再び弄ばれる。
「そうだ。ここ、縛っちゃお」
三つ編みウィッグのヘアゴムを外すと、蛍の根元にキツく絡める。
「い、嫌だ ! あうぅ…… !! 」
何度、辿り着いても絶妙に達するまではしてくれないもどかしい快楽。
「あぁっ、ん〜 ! ……あぁ、椿希……もう……」
「そんな泣きそうな声出すなよ〜。ちゃんと最後はイかせるし ? 」
「もうイきたい……んだよ ! 」
「じゃ、もぅ一回近くまで行ってみる ? 」
「違っ !! そうじゃな……ああ ! 」
「はち切れそー♪ほらイけば ? 」
「外せよ ! あっ ! だ、出したい !! 出したいん……あっ、あぁ !! 」
「けい〜あのね ? 梅乃様の身体。俺本気で探してんだよねぇ〜」
「くっ ! ん……っ ! 」
「なんだよ。話始まったらイクの我慢すんの ? 」
決して予想外の話題では無い。
しかし、殺した梅乃の部屋で、殺した梅乃のコスプレをした男に犯されている今、倒錯的なものを好く蛍の質は治まるはずがないのだが。 ただ答えたくない事実は変わらない。「殺人鬼ってさ。殺したやつの物、取っておくって本当 ? 」
「……〜〜〜」
「そう、まだ我慢すんの ? じゃあこっちか」
椿希はベッドの下からコードに繋がれた物体を引きずり出した。簡単な電動マッサージャー。電源を入れ唸りを上げる先端を、立った裏側にスルスルと当てる。
「っぅあぁぁぁっ !! や、やめ……ああああぁぁぁっ !! 」
「ねぇ、梅乃様の遺体一部でもいいんだ。残ってる ? 」
「の、こ…… ! 残ってない ! 残ってないぃぃっ !! 止めろ ! 止めろよぉぉぉっ !! 」
「ホント ? 」
「無いってば !! 無い〜っ !! 」
「んむ〜。じゃあ、ゴム取るよ……」
「あ、ああっ !! あうぅ……」
椿希が蛍からどいてもしばらくクタりとして動けないままだった。
「ふふー。イタ……肩痛かった〜」 ルキは満足げに蛍に抱きつくと、キツく抱きしめる。「ねぇケイ。Mのモノになるなんて許さないよ」「俺もMにお前を殺させる気は無いね。 ただ……」「真理さん ? へぇ。気にしてないのかと思った」 確かに蛍は真理に執着などない。だがまた、殺す意味も無いのだ。それも自分の手で無いのであれば余計無関心である。 一つ思うところがあるのは──「親父があの人の曲、好きなんだよな。 ……顔、母さんに似てるから……」「そう」 ルキから見る蛍は、恐らく負ける気は無い。しかしMの言う通り、真理も何かと教え込まれているのだ。ゲーム当日、真理に有利過ぎるルールでないといいのだが。「じゃあ、尚更今楽しまないとね。本当に最後になるかもだし」「そん時は諦めて死ねよ」「いや、殺させる気無いって言ったじゃん」「……うるさい。早くしろよ。このままじゃ帰れるか。ってか、時間経ちすぎ ! 本当、誰か探してるんじゃないの ? 」「あーまぁ。探してるかも……」 バボッ !! その時、大きな音を立ててガラスドアが開く。「「うわっ !? 」」「ル、ルキ様 ! あ……」 間の悪い事を察したスミスはそのまま喫煙テーブルに肘を付くと頭を抱えた。「ち、違います違います !! すみません……途中で足取りが途絶えるし、待っても待っても蛍さんが来ないのでパニックになって……」 蛍とルキの視線が合う。 こればかりは仕方がない。スミスは仕事をしているだけだ。「ごめんごめん。ちょっとケイに悪戯しちゃった」「こいつに襲われた。
「ケイを見送りします。いいでしょ ? M」「ああ。勿論、先程言った通りだ。存分に話してくれ」 Mが快諾したことで、ルキと蛍が並んでエレベーターに乗る。「はぁ〜」「ふぅー。参るよねぇ。イタタ」 ルキは後ろ手で拘束されたまま、固まった肩を回す。「あんた大丈夫なのかよ」「大丈夫でしょ。殺す気があればもう死んでるし、Mは自らの手は汚さないよ」「……だから……。その演技必要ないだろ ? 」 ルキは小さく笑うと、尚首を振る。「心配してくれてるなら嬉しいかな。実は本当にガッチリ固定されてるよ」「なんだよ。