宿屋を紹介されたわたしとセロは夕食を頂いていた。
「部屋まで持ってきてくれるなんて……」
「騒がしいのは苦手だし、ゆっくり食べれていい」
そうなんだけど、冷めきってるのがもったいない。レオナとジルは食堂で食べてるはず。一緒に居たかったけど、ほかの冒険者たちもいるだろうし。昼の調子じゃ煩わしいかな。
「それにしても……こんな立派な宿に来る冒険者って、強い人達だよね。魔物も強いって言うし。
お風呂に魔道器があるなんてびっくり。お湯が上から降ってくるんだもの」「そうだな。町の規模が小さい割りにギルドは賑わってる。魔道器に特定の水魔法をかけて置くくらい魔法使いが立ち寄ってるって事だな。
短い距離だったが、俺たちは魔物に出くわさなくて運が良かった。山賊も賞金首だったとはな」「ほんとだよ……」
明日は午前から聖堂で歌う。昨日は内部の建築のインパクトだけで歌っちゃったけど……。
「明日はどんな風に歌えばいいの ?」
「いつも通りに」
いつもって言葉程、わたし経験積んでないんだけどな。
「その時感じた事でいい。心にも無い詩なんか聴きたくないね」
「上の空とか……お客さんもいるしアガっちゃうかも」
「お前にそれは無いだろ」
相変わらず、食事中もセロは料理に目をやってて、わたしとは視線が合わない。
上の空って事は無いんだけど……。
意識しなくても思い出しちゃう前回聖堂で歌った事。 私の事嫌いなの ? って程、セロは全く自分から絡んでこないし、目も合わない。たまに話したと思えば音楽の事だけ。 だから歌う時は少し緊張してる。緊張…… ? 怖いとかじゃないけど。 あんな風に見つめられたら……そりゃ一緒に旅してるとは言え、慣れないよ……。「それで ? なんでわたしからなのよ……」 リコに呼ばれたかと思ったら、いきなりぶっつけ本番なんですけど。 嫌がらせ ? DIVAを使う自分の引き立て役か、わたしは !「全くもう。で !? 何を歌えばいいの ? 」 客はもう出来上がってる感じね。イベントって聞いて早めに酒場に来て、待てずにお酒入れちゃったんだろな。客席はほぼ満員。冒険者半分、町の人が半分ってところかな。地域性かこの辺りに大きな川や海はない地元民は普段着なのが丸わかりだし、冒険者はその逆ね。これからアリア方面に向かうとしたら絶対に買い替えが必要な安かろう悪かろう。派手すぎるからすぐ分かる「エルザ大陸の民族音楽、あれをやろう。 まずは一曲。同じ曲だ」 …… ?「あんた、まさか一曲毎にわたしたちの人格を入れ替える気 !? 」「その方が聞き手は比べやすいはずだ」「そりゃそうだけど ! 」「順番と言うのは案外重大なんだ。先か後かで優劣を付けられたくない。一曲目は同じ曲だ」 そりゃあそうですけど。「行くぞ」 先にセロが踏み出す。 観客席の笑い声やがなり声、食器の音が一瞬消える。 セロが中心に立ち、拍手がちらほら聞こえた。 けど、なんかタイミング分からないから、わたしもここでステージに出た。 一緒の方が良かった ? わっかんねぇのよコッチは ! 無音 !? なんか時間止まった !? いや、もう引くに引けないし !! セロのそばに立つと、観客席を向く。「うぉ〜 ! 」「き、綺麗な人……」 ふーん。裏じゃよく見えなかったけど結構、人入ったのね。流石にホール全体は見渡せないけど。 シエルもカイもいると思うけど、店中の光量の半分以上を
