LOGIN野球コートのド真ん中、濛々と土煙を上げるその場所に、ひしゃげた鉄塊が突き刺さっている。 ミノタウロスの攻撃に耐えた頑丈な洗濯機でさえ、くの字に曲がる程の衝撃。 もし搭乗員がいたら助かるはずもない状態だがしかし、中から煙を払い、二つの影が顔を出した。「いやぁ、酷い目にあった……」「ケホっケホっ、楽しかった~」 真逆の表情を張り付ける二人は、ふらふらと事故現場から離れ、ファサファサの人工芝の上に寝っ転がる。 頬に当たる、やや硬めの感触が擽ったい。「またやろー?」「……次は従業員がいる遊園地に行こうな」「ん」 二度と自分では動かさないようにしよう、と心に決め、横になったまま天井の穴から差し込む光を見つめる。 ドーム内は電気が点いておらず、薄暗くひんやりとしている。 トレントもいない為、元々稼働していなかったのだろう。 怪鳥の声が遠くに聞こえ、モンスターの気配もない。 外界から隔離された静かな大空間は、なんというか……「……落ち着く」「ん」 数分前まで壮絶に騒がしい時間を過ごしていた彼等に、心地よいギャップをもたらしていた。「もうちょっとここにいようぜ」「えー。早く皇居行きたい」 ゴロゴロと転がるノエルが、東条の腹に乗っかる。「……皇居行きたいなんて言う幼女お前くらいだぞ」「自衛隊が戦ってた場所。面白い武器落ちてるかもしれない」「あー」 山手線内にいた者は皆、あの大規模な戦闘に遠かれ近かれ気付いている。 東条や嘗ての仲間達も、方角とその先にある物からして、皇居で行われていたことは容易に察しが付いた。 後日ニュースにて、『最大危険区より大勢の民間人が救出。日本はまだ負けていない!』 などと大々的に取り上げられていたが、取り残されている人間からしたら何とも思わない。 いや、彼だから何とも思わなかっただけで、憎悪を向けた者も少なくはないだろう。 何故自分達を助けてくれなかったのか。 何故自分達を置いて行ったのか、と。 東条としては、その後に魔法やcell、遭遇したモンスターの情報が開示されるのを期待したのだが、現在まで詳しいものは流れてきていない。 殺し合いを経験した者がいる以上、覚醒した人間がいるのは確実。そう彼は考えているのだが。「武器欲しいのか?」「違う。遊びたいだけ」「なるほど」 大量の血が
――ノエルがワクワクとコースターに座る中、東条は操作室にて、訳の分からないボタン達と睨めっこをしていた。「まぁ、死ぬこたねぇだろ」 幾ら考えても分からないと判断し、適当にボタンを押しまくる。 すると、外でコースターが稼働する音が聞こえた。「まさーーっ、動いたー!速くーー」「へいへい、っとッ」 すぐに飛び出し、足を武装、跳躍。 上昇中のコースターに飛び乗り、ノエルの横に着席。洗濯機を後ろに座らせた「わくわく」「安全バーちゃんと下ろしとけよ」「安全バー?」「この上の奴を、こう……あれ?」 なぜだろう。搭乗者の命を繋いでくれるはずのそれは、ピクリとも動こうとしない。 上昇し続ける二人の目前には、既に頂上が迫っている。「ちょ、マジで、下がっ」 バキィッ「……」「……」 東条の手元に残る、千切れた命綱。 ……顔を見合わせ、 瞬間「うぉおおおおおおお!」「ぁははははははは!」 急降下と同時に全身が持ち上がり、腕二本で身体をたなびかせる。「やっべ吐きそう」「あはははははっ!」 爆笑するノエルの隣で、青い顔をする東条。 そもそも彼は絶叫系が得意ではないのだ。 色々強くなったから大丈夫と思っていたようだが、別にそんなことは無かったらしい。 強風の中無理矢理腕を引き、本来の態勢に戻る。「きもちわる」 あと少しでゴールだ。 酷い体験をしたが、新しい発見ができたから良しとしよう、と自分に言い聞かせた所で、「……は?」 コースターがゴールを通過。 二周目に突入した。「きゃーー!あはははっ」 楽しむノエルに反して、東条は絶望する。 十中八九自分がボタンを押しまくったせいだろう。(いっそ飛び降りるか?)という思考が過る中、 気付く。「……なんか、加速してね?」 見るからに速くなっていくコースターに青ざめ、手すりにしがみつく。 二周半。 最後のカーブ。 速度は一週目のほぼ二倍。「……嫌な予感がする」 そんな彼の予感は的中。 限界速度に到達したコースターは線路を突き抜け、正にジェットの如く空を舞った。「ギャアああああッ!」「キャアははははははっ」 木霊する二つの叫び声は、真っ白なドームの天井をぶち抜き、盛大に土煙を上げるのだった。 § 近くから聞こえる、楽し気な絶叫。 男は眉間に皺をよせ、奴
