発射してきた! 複数機から放たれる弾丸が、俺たちが隠れる崩れかけたコンクリートの壁を容赦なく抉り、火花と共に破片を撒き散らす。この壁も、そう長くはもたないだろう。
「おい、あんた!」俺は、数メートル離れた瓦礫の山に隠れる彼女に向かって叫んだ。「あんたの目的もこいつ(アンドロイド)なんだろ!? このままじゃ、あんたのお宝も、ドローンの餌食になるぜ!」
女は、瓦礫の隙間からこちらを鋭く睨みつけた。彼女も状況は理解しているはずだ。「……一時休戦よ、ジャンク屋!」彼女は叫び返してきた。「あのドローンを黙らせるのが先決! 援護しなさい!」
「へいへい、仰せのままに!」 奇妙な共闘関係が、一瞬で成立した。彼女はプロの兵士だった。遮蔽物から遮蔽物へと、流れるような動きで移動しながら、アサルトライフルで的確にドローンへ反撃を加えていく。「すげえな、あの女……!」
俺だって、負けてはいられない。「おい、お前(アンドロイド)! 自分の身を守ってくれ!」俺は彼女にそう言うと、背負っていたプラズマカッターを起動させた。 (何かないか……!) 俺は、ジャンク屋の知識を総動員した。この区画の動力源……確か、古い予備電源のコンデンサが、あの通路の先にあったはずだ! 俺は、わざとドローンをその通路へと誘い込むと、壁のメンテナンスハッチを蹴破り、内部の巨大なコンデンサにプラズマカッターを突き立てた! 「吹っ飛べ!」 コンデンサが甲高い音を立ててショートし、強烈な電磁パルスを放つ! バチバチッ!と青白い光が走り、追ってきたドローン数機が、火花を散らして機能停止した。「よし!」
その時だった。俺の死角から、別のドローンが音もなく現れ、その銃口を真っ直ぐに俺へと向けた! 「しまっ……!」 彼女の援護も間に合わない! 絶体絶命の、その瞬間。 ──ピュン! 俺の腕の中にいたアンドロイドが、俺を守るように、無表情のまま自らの右腕を俺の前に突き出していた。その白く滑らかな人差し指の先端から、細く、しかし鋭い赤いレーザー光線が放たれ、ドローンのカメラアイを寸分の狂いもなく撃ち抜いていたのだ! カメラを破壊されたドローンは、明後日の方向へ乱射しながら壁に激突し、動かなくなった。 「……マスターユーザーを守ります」俺は、目の前で起こったことを、一瞬、理解できなかった。そして、すぐに気づく。
(そういや……。起動時に、マスターユーザーがどうとか言ってたな……。俺を……守ってくれるのか?) アンドロイドを起動した時の、あの無機質な音声が頭の中で蘇る。「マスターユーザーとして登録します」──その言葉の意味を、今、初めて実感として理解した。彼女は、ただの「お宝」ではない。俺の身を守るために、自らの「今よ、ジャンク屋! ぼさっとしないで!」イリスの叫び声で、俺ははっと我に返った。
戦闘の衝撃で、遺跡自体の崩壊が始まっていた。天井から、巨大なコンクリートの塊が次々と落下してくる。
「ダメだ、キリがない! ここからずらかるぞ!」俺は叫んだ。
「出口はこっちよ!」彼女が、俺たちが来たルートとは別の、サービス用の通路らしき方向を指さす。俺たちは、今度は俺がアンドロイドの手を強く引き、彼女を守るようにして、崩れ落ちる瓦礫とドローンの銃撃を掻い潜り、必死で走った。咄嗟に右へ避けた直後、左側の通路が完全に崩落した。相変わらず、俺の悪運の強さは、こういう土壇場で仕事をする。
息も絶え絶えに、俺たちはなんとか遺跡の外へと脱出した。背後で、研究施設が完全に崩壊する轟音が響き渡る。薄暗い遺跡の中から、真昼の眩しい光が目に飛び込んできて、思わず目を細めた。「……はぁ……はぁ……」
