LOGIN恒星を失った星系。完全な闇に飲み込まれていたけれど、まだそこには生命が息づいていた。過酷な状況下にあっても彼らは希望を抱いている。「ハニエムよ、前哨戦は散々であったらしいな?」 宙間建造物“アルバ”の中でも一際目立つ建造物が皇都レブナである。 レブナに皇都が遷都されたのはつい先日のことだ。環境悪化が著しいゼクスを放棄し、カザイン光皇はレブナへと居城を移していた。「申し訳ございません。しかし、あれは前哨戦などではなかったのです。あの侵攻は敵情視察の延長に他なりませんので……」 ハニエムは連軍の最高司令官である。どうやら彼は此度の交戦結果を光皇に報告しているようだ。 不満げなカザイン光皇の問いには直ぐさま反論している。ハニエムは敗戦が想定内であったことを明確にしていた。「であれば次戦は勝利できるのだな?」「もちろんでございます。既に対策を立てております。何しろ光皇路を越えなければ向こう側の詳しい情報が得られませんので……。しかし、成果は十分です。エイリアンの指揮系統から戦術、戦力を正確に把握できております……」 自信満々にハニエムがいう。確かにゲートから距離があった彼らは情報が不足していた。偵察機を何度も送り込んでいたけれど、情報は如何ほども得られなかったことだろう。「次戦は五倍の戦力を投入します。また当てにならぬ自立機の割合を減らし、その分を有人機に割り当てる予定です。ただ一般兵は希望した臣民を訓練し始めておりますけれど、やはり技量を備えた操縦士が足りません。できれば即戦力となり得る操縦士の選定を光皇陛下にお願いしたいのですが……」 連軍の全権を任されているハニエムだが、熟練した兵の召集については問題があるらしい。自身の裁量で決定すると何やら不都合があるようだ。「それならばヘーゼン星院家及びリグルナム星院家の私兵から選べ。彼らは侵略戦争否定派であるし、奴らが私兵を多く残しているのは問題だ。余の勅旨であれば拒否できぬだろう……」 星院家とは光皇連最高の支配階級であって、カザイン皇家も厳密には十二ある星院家の一つである。皇家は世襲制ではなく、皇が亡くなるか失脚した場合にのみ次代の皇を星院家から選ぶ。また選定方法は十二星院家の投票によって決められるが、ここ四代はずっとカザイン星院家が皇家となっていた。 カザイン皇が名を上げたリグルナム家は最
ミハルの辞令を全員が覗き込むようにしていた。傍目から見るとミハルよりも周りが食いついているようにしか思えない。「ミハルちゃん、凄いじゃない? うわ! 連名が物凄いメンバーね!」 錚々たる顔ぶれの署名にシエラは声を上げて驚いていた。 承認欄にはクェンティン司令から参謀のアーチボルト准将の名。第三航宙戦団長のテレンス大佐や301小隊の隊長代理であるベイル准尉まで含まれている。更には要請者としてアイリス・マックイーンの名があった。「これはフロント閥の力が働いておるのぉ……」 小さく顔を振るバゴス。とてもルーキーを呼び寄せるだけの辞令だとは思えない。士官を迎えるような名が連なっていたのだ。 フロント閥とは木星圏を代表する軍事派閥である。所属するのは概ねガリレオサテライト5thを中心としたメガフロントユニック群に関係する兵士たちだ。派閥の長はクェンティン・マクダウェル大将。通常なら一等航宙士に派閥から声が掛かるはずもなく、この辞令には様々な憶測を巡らせてしまう。「内部異動という形じゃの。形式は出向となっておるが、どうなることやら……」 「おい、バゴスさんやめろよ! 俺は念を押したんだぞ? ちゃんと返せとな!」 ミハルを余所に会話が進む。当人であるミハルはどうにも信じられなかった。承認者に面識はなかったし、何よりミハルを酷評したアイリスが要請するなどあり得ないことである。「グレック隊長、これはどういうことです!?」 堪らずミハルは疑問を口にする。望まれて行くのならば確かに嬉しい。けれど、望まれるような状況にまで達していないことをミハルは自覚していた。「先日、アイリスから通信があってな。エース格が欲しいと言うから、ミハルを推薦しただけだ。まあアイリスが復帰するまでの繋ぎのようなもの。気楽に行ってこい」「でも、セントラル基地はどうなるのです!? また二人で戦うんですか!?」「それなら問題はない。ちゃんと気を遣ってくれているようだ。朝一の定期便でパイロットが二人補充されることになっている。ミハルはその便に乗ってフィフスへと帰れ。シャト
