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Story21

Author: 笠井未久
last update Last Updated: 2025-09-30 10:53:11

それから、私は元気な男の子を出産した。

名前は、よく晴れた日に生まれたことから「晴翔(はると)」と名づけた。

「本当にかわいいな」

「またそれ?」

壊れそうなものに触れるような手つきで晴翔を抱く彼に、私はクスクスと笑い声をあげた。

「もっと力入れても大丈夫だよ」

そう言いながら、晴翔の手をキュッと握ると、少し表情をゆがめた。

「いや、ほら、もっと優しいほうがいいって顔してる」

そんなわけはない……そう思うけれど、仕事をこなしながら、こうして育児にも協力してくれる。

健太郎さんは、まさによきパパだ。

「違うよ、パパ。おむつ」

「え?」

「マジか」

晴翔をそっとベビーベッドにおろすと、おむつを確認して健太郎さんは顔をしかめた。

「やっぱりママにはかなわないな、晴翔」

そう言いながら、手早くおむつを替えてくれる彼を、私はじっと見つめていた。

「なに?」

何か不手際があったと思ったのか、健太郎さんはもう一度おしり拭きに手を伸ばそうとする。

「大好きだなって思っただけ」

「え?」

完全に油断していたのか、自分が私を甘やかすことは全然平気なのに、私からの言葉にはいちいち反応してくれる。

今も、耳が赤くなっているのがわかった。

今晩、覚悟してろよ」

いきなり低くなった声に、私は「え?!」っと声を上げる。

「もう、ドクターからも“いい”って言われたの、知ってるんだからな」

そう、出産後、私たちはまだ体を重ねていない。

育児に専念してきて、ようやく最近、少し余裕ができてきたところだ。

私としても、ほんの少しだけ寂しさを感じていた。

だから、彼の言葉がうれしくないわけじゃない。

嘘ではないし、支障もないのだけれど……

一気に形勢逆転した立場に、今度は私の顔が赤くなっていると思う。

「あの、でも……久しぶりだしね」

健太郎さんが「覚悟しろ」と言うときは、本当に手加減してくれないのだ。

「晴翔、今日の夜はぐっすり眠ってくれていいからな」

おむつを替え終え、晴翔を抱き上げると、健太郎さんが私のほうへと歩いてくる。

「これは先払い」

そう言って、私にリップ音を立ててキスをする。

「もう、子どもの前だから!」

少し怒ったように言った私だったが──

もう一度、今度は私からキスをした。

「さあ、今日はどこに行こうか。動物園もいいし、水族館もいいな」

晴翔が生まれた日のような、真っ青な空を見上げなが
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