俺は、オンボロの装甲バギーを隠しておいた場所までたどり着くと、アンドロイドを助手席に押し込み、自分も運転席に滑り込んだ。女も、ためらうことなく後部座席へと飛び乗る。 アクセルを目一杯踏み込む。オンボロの装甲バギーは、悲鳴のようなモーター音を上げ、車体全体をガタガタと軋ませながら砂塵を巻き上げ、どこまでも続く荒野へと駆け出した。しばらくの間、車内には俺と、後部座席の彼女の荒い息遣いと、甲高いモーターの駆動音、そしてタイヤが地面を叩く音だけが響いていた。助手席のアンドロイドは、ただ静かに前を見つめている。背後の遺跡からは、もう追ってくる気配はない。
「……これで、話は終わりじゃないわよ」後部座席から、彼女の冷静な声が飛んできた。「状況は変わらない。そのアンドロイドは、地球再生局が管理すべき危険な遺物だわ」
俺はバックミラー越しに彼女を睨みつけた。以前の俺なら、ここでハッタリをかましたかもしれない。だが、今は違う。 「へっ、言うじゃねえか。あんた一人で、あのアンドロイドをどうやって奪うってんだ?」 俺の言葉は、もう単なる強がりではなかった。腕の中で彼女が俺を守った感触が、まだ残っている。 俺の言葉のニュアンスの変化に気づいたのか、彼女は一瞬言葉に詰まったようだった。「……今は、ね。でも、あのドローンを送ってきた連中も、そしておそらく他の勢力も、彼女を狙っている。あなた一人で、アレだけの連中から守り切れると思ってるの?」 その言葉に、俺はぐっと詰まった。確かに、彼女の言う通りだ。 「……目的地は?」彼女が尋ねる。 「ジャンクション・セブンだ」俺は、吐き捨てるように言った。「あそこなら、ゴロツキも、企業の犬も、連邦の役人も、ごちゃ混ぜだ。しばらく身を隠すには、うってつけのクソ溜めさ。それに……こいつの価値を正しく判断できて、高く買ってくれる物好きな連中もいるかもしれねえ」「……無法都市ね。合理的ではあるわ」彼女はため息をついた。「いいでしょう。そこまで同行する。ただし、監視させてもらうわよ。変な気を起こさないことね、ジャンク屋」
「ザックだ」俺は、乾いた荒野の先、陽炎が揺れる地平線を見つめながら言った。「俺の名前は、ザック・グラナードだ」 バックミラー越しに、彼女の目がわずかに見開かれるのが分かった。一瞬の沈黙の後、彼女は静かに、しかしはっきりとした声で答えた。 「……イリス。イリス・ソーン。地球再生局のジャンクション・セブンに到着してから、二日が過ぎた。俺たちは、マダム・プラムが用意した店の最上階にあるスイートルームで、賓客として扱われていた。豪華な食事、清潔なシャワー、そしてふかふかのベッド。しかし、それは金色の鳥かごにいるのと同義だった。部屋の外には常に屈強な用心棒が見張っており、俺たちはプラムの許可なく、一歩も外へは出られなかった。 この二日間で、イリスは俺の肩の傷の手当てをしてくれた。そして、俺はエイダの簡単なメンテナンスを行い、俺たちは互いの過去の断片に触れ、三人の間には以前とは違う、奇妙な連帯感が生まれていた。だが、この状況が長く続くはずもない。「……本当に、買い手なんて見つかるのかね」 俺は、部屋の隅で静かに待機しているエイダを見ながら、警戒を解かないイリスに呟いた。 「あのマダム・プラムという女、信用できないわ。彼女自身が、一番の買い手かもしれない」イリスは冷静に答えた。 その時、部屋のドアが開き、プラムの店の用心棒が現れた。 「マダムがお呼びだ。取引の準備ができたそうだ。ついてこい」 俺たちが案内されたのは、店の地下にある、かつてワインセラーだった場所を改造したような、広大な空間だった。中央にはスポットライトが当てられ、その中心にエイダを立たせるよう指示される。俺とイリスは、少し離れた壁際に立たされた。 やがて、複数の入り口から、三組の客人が姿を現した。 一方からは、オムニテック社のロゴがプラチナで刺繍された、いかにも高価そうなダークスーツを着こなした、爬虫類のように冷たい目をした男。