グレックが手術を決意してからもハンター隊は連日に亘って任務をこなしている。日程について考える暇もなく日数だけが過ぎていった。 早朝に全員でコーヒーを飲むといういつもの光景。しかし、突として鳴ったグレックのギアによって、憩いのひと時は終わりを告げてしまう。「早いな……」 出撃ではないだろう。ギアが鳴っているのだから個人的な用事に違いない。ただグレックは要件を察しているようだ。コーヒーを啜りながら、慌てることなくギアを眺めている。「おい、ミハル。お前は今日から出向だ――」「はいぃ……?」 唐突な話にミハルは声を裏返した。聞き違いでなかったのなら、グレックは確かに出向と口にしたはず。まだ配属して三ヶ月しか経っていない。ようやく馴染んできたところであったというのに出向とかあり得ないと思う。「異動じゃないぞ? 期間制限のある出向だ。三ヶ月という期間が満了すれば、お前はセントラル基地へ戻ることになっている。詳しくは辞令を読め……」 言ってグレックはミハルのギアに辞令を送信。有無を言わせず確認させた。 何だかわけの分からぬ展開であったものの、ミハルは辞令を開く。人間関係が変わるのはあまり好きじゃなかったから、不満げな表情を浮かべながら。「ソロモンズ……ゲート…………?」 ところが、ミハルの表情が一変した。 辞令にはソロモンズゲート支部イプシロン基地とある。そこは言わずもがな彼女が配属を望んでいた場所だ。ミハルは咄嗟に顔を上げてグレックを見つめた。「イプシロン基地への配備だ。それも301小隊だぞ? 目一杯に暴れてこい……」 とても信じられない。グレックが気を利かせてくれたとしか思えなかった。こんなにも早くイプシロン基地へと配置されるだなんて。 ミハルは呆然とギアを眺める。突如として舞い込んだ話がまだ消化し切れていない。 ◇ ◇ ◇ ミハルが辞令を受けるより遡ること三日。話が動き始めたのはグレックに手術の説得をしたあとである。ミハルがオペレーションルームを出て行った直後のことだ。 オペレーションルームに残されたグレックは考え込んでいた。仮に足が元通りとなれば自分はどう変わるのか。今よりも高みを目指していけるのか、或いはミスがなくなるだけだろうかと。「今まで考えもしなかったことだな……」 言ってグレックは小さく笑い、眠気覚ましのコーヒーを
セントラル基地では夜勤の時間になっていた。 本日の担当はグレックである。夜勤とはいっても基本的にはオペレーター業務をこなすだけだ。緊急通信や担当エリアの不審船アラートを受けるためであり、出撃の際には全員が集まることになっている。 大きな欠伸をしていたグレックは不意に開かれた扉に慌てて姿勢を正す。「何だミハルかよ? どうした?」 オペレーションルームに現れたのは自室へ戻ったはずのミハルだった。何やら神妙な面持ち。眠れないといった理由ではないのはグレックにも理解できた。「グレック隊長、ひとつお願いがあります」「面倒くさい奴だな? 何だ言ってみろ?」 グレックはミハルの要求をある程度察していた。成長著しいミハルが上を目指したいと願うのは自然な流れである。「ここでは嫌でも経験値が上がる。三人しかパイロットがいないからな。実戦は訓練で得られない確かな実力を与えてくれるんだ。同期の誰もミハル以上の経験は積んでいないだろう。もしもミハルがイプシロン基地へ向かいたいというのなら話はつけてやる。だが、これまで以上に訓練に身を入れないことには同じように成長できないぞ?」 ミハルが答える前にグレックが諭すように話す。毎日のように出撃があるセントラル基地と比べ、ゲートに配備されたパイロットは訓練でしか成長が望めないのだ。「違いますよ! 私は異動を願いに来たわけじゃありませんから!」 ところが、ミハルはその話を否定する。アイリスがいるイプシロン基地への配備は彼女の目的であったはずなのに。「じゃあ、何だ? まさか後衛機に変えてくれというつもりじゃないだろうな?」 またもミハルは首を振る。編隊に関する要望でもないらしい。 ミハルの希望なんてそんなにはないだろうと考えていたが、グレックが思いついたものは全て不正解だった。「グレック隊長、ちゃんとした義足をつけてください!」 意外な要求にグレックは唖然としている。それは予想していた内容とまるで違っていたのだ。てっきりミハル自身に関する話だと考えていたというのに。「確かに俺はミスを