いつもの腰の仕込み、飾りかよ」「こんな姿でいる俺を見せて、ケイの反応を伺いたかったんだろうね」「へぇ、悪趣味。でも、なんの意味もないな。あんたが死にかけだろうが俺は気にしないから」「普通の人間はそう考えないらしいよ。 俺がピンピンしててケイも平然としていたら、この暴力は真理さんや美果ちゃんに向くかもしれない。俺は今のところ、そんな事を望んでないからね」「それは……。美果に手を出したら許さないよ」「知ってるよ。ケイの秘密保持者だもんね俺はさ、美果ちゃんを優遇してるんだよ」「どうだか」 ルキは少し壁に持たれると、器用に車椅子用ボタンから中二階ホールへとボタンを押す。「一階じゃないの ? 」「ケイちょっと寄って行かない ? 」「え……車、待たせてるんだろ ? 」「どうせ運転手はスミスと椎名だよ。待たせればいい。ほら」 ルキに急かされ、すぐ近くの喫煙所へケイを押し込む。「臭っ !! 俺煙草とか吸わないんだけど ? 」 往々にして喫煙所とはガラスなどで外から見える様式が多い。この喫煙所も半分はガラス張りだ。「分かってるだろ ? 口にして欲しいのは煙草じゃ
そもそも彼らの主催するイベントは刺激的な気晴らしではあるが、自宅で簡単に死人と逢える蛍にとって、何がなんでも必要という存在ではないのだ。その趣向は自宅外にも向き、ここ数年の犯行にも足がつくことは無い完全な連続犯。 故にMになど媚びる必要は無いのだ。「素っ気ない返事だが、期待は出来そうだな。次のゲームでは参加者内で順位付けをする。 どうかな。先に知ったんだ。優勢だろう ? 」「聞かなくてもよかったんですが……」「最後まで聞くんだ。 蛍、君が一位じゃなかったらルキを殺す」「……っ」「君はルキを殺したいんだろ ? その楽しみを、俺が奪うと言っているんだ」「……それは確かに困りますね」 蛍の中で、ルキを解体する意思は変わっていないのだ。この先もずっと。ルキを知れば知る程、その欲は強くなる一方だ。ルキもそれを知りながら、弄ぶように蛍とはギリギリの関係を築いている。「困りはしますけど……でも、そのルールで一番困るのはルキなんじゃないですか ? 」「ふふ。そうかもな。あと一人いるぞ」 蛍が負けたらルキが死ぬ。 このルールで他に誰が困るのか。「真理も参加させる。そして真理は一位以外認めん。賭けるのは真理自身の命だ」「ケイが一位になれば真理さんが死んで、真理さんが一位になればルキが死ぬ……」「ああ。そうだ。ここで今、作戦を立てても構わんぞ。存分に話し合ってくれ」 蛍は考える。これはパフォーマンスか ? Mはルキを跡継ぎとして育てて来たはずだ。それを簡単に殺してしまうとは ? 真理に関しては、そういう別れ方もあるかもしれないが、跡継ぎ問題。これだけがどうしてもはまらない。「ルキが死んで、なにか得があるんですか ?」「わたしにかい ? 君次第だが……どうだ ? 俺の元で殺しを商売にする気はないか ? 多少
朦朧とする蛍の細い身体を柔らかいベッドが包み込む。 まるで水の中に身を任せたように、どこまでもどこまでも沈む。 寝息を立てている蛍の側、スミスが曇る表情で小さな身体を見下ろしていた。「スミス。準備は出来たか ? 」 Mだ。「は、はい。ただいま終わりますので !」 スミスは蛍を覗き混むと、クタリと力無く広がっていた手を握り、身体の上に乗せる。(蛍さん……俺は信じてますよ) 緊張の中で、誘拐してきた蛍をスミスは最後の希望と言うように見つめた。 都内のホテルのMの部屋で、蛍は無防備に眠りこける。 そこへ今度は騒がしい集団が廊下を歩いてくるのが聞こえた。「ジェームズ。廊下を静かにさせなさい」「はい」 静かに、と言われても。 廊下の向こうからはギャーギャーと喚く真理の姿とそれを押さえ込もうとするMの部下、観念した様に歩くルキの姿があった。 真理はデニムにタンクトップ。自分の意思でMの元に来た訳ではないことは明白である。ルキに関しては話は出来るものの、胴体に固定された大幅のベルトが、後ろ手に拘束され痛々しいほど肩が張っていた。 ジェームズは廊下に出ると部屋に入るように促す。