彼の背後には、護衛として数機の最新鋭軍用ドローンが、低い駆動音を立てながら静かに浮遊している。 もう一方から現れた男の姿を見て、俺は全身の筋肉が強張るのを感じた。身の丈二メートルはあろうかという巨躯に、歴戦の猛者の風格を漂わせる男――ガシュレー・ウォード。「イージス・セキュリティ」のリーダーだ。 そして、最後の入り口からは、生命維持装置と思しき機械が一体化した豪華な装飾の施されたフローティングチェアに乗った老人が、全身をサイボーグ化した護衛を伴って現れた。軌道戦争時代の遺物を集めているという、闇市
マダム・プラムが用意したスイートルームは、無駄に豪華で、そして息が詰まるほど静かだった。けばけばしい趣味のベルベットのソファ、壁にかかった出所不明の絵画、そして分厚いカーペットが、部屋の主の悪趣味と権力を同時に示しているようだった。窓の外からは、ジャンクション・セブンの喧騒とネオンの光が、防音ガラス越しにぼんやりと届いている。だが、この金色の鳥かごの中で、俺たちの間には重い沈黙が流れていた。「……じっとしてなさいよ」 イリスが、俺の左肩の傷口を消毒しながら、呆れたような、しかしどこか優しい声で言った。俺はシャツを脱ぎ、部屋のソファに腰掛けている。彼女は、手際よく、そして驚くほど丁寧に、俺の傷を手当てしてくれていた。 「……悪いな」 「本当に馬鹿なことをしたわね。あんな無防備に飛び出して……。死んだら、あなたの言う『借金』も返せないでしょうに」彼女は、軽口を叩きながらも、その指先は真剣だった。 「……うるせえよ」俺は、そっぽを向いて悪態をついた。 だが、分かっていた。彼女が俺を本気で心配してくれていることも、そして、彼女の的確な援護がなければ、俺は今頃ここにはいなかっただろうということも。 手当てが終わり、イリスが包帯を固く結びながら言った。 「これでよし。しばらくは安静にしてなさい」 「ああ、助かった」俺は礼を言うと、今度は部屋の隅で静かに座っているエイダの方へ向き直った。「さて、次はあんたの番だ」 エイダは、先の戦闘の衝撃で、腕の関節部からいくつかの細いケーブルが剥き出しになっていた。大した損傷ではないが、放置すれば機能不全に陥るかもしれない。俺は、いつも使っている工具セットを取り出し、彼女の前に膝をついた。 「へぇ……あなた、本当に修理できるのね」イリスが、少し感心したような声で言った。 「これでも、プロのジャンク屋なんでな」俺は得意げに答えながら、エイダの滑らかな腕のパネルを慎重に開けた。中には、まるで宝石を散りばめたかのように、無数の光ファイバーと精密な基盤が複雑に、しかし美しく配置されている。旧時代の、俺たちが普段目にするガラクタとは次元が違う、芸術品のような内部構造だ。「こ
オンボロの装甲バギーで荒野を走ること半日。俺たちは、無法都市「ジャンクション・セブン」の巨大な、錆びついたゲートの前にたどり着いた。軌道戦争時代の高速道路の第7ジャンクション跡地に、難民やならず者たちが勝手に寄り集まってできた、連邦の法の光も届かない巨大なスラム街。だが、ここにはモノも、情報も、そして欲望も、世界中のあらゆるものが流れ着く。「……ひどい場所ね」 後部座席から、イリス・ソーンが吐き捨てるように言った。彼女のようなエリート様には、この街の混沌と活気、そして腐臭は我慢ならないだろう。「アンタみたいな『お上』の人間にはな。だが、ここじゃ誰も身分なんて聞きやしない。重要なのは、腕っぷしか、金か、あるいは使える『情報』を持ってるかどうかだ」俺はそう言うと、ゲートの自警団に慣れた様子で少額のチップを渡し、バギーを街の中へと進めた。 途端に、様々な言語の喧騒と、どこかの店から大音量で流れる音楽、そしてスパイスと機械油と得体の知れない何かが混じり合った独特の匂いが、俺たちを包み込んだ。