ジュリアが去って行った病室。アイリスは悩んでいた。どうにも姉弟のコミュニケーションがマズいように思う。今までも上手くいった例はなかったものの、やはりたった一人の弟である。仲良くしたいとは考えていた。「まあ、あれは俗にいう反抗期というやつだろう」 見当外れの解答を導き、納得した様子。特にするべきこともなかった彼女はもう眠ってしまおうとライトパネルに手を伸ばした。「アイリス中尉! ベイルです!」 ところが、またも来客である。夕方になって面会謝絶が解除されたばかりだ。可愛い弟ならばまだしも、副隊長と仕事の話をする気にはなれなかった。 無視をして眠ろうとする。けれど、返事をしないからか呼び声は収まらない。「さっさと入れ! ベイル!」 怒りを露わにしながら、アイリスは解錠ボタンを押す。どうにも腹立たしく感じたが、早く話を済ませて追い返す方が建設的だと思い直していた。「何のようだベイル? このような夜更けに乙女の寝室を訪れるなど無礼だろうが!?」「失礼ですが、中尉のそのような時代はとうに過ぎ去っていますよ? しかし、寝たふりは酷いですね? 面会謝絶の頃に押し入らなかっただけ有り難いと考えて欲しいものです」 チッと舌を鳴らすのはアイリスである。仲が悪いわけでもなかったが、彼女は寝ようとした矢先に訪れたベイルが許せなかったらしい。「で、何のようだ? というより、その辛気くさい顔を何とかしろ! 親の顔より見たぞ? うら若き乙女の病室に入室を許されたのなら、男であればニヤついて見せるところだろうが!? 天使の如き目映さの乙女であれば尚更だ!」 地雷を踏んでしまったことにベイルは気付いた。苦い顔をして薄ら笑いを返すしかない。 ベイルは第三航宙戦団第一隊の副隊長だ。現在はアイリスの代理を務めている。年齢はアイリスより十歳も年上であったが、圧倒的な技量を見せるアイリスを尊敬していた。ただそれは操縦技術面のみであって、普段の彼女は実年齢ほど成熟していないことを分かっている。「実は補充に関することで相談が……」「補充だと? そん
イプシロン基地では大戦の後処理が急ピッチで行われていた。失われた無人機の補充からパイロットの異動。破損した艦隊や砲台、あらゆるものの修理が始まっている。 イプシロン基地に接続する施設の一つに病棟があった。そこは戦闘による負傷者の治療を一手に引き受ける場所だ。その中の一室。少しばかり広い個室に二つの影があった。「姉貴、すまない……。俺が先走ったばかりに」「なんだ、ジュリア? お前は見舞いではなく、泣き言を吐きに来たのか? これでも私は安静にしていないと怖いドクターに怒られてしまう重症患者だぞ?」 どうやらアイリス・マックイーンの病室であるようだ。見舞客は彼女の弟であるジュリア・マックイーンに他ならない。彼もまた病棟に運び込まれていたのだが、外傷のみであった彼は精密検査を受けただけで自室療養となっている。 俯き黙り込むジュリアに嘆息するアイリス。これではどちらが入院患者であるのか分かったものではない。「敢えて言わせてもらうと、ジュリアはまるで見えていない。小さな範囲だけで戦っている。私の支援機であったことを差し引いても、フライトの発想が乏しいと言わざるを得ないな。もしも私のいない間に戦闘があったとしたら命を失うと思え」 アイリスの指摘は手厳しいものだった。項垂れるジュリアに追い打ちを掛けるかの如く畳み掛けている。「分かってるよ。姉貴のように飛べないのは理解した。才能がないのも全て……」 ジュリアは悔やんでいた。自分が吹き飛んでさえいればGUNSはエースを失わずに済んだのだ。下手に生きながらえてしまったばかりに取り返しのつかない事態を引き起こしてしまった。「才能がない? ふはは! 面白い冗談だ! 腹部を切り裂き縫い付けた姉を笑わせるとは、お前も質が悪いな? 傷口に響いてかなわんぞ!」「冗談じゃねぇよ! 俺が生き残ったって何の足しにもならない! あの場面で俺を助けるなんて馬鹿な真似してんじゃねぇ!」 ジュリアは声を荒らげた。それでなくとも場違いなエース部隊に編成されてしまったのだ。大した戦果を上げられなかったことに加え、アイリスが戦線離脱する原因となってしまっては今まで以上に肩身が狭くなるだろう。「いいか、ジュリア? 才能なんて言葉を信用するな。それは努力しない者が作った都合の良い言葉だ。自身の怠慢さを棚に上げるために、他者を特別な存在に昇華さ