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10.DISTANCE

Auteur: 琉斗六
last update Date de publication: 2026-01-11 22:00:42

 次に目を開けた時に見えたのは、キラキラした天国でもなければ、真っ暗な地獄でもなく──。

 灰色の壁とシミの付いた天井が見える部屋の中で、消毒薬のニオイがプンプンするベッドに寝かされていた。

「いっっってぇ!」

 なにがなんだか良く解らないで、体を起こそうとした瞬間に、まるで腹を刺された(?)ような激痛が走る。

「絶対安静だ、動くんじゃない」

 聞き覚えのある声にそちらに振り返り、やっぱりそれが間違いなく真澄サンだとわかった瞬間、俺はやっぱりココは天国なんじゃないかと思って、もう一回飛び起きそうになった。

「いってええええ〜!」

「だから、動いたら駄目だと言ってるだろう」

 スッと伸ばされた腕が俺の肩を掴み、ベッドに体を横たわらせる。

 真澄サンは、掛布とんを直してくれてから、改めて俺の顔を覗き込んだ。

「絶対安静だと言われたが、傷はさほど深くないらしい。静かにしていれば命に別状ないそうだ」

「真澄サン! なんで真澄サンがココに?」

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  • DISTANCE   エピローグ

    「なんか、グッチってば知ってる顔してるね」「まぁ、別件の話で、ちょっと小耳に挟んだだけなんだけどな。ハッチが付き合ってたあのクガとか言う電信柱、ハッチとのコトがカミサンにバレて、ハッチと手切れになった……ってな経緯は、弁護士サンに念書まで書かされたハッチの方がよく知ってるだろうけど……」「けど、なにさ?」「カミサンってのが、勤め先の専務だか常務だかの娘だったから、さすがに表沙汰にはならなかった……つーか、新婚早々の自分の娘にキズなんか付けたくなかったんだろうな。表向きには栄転……ってカッコで本社に転勤になったんだが、これが実は24時間監視付きってヤツになってるんだとさ」「……何でそんなコト、オマエが知ってるんだよ?」 思わず訊ねた俺に、グチ金はあの爬虫類っぽい感情の見えない顔に、悪魔的な笑みをニイ〜っと浮かべてみせる。「そりゃ、蛇の道はヘビってヤツさ」「グッチにお金返すのが大変なヒトが、お金になりそうな情報くれるんだって!」「ハッチ、そーいうコトはペラペラ喋るモンじゃないぜ」 嬉々として語るハッチの頭を、グチ金が人差し指の関節でコツコツと叩いた。「あ、そうか」 てへっとハッチは舌を出したが、意外にも俺の知りたいコトを全部グチ金に教わってしまった。「さてっと、俺はそろそろ事務所に戻るぜ。ミツロー、カガミンが来たらヨロシク言っておいてくれ」「ああ、うん」 グチ金は立ち上がると、やっぱり爬虫類みたいにあまり気配を感じさせずにスウッと出て行った。「じゃあ、イオリ。いつから勤務できる?」「別に、今日からで構わないけど。勤務時間ってどんな感じ?」「うん、開店の五時から十一時までのコが抜けちゃったから、そこに入って貰えると助かるな」「OK。じゃあ夕方になったら、また顔出すよ」 俺はマスターに礼を言って、DISTANCEを後にした。*D