空には無数のネオンサインが瞬き、そのけばけばしい光が、薄汚れた路地や、サイバネティクス化された体で闊歩する人々、そして路肩で怪しげな商品を広げる露天商たちを、まだらに照らし出している。助手席のエイダは、その混沌とした街の景色を、相変わらず無表情なまま、その蒼い瞳に映していた。 俺たちが向かったのは、街の中心部でひときわ派手なネオンを輝かせている店、「パレス・プラム」だ。表向きは高級クラブだが、その実態は、このジャンクション・セブンを裏で牛耳る情報屋兼、違法な高利貸し、マダム・プラムの城だった。俺の借金の債権者でもある。 店の中に一歩足を踏み入れると、外の喧騒が嘘のような、甘ったるい香水の匂いと、紫煙が漂う退廃的な空間が広がっていた。薄暗い照明の中、あちこちでけばけばしいドレスを着た女たちが、金のありそうな商人や、明らかに裏社会の人間と見える男たちに媚を売っている。その周囲を、体格の良い屈強な用心棒たちが鋭い目つきで監視していた。ジャズのような、しかしどこか気怠い音楽が低く流れている。俺は、その中をイリスとエイダを連れて、まるでモーゼが海を割るかのように、堂々と進んでいく。
「断る。こいつは俺の獲物だ。誰にも渡す気はねえよ」 俺の言葉が、乾いた荒野の引き金になった。「……確保しろ」 イージス・セキュリティのリーダー格の男が短く命じると、傭兵たちが一斉にアサルトライフルを発射してきた! ──ダダダダッ!「伏せろ!」 イリスの叫び声と同時に、俺はエイダを助手席の床に押し込み、自分も運転席のドアを盾にして身をかがめた。バギーの装甲に、弾丸がカンカンと甲高い音を立てて弾かれる! 「クソっ! やる気か、あいつら!」 「最初から交渉する気なんてなかったのよ!」イリスは、バギーの後部座席から、巧みに身を乗り出して応戦している。「数は向こうが上よ! このままじゃジリ貧だわ!」 彼女の言う通りだった。イリスの射撃は正確だが、多勢に無勢。じりじりと包囲網を狭められ、身動きが取れなくなっていく。 その時だった。俺の隣で、それまで人形のように静かだったエイダが、すっと顔を上げた。その蒼い瞳が、こちらに近づいてくる傭兵の一人を、真っ直ぐに捉える。 『マスターユーザーに脅威。排除します』 「おい、エイダ!?」 俺が止める間もなく、エイダは右腕を突き出した。その白く滑らかな人差し指の先端から、細く、しかし鋭い赤いレーザー光線が放たれた! ──ピュン! レーザーは、傭兵が構えていたアサルトライフルを正確に撃ち抜き、その手から弾き飛ばす! 「なっ!? うわっ!」 武器を失い、怯んだ傭兵の足元に、イリスの正確な射撃が突き刺さる。彼は体勢を崩し、遮蔽物の陰へと後退した。 (こいつ……本当に俺のために……) だが、その一瞬の攻防で、別の傭兵が俺たちの死角に回り込んでいた! 「しまっ……!」 そいつが、バギーの助手席──エイダがいる場所──に、正確にライフルを向けているのが見えた! 考えるより先に、身体が動いていた。 「危ねえ!」 俺は、再びエイダの前に自分の身体を割り込ませた。 ──ガッ! 衝撃。左肩に、焼けるような熱と、鈍
オンボロの装甲バギーは、どこまでも続くかのような荒野をひた走っていた。昨夜の戦闘と脱出劇の興奮が冷め、車内には気まずい沈黙が流れている。俺は運転に集中し、後部座席の女エージェント──イリス・ソーンは、時折俺と、助手席に座るエイダを監視するように、鋭い視線を向けていた。「あなたのやっていることは無謀よ」 沈黙を破ったのは、イリスだった。その声は、冷静だが明確な非難を含んでいた。「あなたにも分かるはずよ。このアンドロイドは、いかにも機械的なデザインのものとは違う、明らかに高い技術を投入されて作られているわ。