「最初から馬に乗らずここへ来れば良かったんだよ」 レイが飛んで帰る飛竜とその主人を見送りながら、大きくため息をついた。エルは拗ねるように口を尖らせマントを羽織る。「キャメルでの記憶は知りたいはずだろ ? 俺の勘は当たると思うんだけどな」 そこへ二人に近付いてきた男が声を上げた。「当たってるぜ」「 ! カイ…… !? 」 エルとレイが目を丸くして振り返った。そしてレイは若干気まずそうに一度地面に視線が向く。「二人でこっちに合流したんだな。グリージオに行くまで待ってりゃ良かったのに」 あっけらかんとして言うカイだが、エルは纏めた長い金髪を解きながら答えた。「グリージオに向かうって手紙を寄越したお前が、どうしてコハクにいる ? リラがいるから合流したんだろ ? 」「そりゃシエルの判断だぜ。来て正解……とまでいかねぇよ。あいつら、案外マトモに旅してんぜ」「それなら……俺が来ちゃ迷惑だった ? 」「……そんなこと言ってねぇけど。 なぁ、エル。お前はリラが歌を歌うのは反対なの ? 」「どうしてそんな事を聞くんだ ? 」 今日イベントがあると言っていいものか……それも不安だ。カイはらしくもなく、一度引いた。「そんな事より、先にキャメルに行こうとしてたのか ? 」「ああ。セロも記憶が無いんだろ ? なら、必ずグリージオに来る前に故郷のキャメルに行くんじゃないかと思ったんだ」「あ〜ん。なるほど。 でも、意味ねぇぜ。全部記憶戻ったし」「戻った ? また急だな 」 これにはレイも驚いた。「それがさぁー、原因が身内から受けた呪いでよ。シエルが解呪したら記憶が戻ったんだよ。だからキャメルには行かねぇんじゃねぇかな ? 」 それを聞いてレイがエルを呆れたように見つめる。「何が向かう
「シエル ! 」 良かった ! まだ部屋にいた !「リコ ! どうしたの ? 僕らもそろそろ向かおうと思ってたんだよ ? 」「さっきの話の続き ! 」 リラとわたしの統合。 その前に !「わたしとリラに、過去の記憶を見せることは出来る ? 」「過去の ? 過去って…… ? リラとリコは人格が違うから、記憶喪失に感じていただけで、リラからリコが分裂したって話じゃなかった ? 」「そう。わたしはグリージオの聖堂で、本物の純粋な魔族であるリラに、人工的に術で寄生させた人間のスピリット。 わたしは本物の人間の魂では無いし、母親から生まれた肉体も持たない。 ただ人間と同じ性質として創られた人工魂」「え……何を言ってるの ? リコ……リラはハーフで、その半分がリコだったって……」「それ、誰に聞いたの ? 」「え ? レイの部隊の人に……」「その情報には嘘がある。 とある村で、リラの過去を知る人達に会ったの。 海の城を統べる歌の女王はリラなの」 シエルもカイもぽかんとしてるだけ。そうだよね。ビックリするよね。 でもこれが真実。「シエルはリラの様子をグリージオに報告する義務があるんでしょ ? 」「う、うん。そう、エルに言われてたし、それさえすれば地下牢にリラを入れずに済むって聞いて……。地下牢にいるよりは……そう思ってリラのために」 シエルに悪意は無い。 けれど、地下牢にリラに居られるのがまずいと思う人間が逃がした ? もしくは貸しを作って脅迫するつもり ?「……思い出したい。海の城の記憶を、グリージオの司祭達はリラから封じて、更に肉体を子供に戻した。 リラですら自分はハーフ
酒場のステージ裏に米や芋を置く倉庫がある。 その貯蔵庫の壁の厚さが、わたしたちには都合が良かった。 狐弦器のチューニングには数十分かかる。弾く時は自分の音感だけで合わせなきゃならない。開放弦の音を正確に覚えてないと出来ない作業。一音一音丁寧に。重音を合わせて微調節。更に微調節。 真っ直ぐに弦を見つめて弓を弾く。 その瞳は記憶を取り戻しても変わってない。「セロ」「……」 ダメか。音を鳴らしてる最中は……。「なんだ ? 」「……あ」 わたしに向けられた視線に、つい動揺してしまう。「あの……記憶が戻って……なにか変わった ? 」「変化か……」 一度狐弦器を椅子にかけると、積まれた麻袋に座る。「そうだな……。前は過去を思い出そうとすると……こう、霧がかかったように思考が止まってた。今は……鮮やかだ。スッキリしてる」「鮮やか……かぁ」「例えばこの芋の入った籠。キャメルでは蒸した芋をシロップで食べるんだが、女たちは太る事を気にして食べなかった。 狐弦器を弾けたのは元からだ。モモナにいた頃……生まれた時から肌身離さず持ってたが、キャメルに来てからは一段と練習をする事に」「キャメルに来てから ? その……伯母さんは何も言わなかったのね」「最初はした。無理に取り上げて捨てようとした。そして客を取れと……」「練習場所に困らなかった……って話 ? 」「いいや。部屋に来た男に俺は何ももてなす気は無かった。しかし、文句を言われる訳にはいかない」 そうか。 最