  • DISTANCE   §

     俺は自分が商売をしていた時に、「キミだけだよ」って言葉を切り札にしていた。 考えてみれば、結局は自分がそう言って欲しかったから、それを信奉していたのかもしれない……。 だがともかく、俺はすっかりミイラ取りがミイラになってしまい、商売をもう続けられなくなってしまった。 もっとも、それは真澄サンの部屋を飛び出したあの時から既に、そうだったワケだけど。 とはいえ、あの時と違って今の俺は気力も体力も充実しちゃっているし、以前のようにただ真澄サンの収入をアテにするような生活はしたくない。 とゆーか、それこそたまには俺が真澄サンにゴチソウしたり、サプライズのプレゼントを用意したり……とか、してあげたいと思う。 となったら、ちゃんと勤めを持って、ちゃんと収入を得なければならない。 とはいえ、真澄サンと言う本命中の本命がデキてしまったってのに、今更水商売をする気には全然なれなかったから、皿洗いでもなんでもいいから真っ当な仕事が欲しかった。 だけど俺は、水商売とかジゴロ以外の仕事なんてしたことがないし、そもそも変な知り合いは多いが、真っ当な知り合いはほとんどいない。 結局、変な知り合いの仲間ではあるが、真っ当な仕事の方にも顔が利くであろうDISTANCEのマスターを頼ることにした。「なんだよ、イオリ。久しぶりじゃん?」 DISTANCEには、先日カガミンが俺を連れて行ってくれた時と同じように、マスターがハッチに飯を食わせていたが、残念ながらカガミンはいなかった。 カガミンがいなかったことよりももっとガッカリしたのは、そこでハッチと一緒に飯を食っていたのが選りに選ってグチ金だったコトだ。 しかし、グチ金如きに負けて引っ込む気はなかったので、俺はマスター招かれるまま中に入った。「食事は?」「うん、済ませてきてる」 俺は、ハッチを挟んで、グチ金と離れた方のスツールに座る。「じゃあ、どうしたの?」「うん、ちょっと、マスターに仕事紹介して貰おうと思って」「仕事? でも、俺が紹

  • DISTANCE   §

     退院の日は、真澄サンが仕事を休んで迎えに来てくれた。 病院の出口にはハイヤーが待たされていて、真澄サンに促されるまま俺はその車に乗り込む。 もちろん、退院の手続きも、入院の諸費用も、全て真澄サンが一手に引き受けてくれた。 そしてハイヤーが俺達を降ろしたのは、真澄サンのマンションの前だった。 俺が何かを問う隙もなく、真澄サンはさっさと荷物を降ろし、エレベーターに乗る。 そしてそのまま、何の迷いもなく自室の前に立ち、玄関の扉を開いて、真澄サンは俺に中に入るように促してくる。「あの、真澄サン……?」「どうした? 早くしろ」 この状態で、真澄サンに今更なにかを訊ねることもできず、俺はそのまま中に入った。 部屋に着くと真澄サンは、自室へ着替えに行ってしまった。 そしてラフな服装でリビングに戻ってくると、呆れたような顔をする。「なにをそんなところで突っ立っているんだ?」 ソファに腰を下ろし、真澄サンは俺に座るように促してきた。「ああ、そうだ。これを返しておこう」 おずおずと隣に座ると、真澄サンは俺にあの時この部屋に忘れていった時計とケータイなどを手渡してくれた。「本当のことを言うとな、イオリがこれを取りに来てくれたらな……と、思っていた」「なら、連絡をくれれば良かったのに」 言ってしまってから、酷く身勝手なことを言ってるな……と思って、思わず真澄サンの顔色を窺ってしまったが。 真澄サンはそんなのを気にするふうもなく、困ったような顔で首を左右に振ってみせる。「実は、連絡をしようと思ったんだ。だけど、考えてみたら俺は、イオリの携帯の番号しか知らない。西新宿に住んでいるって話は聞いていたけど、ちゃんと住所を知っているわけじゃなかったから。でも、唯一の連絡手段はこの部屋にあるから……」「そうだね、ゴメンナサイ。今度は、ちゃんと住所を教えます」「あ…&helli