何ができるのか、分かったもんじゃないわ。それに、これを手にするために無茶なことをするのはあなた一人ではすまないはずよ。だから地球再生局に譲渡すべきよ。一攫千金なんて考えている場合じゃないわ」「正論だけじゃ腹は膨れないんだよ、エージェント様」俺は、バックミラー越しに彼女を睨みつけ、皮肉と怒りを込めて反論した。「俺には俺の事情がある。それにこいつはただのアンドロイドだ。話だってできるし、俺を守ってくれた。危険な『遺物』だって決めつけるのは早計だろ?」 しかし、俺は心の中でエイダを見つけたポッドの制御パネルに書かれた文言を思い出していた……。 『これを扱う者は、その手に世界の天秤を乗せる』 俺は、努めて考えないように頭を振った。しかし、イリスはまだ言い足りなかったようだ。「……そうやって、油断したジャンク屋を何人も見てきたわ」イリスは、ふっと表情を消し、冷たい声で語り始めた。「一攫千金を夢見て、遺物の『声』に耳を傾けて、破滅していった連中をね」 「なんだそりゃ、脅しか?」 「忠告よ」彼女の声は、温度を失っていく。「……昔、あなたみたいな腕利きのジャンク屋がいたの。彼も軌道戦争時代の施設から、それは美しいエネルギーコアを見つけた。まるで磨き上げられたサファイアのように、内側から澄んだ青い光を放ち、耳を澄ますと、心地よいハミングのような音を立てていたんですって」 イリスは、まるでその光景を思い出すかのように、遠い目をして続けた。 「男はそれに魅入られた。これを売れば大金持ちになれると狂喜し、誰にも渡すものかと、自分の
オンボロの装甲バギーは、軌道戦争が残した広大な傷跡──見渡す限り赤茶けた大地が広がる荒野をひた走っていた。かつてここにあったであろう街や森は跡形もなく、時折、奇妙にねじれた植物や、3本足のビッグホーンシープ、風化してねじ曲がった金属の残骸が、墓標のように突き出しているだけだ。さきほどの戦闘と脱出劇の興奮が冷め、車内には気まずい沈黙が流れている。 俺は運転に集中し、後部座席の女エージェント──イリス・ソーンは、リストバンド型のスマホで何やらメッセージをやり取りしていた後、唐突に「また応援は出せないって? ……いい加減にしてほしいわね」と悪態をついた後、コホンと咳払いをした後何もなかったように、俺と助手席に座るアンドロイドを監視するように、鋭い視線を向けていた。 当のアンドロイドは、ただ静かに、窓の外を流れる荒涼とした景色を眺めている。その美しい横顔からは、何の感情も読み取れない。 数時間、そんな状態が続いた後、不意に彼女が口を開いた。その声は、相変わらず感情の起伏がない、澄んだ声だった。 「……ココは私の知る北米とは異なります。……現在位置を教えてください」「現在位置、ねぇ」俺はバックミラーで彼女を見ながら、自嘲気味に笑った。「地獄のど真ん中、とでも言っておくか。北米グレートプレーンズ放射線地帯の、まだマシな方の外れだよ」 すると、後部座席のイリスが、俺の言葉を補足するように、冷静な声で説明を始めた。 「正確には、統一歴64年現在の、旧カンザス州セクター4。軌道戦争によって、この一帯は広範囲に汚染されました」 「軌道戦争……? 私の記録には、その戦争のデータがありません」 「だろうな。お前さん自身が、その戦争の真っ只中に作られた『遺物』なんだからな」俺は、少し皮肉を込めて言った。 「軌道戦争ってのは、要するに超大国と呼ばれた国々が、十年も続けたクソみてえな世界大戦だよ。おかげで地球の十分の一は汚染されて、俺たちみてえなジャンク屋が、あんたみたいな『遺物』を漁って暮らす羽目になったのさ」 俺の乱暴な説明に、イリスが眉をひそめながら、さらに公式な見解を付け加える。 「軌道戦争によって、それまでの国家体制は