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東風(こち)②

Author: 藍沢咲良
last update publish date: 2026-10-02 19:39:29

私はただ、お昼ご飯が食べたかっただけなんですけど。何ならコンビニのおにぎりと烏龍茶のペットボトルとちょっとしたサラダで良かったんですけど。

…なんっで私は見知らぬおじい・おばあサマと囲炉裏を囲んで正座してお茶を飲んでいるのだろうか…?

「どこから来たの?」

「ゴッホの池を見に来たの?」

「ここは蕎麦も美味しいけど天ぷらも美味しいよ」

ひええ…!

同時多発的にマシンガントークが始まる。

私はどの質問から答えるべきか?っていうか私まだ注文どころかメニューも見ていない。

「みんな、おねえちゃん困ってるよ」

上品な印象の、貴婦人という言葉が似合いそうなおばあサマが割って入る。助かった。

「あの、私注文したいのですが…」

「みっちゃん、メニュー見せてあげて」

みっちゃんと呼ばれた別のおばあサマからメニューを受け取る。お蕎麦もあればサンドイッチもある。天麩羅もある。この店一押しがさっぱりわからない。

「お決まりですか?」

店主に視線を向けるとすぐにやって来た。

迷った結果「本日のランチ」を注文した。

「みんな、お手柔らかにね」

店主がおじい・おばあサマに向かって目を細めて告げる。

目を細めている場合では無いのでは?

差し障りの無い範囲でおじい・おばあサマの質問に答え、控えめに会話に参加していると店主がランチを持ってきた。この店のスタッフは店主だけなのだろうか?

うーん…。お蕎麦と天ぷらは良いのだけど。小さく添えられたデザートはミニフルーツサンドというこのギャップ。やはり何が一押しなのかがよくわからない。

でもどれも美味しい。よくわかんない店ではあるけど、また来ても良いかもしれない。

おじい・おばあサマ方は私が半分食べ終えたあたりでセットのコーヒーを飲み終わって席を立った。

「じゃあね、美咲ちゃん。またご一緒しましょ」

貴婦人おばあサマ・トメさんが私に声をかけていった。「はい、また」と答えてしまうぐらいには何故か仲良くなってしまった。

囲炉裏の食器を片付けると店主がコーヒーを載せた盆を持って囲炉裏の、私の向かい側に座った。

「色々距離近くてびっくりしたでしょう。でも良い人達だから仲良くしてやってください」

店主はふわりと笑うと私にもコーヒーを勧めた。

「セットのコーヒーです。どうぞ」

「どうも…。いつも、こういう感じですか?」

「こういう感じ、とは?」

髭の店主が不思議そうな顔をする。

「客同士の距離が近いというか…」

「距離か。うーん、田舎故、かなあ…」

髭の店主が考えながら答える。

「田舎って保守的な面がある。よそ者に厳しいイメージあるじゃん。僕もここに店を構えたときは正直不安に思ったよ。歓迎されるかなって。場所によって傾向は違うと思うんだけど、あの人達は来るもの拒まない人達だった。だから何とかやって来れた。人見知りな方もいらっしゃるけど、それは田舎でなくても同じだろうし。…あの人達との会話、楽しかったでしょ?」

おじい・おばあズとの会話を思い返す。

「楽しかった、かもです…」

全員ずっとにこにこしてくれていたのが安心した。

「俺、前は水無瀬《みなせ》市に住んでたんだけど。そこにいた頃より人付き合いは楽になった気がするよ」

「え、私も水無瀬にいました」

「え?」

店主が目を丸くする。

「柿山にはいつから?」

「柿山には仕事で通うんです。住んでる所は鷺山のもう少し街中です」

不意にドアの鈴がカランコロンと鳴った。

「かっちゃん、まだやってる?」

背の高い男性が大きな声で入ってきた。

「ん、あれ…?女の子?珍しいな…」

「悠《はるか》、遅かったな」

「団体さんが一気にお買い上げでさ。ランチまだある?」

「お前の分は取ってあるよ。作ってくるわ」

店主は言うなり、店の奥に消えていった。

悠と呼ばれた男性は囲炉裏の、私の真向かいの席にどかっと座った。そのままスマホを弄り出す。

窓側の席が空いていた。そっちに座ればいいのに。

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