  • DISTANCE   §

    「軽口叩いてくれるぐらいなら、安心だ。でも、聞けばあの加害者はただの通り魔じゃなくて、イオリに怨恨があるらしいじゃないか? ちゃんと向こうに謝って、もう二度と路上で刺されるようなことが無いように気をつけるんだぞ」 慌てて言い繕おうとした時、扉にノックの音がした。 真澄サンは体を起こして、返事をしながら扉を開ける。 そしてしばらくそこで話をしてから、扉を閉じて戻ってきた。「看護師さんが、俺はそろそろ帰ってくれってさ」「ええっ、真澄サン、帰っちゃうの?」「バカ、そんな心細そうな顔をするな。いい大人のクセに。おとなしくしていれば、一週間ぐらいで退院になるから、ちゃんと治療に専念するんだぞ。俺も、仕事帰りにできるだけ寄るようにするから」「はぁい」 身支度を調えた後、真澄サンは俺の頭に手を乗せて、ぽんぽんと軽く叩いてから部屋を出て行った。 モノスゴイ偶然のなせる技で、俺は奇跡的に真澄サンとの再会(?)を果たし、しばらくはその浮かれ気分を満喫していたが。 麻酔から覚めたばかりでは、さほど眠くもならず、どうやら真澄サンが手配してくれたらしい病室はありがたい個室で、人の気配を感じることもない。 オマケに自力で起き上がることもできない……とあっては、後はただ天井を眺めているほかはなかった。 真澄サンが俺の元に戻ってくれたのは、確かにモノスゴク嬉しかったし、それはもう諸手を挙げて大喜びするような一大ニュース……だったけれど。 だけどその反面で、俺は考えてしまったのだ。 あんなふうに、一方的に俺が悪い状況でさえ、真澄サンは自分の非を認めて、俺に謝罪をしてくれた。 真澄サンを失った時に、俺は生まれて初めて酷い喪失感と挫折感、それに絶望感を味わった。 真澄サンに出逢う前、俺がケイタに別れを切り出した時に、ケイタに殴られて入院した。 あの時は、こことは比べものにならない大部屋で──。 似たような病院の天井を眺めて、ずうっとケイタの無礼に対して腹を立てていた。 でも、今は──

  • DISTANCE   10.DISTANCE

     次に目を開けた時に見えたのは、キラキラした天国でもなければ、真っ暗な地獄でもなく──。 灰色の壁とシミの付いた天井が見える部屋の中で、消毒薬のニオイがプンプンするベッドに寝かされていた。「いっっってぇ!」 なにがなんだか良く解らないで、体を起こそうとした瞬間に、まるで腹を刺された(?)ような激痛が走る。「絶対安静だ、動くんじゃない」 聞き覚えのある声にそちらに振り返り、やっぱりそれが間違いなく真澄サンだとわかった瞬間、俺はやっぱりココは天国なんじゃないかと思って、もう一回飛び起きそうになった。「いってええええ〜!」「だから、動いたら駄目だと言ってるだろう」 スッと伸ばされた腕が俺の肩を掴み、ベッドに体を横たわらせる。 真澄サンは、掛布とんを直してくれてから、改めて俺の顔を覗き込んだ。「絶対安静だと言われたが、傷はさほど深くないらしい。静かにしていれば命に別状ないそうだ」「真澄サン! なんで真澄サンがココに?」「残業から帰ってきたら、マンションの前でイオリが倒れていた」 さっきまではすぐにも真澄サンに謝りたいと思ってたのに、いざそれができる状態になったら、セリフが全然思い浮かばない。「イオリ」 改まった調子で声を掛けられて、俺もまた改めて真澄サンに顔を向けた。「あの時は悪かったな」「え? あの時……って?」「俺は、イオリに酷いことを言いそうだ……とか言ったけど。出て行け……とかって、充分酷い言い様だったと思うし。それ以前に、あんなふうに暴力をふるったことも申し訳なかったと思ってる」 真っ直ぐ俺を見て、真剣に謝罪する真澄サンに、俺は狼狽えた。 直ぐにもベッドから飛び起きて、土下座でもなんでもしたい気分だって言うのに。 体を起こすこともままならない自分が、モノスゴクもどかしかった。「ちょ……、なんで真澄サンが俺に謝るんだよ? 謝らなきゃイケナイ