――快適なリラックススペースで一夜を明かした二人は現在、ドームに併設さている飲食店の一つにお邪魔していた。 ナイフとフォークを両手に持ち、漂ってくる肉の香ばしい香りに足をぶらつかせるノエル。 そんな子供らしい光景を厨房から見ながら、東条はフライパンの上で油を躍らせる七枚のハンバーグをひっくり返した。 トレントが血肉のみならず、食材と呼べるあらゆる物を捕食対象とすることは分かっている。 そして冒険をする中で、彼等が嗅覚によってそれ等を判別している事にも予想がついた。 どの場所でも、密封や冷凍などで臭いがあまり漏れない物は手が付けられていなかったのだ。 冷蔵庫内などで腐敗した食材も余すことなく食べてくれるため、道すがら悪臭に悩まされることもない。 本当に勤勉な掃除屋だ。 綺麗な焼き色のついたハンバーグを、ノエルように五枚重ねて盛り付ける。 残り二枚が自分のだ。「ノエル、飲物頼む」「がってん」 キンキンに冷やしておいたグラスに、コーラがなみなみと注がれていく。 カランっ、と涼しい音を響かせる氷と、その上を弾け飛ぶ炭酸が、二人の喉を強制的に乾かせる。「へいお待ち。当店自慢のタワーハンバーグじゃい」「おーーっ」 強引に積み重ねられた欲の塊は、自重に耐え切れず上から下へと芳醇な肉汁を滴らせる。 それは宛ら、黄金色に煌めく滝であった。「いただきます」「ます!」 ナイフを入れると決壊する、閉じ込められていた香り、肉汁、そして、トロリと蕩ける大量のチーズ。 ノエルは止めどなく溢れてくるそれを慌てて掬いながら、一思いに口へ放り込んだ。 瞬間、――爆発。 暴れる肉の暴力と、まろやかな優しさの黄金律。 度し難いほどに絶妙なハーモニーは、牛を讃える賛美歌に他ならない。 呑み込んで尚口内で暴れまわる牛たちを、すかさずコーラで押し流す。 喉に響き渡る強烈な快感が、涙となって溢れ出た。 下手な感想など必要ない。 胸中を支配する感情を、言葉のままに曝け出す。「んんんんんまぁい!」「はははっ。そりゃ良かった」 ただただ、それに尽きるのであった。 ――「この後は?」「ふぇっふぉふぉーふ「わりぃわりぃ、呑み込んでから話し」 口いっぱいに頬張るノエルに笑って謝る。「――んぐっ。ジェットコースター乗りたい」「あぁーあれか」 ここ
――「どうするよ?今日中にドーム行っちゃう?」 落陽の光を反射し、淡いオレンジ色に輝く小雨の中を、二人は南に向かって進む。 今から走れば、陽が落ちるまでには到着できるが。「ん~疲れた~」「主に精神的にな」「おんぶして」「振り落としてから引き摺り回して良いなら喜んで」「ぶー」 駄々をこねるノエルを断固拒否し、飛び乗ってこようとする彼女を幾度となく叩き落とす。 ここで甘やかしてしまっては碌なモンスターにならない。 彼女の為を思った愛の鞭なのである。 決して怠い、めんどくさい等とは思っていない。「……ドームに温泉ある?」「ん?あるぞ。めっちゃいい感じの所」「スーパー?」「スーパーだ。この前の所よりデカいぞ」「おー」 途端に輝きだすノエルの瞳。 先日の体験で風呂の良さを知ってしまったか。 スーパー銭湯を所望する辺り自分と似てきているが、良い傾向ではある。「どうする?」「競争しよ」 カメラをしまい、リュックの紐を閉めるノエルが、全身に魔力を漲らせる。「いいね。荷物よこし、ハンデだ」「……舐めてると痛い目見る」 そう言いつつも素直にリュックを渡す彼女。 きちんと自分と東条の力量を把握してる証拠だ。「っし。スタートはもう少し行った辺りな。多分ベっさん今帝大だろ」「ん。わかた」 先程通ってきた帝大周辺には薄く霧がかかり、見る限りここよりも雨脚が強い。 雨の降り方に規則性は無いように思えるが、ベヒモスが雨や霧と共に移動している事だけは確かだ。 帝大には大量のトレントが生えていた。大方飯を求めて歩いているのだろう。 何をするにしても、なるべく離れておきたいのが本音だ。 彼等は身体を解ぐしながら、スタート位置まで南下した。 ――現在地から西に向かって一直線に駆ければ、丁度ドームに当たる。「cellは禁止。怪我しない様に安全第一で」「おけ」 両手を付き、クラウチングの姿勢を作る。「号令よろしく」「……よーい」 最高練度で練り上げられた魔力は、自らの力を誇示しない。 風一つ起きない空間にはしかし、近寄りがたい静かな覇気が、……二つ。「ドンッ」「――ッ」 瞬間、同時に蹴り抜かれた地面が抉り飛んだ。「――ははっ」「だはははははッ――」 徒競走なんていつぶりだろうか。 風よりも速く空を切る感覚に、