「Mの部屋です。落ち着いて……」「彼、ここにもホテルを持ってたの !? 」「いえ。今週だけ一部貸切に。本館は営業中ですよ」 ジェームズがルキと真理だけを部屋に通し、部下を捌けさせる。「スミスはエレベーターホールで待機してください。部外者が入らぬよう」「……了解」 真理はソファに沈んでいるMを睨みつける。「何よ……普通に呼んでくれれば自分で来るわよ ! どうして拉致なんか…… ! 」「真理、落ち着きなさい」 Mは鋭い瞳で真理に声をかける。その声色は一段と深く冷たい。「まず、ルキ。涼川 蛍に何を期待している ? 」「何を…… ? 」「今まで見つけてきた狂人達
『至急 応援求む。湊市内にてWhite crowの滞在を確認。一度は空港に向かったが、到着先の香港では確認出来ず。北湊市の内縁の妻の自宅に訪れた後、都内に潜伏。 一週間後の催しはWhite crowが取り仕切る。 ルキの介入は無い。 咲良 結々花』『本部より通達。 ヒューミントの情報より、ルキが拘束された。ヒューミントと接触し、情報を共有せよ』「拘束 !? 」 パソコンを見た結々花は車の中で思わず声を上げる。「拘束…… ? け、警察じゃないわよね…… ? プリペイド……プリ……あ〜もう間に合わない ! 」 車を出ると、目の前の男性に声をかけた。「すみません……仕事中どうしてもスマホの調子が悪くって……電話を貸して頂けませんか ? 」 相手はごく普通の農家の夫婦だった。蛍の監視をしているのだから商店街周辺にいるのだが、その場で借りずにノーマークである一般人に借りる。「あらら、そら災難だな。おーい、綾ちゃん、この人電話借りたいんだって〜」 土にまみれた長靴を履いた恰幅のいい女性がビニールハウスから出てくる。「うち、固定電話ないんだけど……良かったらわたしの使います ? 」「え !? いいんですか ? すみません……営業で来てたんですが、こんな事になるなんてぇ〜」「あはは。大丈夫大丈夫。作業小屋用に持ってるやつだから何も入ってないし」 四十代程の夫婦だが商店街の裏通りは田畑が多い。加えて周辺住人の顔や人柄など調査は済んでいた。「わたしよ。どこかで会えない ? ……コンテナ船 ? いいけど……分かったわ」
放課後。 蛍は一階図書室の窓から帰宅しようとしたが、身を乗り出したところで椿希に捕まった。「何よ。帰るつもりだったの ? 」 梅乃の演技を続ける椿希に蛍は諦めてカバンを押し付けると、窓から靴を落として汚れた靴下をパンパンと叩く。「はぁ〜〜〜…… お前、指導室に呼び出しされてたろ」「なんも詳細を話さない事に痺れを切らせて、教頭と医務室のおばちゃんに聞き取りされた」「なんて答えたの ? 」「気が向いて電車で帰ろうとしたら、誘拐された挙句に強姦されたってね」「無理すぎ。警察に言ったか裁判になるとか、執拗に聞かれそうだけど ? 」「面識のある大人で示談で済ませた。そういうシナリオで十分だったわ」「なんかお前、口が上手いのかなって思ってたけど……。 本当に詐欺グループのボスなんかやっていけんの ? そんな子供でも考えつく様な説明で事が済むなんて」「やめろよ〜。お、俺だってどうよって思うけど。現場では「ボスが出る幕無い」って言われて、実力無ければ「所詮梅乃様のお気に入りで担がれた」って言われる。禿げたらど〜しよ」「また素が出てる……。 で ? どこに行くんだ ? 」 駅に向かって歩き始めた二人だが、すぐに椿希の部下が車を横付けしてきた。「一応、梅乃様の生活だからね。車送迎だよ」「じゃあ、ちゃんと車に乗るまで演技しろよ……誰が見てるか分かんないのに」「うふふ」 椿希は後部座席に蛍を押し込むと、運転手に行き先を告げる。「ん〜。今日はどこだっけ。 新マリン公園の児童広場。そこまで行く」「かしこまりました」 □□□ 新マリン公園は北湊市の海岸に出来た公園で、小さな灯台がある。元は断崖絶壁の地形で、公園には不向きな危険な場所であったが、簡易的なゴルフ場と宿泊施設で海側を囲い、市街地へ続く傾斜を利用