術が終了した。 セロは項垂れて目を閉じたまま。「十分もあればちゃんと目を覚ますよ」 なら、いいけれど。びっくりした。 シエルはセロを通して色々視えたようで、大まかに話してくれた。「それにしても、ひでぇババアだな」「うん。そもそもセロは何もかも自分の意思じゃなかったわけだけどねぇ〜……」「うん。けど……まさか……」 けど……。「「「女嫌い、元々なんだ……」」」 詰んでる。 重症 !「リコは……やりにくくないの ? って言うかリコとは喋るし、僕らとも人見知りはしないよね ? 」「ううん。雪山を出た頃は本当に酷かったよ ? 並んで歩きもしなかったし。でも音楽の事になるとホントによく喋るから」「へぇ〜。そうなんだ」「しかしウェイトレスの姉ちゃんとも喋れねぇって、余程だぞ」 やっぱりキヨさんとはさっき話せなかったんだ……。「で、でも、とりあえずリラリコと会話は成り立つんだし、ちょっとは成長してるんだよ ! 」 成長……確かに少しは。旅の初日なんか目も当てらんなかったもんね。「う、うぅ〜ん……」「セロ、終わったよ〜」 シエルがセロの肩をぺちぺち叩くとようやくセロは上半身を起こした。「……っ。いつの間に…… ? 魔法陣に入って……座ったところまで覚えてるんだが」「そのままひっくり返ったけど、頭打ってない ? 」「ああ、大丈夫だ……不思議な……。夢を見たような感覚だ」 まだぼんやりしているセロに、思わず掛けたくなる言葉を飲み込む。記憶……戻ったんだよね ? どんな感じなんだろう……。きっと今は混乱してるはず。思い出したくない過去だったりしないのかな ?「なぁなぁ、今どんな感じ ? 」 カイ……こういうタイプなのね。悪意は無いんだろうけど。「ああ……そうだな……。 いや、案
「はぁ〜い。わたしたち、お喋り出来るいい男探してるんだけどぉ〜」 キャメルの裏通りにひっそり佇む謎の店。そこへ冒険者や町の娘、または中年女性も笑顔で群がっていた。「あんた滞在長いんだね」 店の女主は客を品定めするように話し始める。「昨晩も来たろ ? ありゃいい男だったろ ? 」「あ〜。今日は別な人がいいわ」「なんだい、うちの一番人気だったんだよ ? 」「持ち上げすぎっていうか、会話の中身がスカスカよ。刺激が欲しいだけなの。気晴らしにもっと、強烈な人いないの ? 」「強烈ねぇ」 建物は宿のような部屋が沢山ある造りで、思い思いに気に入った者と入り飲酒や話を楽しむ。「強烈なのはいるにはいるんだが……あいつぁ無愛想でねぇ」「へぇ、面白いじゃん。そいつでいいよ」「8号室だよ」 女客は群衆から一番乗りで8号室へ向かう。煌びやかな魔法使いの装備に長い黒髪。到底男性には困らないだろう容姿。故に後腐れのない遊びを好むのかもしれない。「入るわよ」 女はノックをし、8号室のドアを開けた。 並んだ椅子と小さなテーブル。魔道器製のランプだけの部屋。 セロはそこにいた。「あたしキョウ。よろしく」「……あ…………はい……」「……」「……」「……ねぇ、なんか飲も……」「そ、それ以上近付いたら逃げる ! 」「はぁっ !? 」「か、勘弁してくれ……」「なんなのよ !! 」 キョウと名乗った女は主の元へ戻ると、散々喚いたが、前払いの高い金額は返金されなかった。 その後、中年女性が我こそはと前