  • DISTANCE   §

    「イオリ」 後ろから声を掛けられて、俺はギクリとなった。「ねぇ、そこにいるの、イオリでしょ?」 だけど、さらに続けて呼ばれた声音に、それが真澄サンではない事に気付き、俺は振り返る。「久しぶり」 ニッと笑った元パトロンに、俺は思いっきり不愉快な顔を向けた。「今更、俺になんか用?」「なにそれ、久しぶりだってのにさ」「白々しいな。だってオマエ、ずっと俺のコト追けまわしてただろ?」「なんだ、知ってたの?」「グデグデに酔っぱらってたって、ケイタの顔ぐらい見りゃワカルさ」「ふうん、気がついてたんだ」「だったら、なんだよ?」「なのに声掛けなかったんだ」「当たり前だろ。今更ケイタを誘うほど、暇じゃないぜ」「失敬しちゃうな。俺の方こそ、今更イオリに誘われたってお断りだよ」「じゃあ、なんだって追けまわしてンだよ?」「俺さぁ、イオリが頭下げて悪かったって謝ってきたら、許してやっても良いって思ってるんだよ?」「許す? なんだそりゃ。やっぱりオマエ、俺とヨリを戻したいンじゃないの? だいたい俺は、ケイタに頭下げるいわれなんかないね」「あ、そう」 これ以上、ケイタの顔を見ているのも不愉快だったから、俺は早々にケイタに背を向けて、表参道の駅に向かって歩き出した。「ホンット、自己チューでサイテーだよな! 最初から、こうしてやれば良かった!」 また捨て台詞と共に殴られるのかと思って俺が振り返った時、ケイタは俺の横っ腹に思いっきり体当たりを喰らわせてきた。 否──。 ケイタは両手で握りしめたバタフライナイフを、俺の横っ腹に突き立ててきたのだ。 反動で俺の体は倒れ、立ちつくして俺を見下ろしているケイタの手は、真っ赤に染まっていた。 その両手に握られているバタフライナイフが、いやにギラギラと光って見えて──。 腹に開いた穴から血液が流れ出ていく感触が、やたらリアルで生々しく、そこだけが燃えるように熱くて──。 手足が冷たく

  • DISTANCE   §

     こうなっては、もうどうしようもない。 何もかもに目をつぶり、あの映像をディーラーに直持ち込みする以外の道はなさそうだ。  よろける足を踏ん張って立ち上がりながら、軽く咳き込むと、口から撮影用の血糊みたいなものが出てきた。  最後に殴られた時に、口の中が裂けたらしい。  それでも自力で立って歩けるんだから、人間って案外丈夫なもんだな……なんて思った。  だが、よく考えたらそうじゃなくて、あの連中はプロだから、痛めつけてもぶっ壊れない〝加減〟がわかっているだけなんだろう。 少なくとも、元・パトロンにブッ飛ばされ

  • DISTANCE   §

     アパートの部屋に戻り、隠し撮った画像を再生して見た。 期待以上だ。 置きっぱなしの固定カメラだし、ホームビデオの画質レベルなのだが、そんなコトで真澄サンの容姿が見劣りするわけもなく、ベッピンのシロウトがマジで本番をやらされてる様子が、生々しく映っていた。  これなら目一杯吹っ掛けても、ディーラーは言い値で買い取るだろう。  とりあえずグチ金にまとまった返済ができる。  そう思ってホッとしながら、俺はビデオのスイッチを切った。  だけど気持ちの隅っこでは──これは他人には見せたくないな……なんて。

  • DISTANCE   §

     俺はビデオカメラを回収してから、いつもよりも数段入念に真澄サンを介抱した。  ゆるゆると意識を取り戻した真澄サンの顔を覗き込むと、しばらくぼんやりと俺の顔を見上げていた。「もしかして、やりすぎた? 我慢した方が気持ちイイのが大きくなるから、ちょっと意地悪しすぎたかな?」 我に返ると、急に頬を赤く染めて俺を睨みつける。「酷いじゃないかっ!」 「ごめんね〜。でも、こういうのも趣向が変わってて、刺激的だったでしょ?」 「俺は、こんなのは二度とごめんだ」 「え〜そんなコトないでしょ? レストランでロ

  • DISTANCE   §

     食事を済ませる頃には、真澄サンはもう足元もおぼつかない様子だった。 レストランに入った時ですら何も食べられないくらいで、懇願するような目で俺を見る。  おかげで俺だって、そこそこの食事しかできなかったくらいだ。 しかし、それもまぁ、当然の結果だろう。  なぜなら、食事の前に客入りの少ない映画を見に行き、暗闇に紛れて真澄サンの体にイタズラしまくったからだ。 少々いじめすぎたか……? と思うほどだったが、用心に越したことはない。  自宅まではとても移動できない──。  そう本人に納得させられる状

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