「やっぱ殆どいないな」 練り歩くも、檻や柵はどれも木々によって壊され、本来の動物の姿は無い。 加えてモンスターの姿も見えない。 理由は単純、「あの兄弟が強すぎる。皆怯えて近づかない」 先の二種は、東条からしても出会った中で二位と四位に入るほどのヤバさだ。 彼等の放つ魔力は、生半可なモンスターが近づくことを許さない。 ――そんな二人は西園を抜け、東園に行く為林の中の長い橋を歩いていく。「……」「……」 しかし次第に口数は減り、霧雨が葉を打つ音が静寂を際立たせていた。 ……二人は気付いたのだ。 入園前に感じていた圧倒的な気配は、あの二種のものではない。 あの二種の様な、凶暴で、攻撃的な殺気ではない。 もっと雄大で、静かで、堂々たるものだ。「ノエル」「ん」 乗せられる手をしっかりと握り返し、纏めて全身を漆黒で覆った。 万が一があっても、絶対に離さないように。 ……この先にいるのだ。その存在が。 二人の肌を、緊張と興奮が走る。 只のモンスターの気配なら、そこに必ず敵意と恐怖が付き纏う。 今感じている程の魔力にそれが付随していたなら、二人して迷わず逃げただろう。 しかしこの先に待つモンスターからは、それが一切感じられない。 東条が入口で不思議な感覚に襲われたのも、全く敵意のない魔力に晒されるのが初めてだったからだ。 あそこで大丈夫と思ってしまった時点で、何か普通とは違うモノがいることを察するべきだった。 他者の感情すら麻痺させるほどの、超常的存在。 ……ただ、危険でないと分かったら分かったで、彼等の探求心は抑えられなかっただろうが。 ――林道を抜け、薄霧にけぶる遠方が段々と姿を現していく。 一歩進むごとに汗に湿る掌。 好奇心と緊張に加速する心臓。 ――眼前が開け、遂に、『それ』は彼等の前にその威容を晒した。「……」「……わぁ」 ――『それ』は、正に山であった。 体高二十m。 全長四十m。 皮膚は苔や岩、樹木に覆われ殆ど見えないが、所々から白い唐草模様の肌が覗いている。 頭部に生える二対の牙は猛々しく。 三本の長い鼻が、ゆっくりとトレントを毟っては口の中に運んでいた。「……象」「象、ではないな」 デカすぎて初めは建物だと思っていたくらいだ。 ただ、真に特異なのはそのデカさではない。 辺
パタパタ――と耳心地の良い律動が、並んで歩く二つのレインコートを叩く。 雫の重さで木の葉が頷き、大地に落ちては飛沫を上げる。 気怠気な空模様は昨夜と変わらず、降り続ける地雨は未だ止む気配を見せない。「ピッチャピッチャ」「チャップチャップ」「ラン、ラン、ルー」「……何か違くね?」 水溜りにジャンプする少女は、本日もカメラ片手に上機嫌。 天からの恵みを、余すことなく楽しんでいた。「もうすぐ?」「あぁ。……あれじゃね?」 煩わしい人間関係から解放された二人は、予定変わらず帝国大学に向けて進んでいた。 人がいるかいないかは関係ない。一応行ったという事実があればそれでいいのだ。 目の前に鎮座するのは、あの有名な赤門……ではなく、苔生し蔦生え木々に取り込まれた、緑門。 どうすればこうなるのか、年数を感じさせる風格は、宛ら異界の門である。「希望薄」「さっさと抜けちまうか」 植林地帯と化した校内に足を踏み入れる彼等は、生存者に期待せず、その先の目的地へ胸を高鳴らせるのだった。 ――スピーカーを回収し、跳ねる様に包囲網を突破する。 結論、生存者ゼロ。 緑に溢れかえる広大な敷地内、三か所に分けて試したが何れも反応なし。 二人は一番高い校舎によじ登り、屋上で休んでいた怪鳥を蹴り飛ばした。「大分騒いじまったからな」「わんさかわんさか」 眼下では、自分達の縄張りを荒らされ、怒りに震える有象無象が殺し合っている。 種族が違えば味方ではないのだろう。 そこに標的を見失った苛立ちが加わり、大乱闘が起きていた。 空から突撃してくるモンスターの嘴を掴み、叩き折る。「ん」「何だ、欲しいのか?」 両手を突き出すノエルに残骸を差し出すが、叩き落とされる。「違う。おんぶ」「……ガキかよお前」 あの時は最初だったから大事を取っておんぶしたのだ。 やり方が確立された今、甘やかす必要などない。「全力で身体強化すりゃ俺より早く走れんだろ」「強化苦手。ん」「……ったく」 中腰になる東条の背中に、バッタも斯くやな勢いで飛びつく。「ゴ―」「はいはいっ」 足部分を武装し飛び降りる東条に合わせ、ノエルが右手を振り上げる。 瞬間、地面が両側に抉れ、モンスターを巻き込み滑り落としていく。 後には一本のまっさらな道が出来上がった。「こりゃ







