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第3話

Penulis: 流星群を抜け出したら
家に着いた頃には、熱で意識が朦朧としていた。

どれほど時間が経ったのだろう。湊が足早に部屋へ入ってきた。ソファの上で丸くなっている私を見るなり、その顔色が変わる。

「初音?」

額に手を当てた湊は、すぐに体温計を引っ張り出してきた。

39.2度。

「家に着いたら連絡しろって言っただろ。なんで無視したんだよ!

父さんたちと美咲を送ってから、わざわざ空港まで引き返して探し回ったんだぞ」

苛立ちを押し殺した声とは裏腹に、彼の手つきはすごく優しかった。

乾いたタオルで私の濡れ髪を拭い、ソファの傍らにしゃがみ込むと、靴擦れで血の滲んだ踵を消毒し始める。

消毒液が傷にしみ、私は思わず身をすくめる。

湊の手が、すぐに止まった。

「痛いなら言えよ。

今日はさすがにやりすぎた。

式のことはもうプランナーに連絡してある。来週、改めて準備してもらう。

ここ数日はゆっくり休め。あとは俺に任せておけばいい」

俯いて手当てをする湊を見つめているうちに、大学時代の記憶が蘇った。

あの頃にも一度、豪雨に打たれて高熱を出したことがある。

湊は私を背負って2キロ先の病院まで運び、そのまま一晩中そばについていてくれた。

翌日、美咲は笑いながらちゃかした。

「雨に濡れたくらいでこんな熱を出すなんて。初音ちゃん、湊君に構ってほしくてわざと弱々しいふりをしてんじゃないの?」

湊の表情は、たちまち険しくなった。

「39度も熱があるんだぞ。何が面白いんだ?

二度と初音の体調を冗談の種にするな」

そう言うと、湊は私の布団を掛け直し、まだ辛いかと小声で気遣ってくれた。

あの頃の湊は、美咲のたった一言のからかいからすら、私を守ろうとしてくれた。

それが今は、自分の手で私の苦しみを、みんなの笑い種へと差し出したのだ。

不意にスマホが震えた。

美咲が新しい動画を投稿した通知だった。

【結婚式当日に花嫁を3回連続で騙してみた結果、まさかの全乗り!】

冒頭に映っていたのは、迎えを待ちながら、一人きりで家に座っている私だった。

続いて、ウェディングドレスを抱えて誰もいない式場へ駆け込み、ドレスバッグを引きずりながら空港を走り回る姿が映し出される。

最後は、美咲が湊の子を妊娠したと告げた瞬間。血の気を失った私の顔が、アップになっていた。

……朝の5時から、彼らは物陰に撮影者を配置していたのだ。

焦りも、恐怖も、惨めに取り乱す姿も、すべて美咲が用意した動画の素材にされていた。

投稿から30分も経たないうちに、いいねは10万件を超えている。

コメント欄は、嘲笑で埋め尽くされていた。

【この花嫁チョロすぎて草。なんでも信じちゃうタイプかよ】

【冗談も通じないなら、ノリのいい友達なんか作らなきゃいいのに。最後の顔、死んだ人みたい引く】

【新郎と美咲ちゃんの方が絶対お似合い。二人ともノリいいし返しが完璧】

ほんの数分前、会社からも連絡が届いていた。

動画に私の本名と勤務先が映っていたため、取引先から担当者を替えてほしいと申し入れがあったという。

3年ものあいだ心血を注いできたプロジェクトは、それだけで凍結された。

私はスマホを湊の前に叩きつけた。

「今すぐ消させて!」

湊は険しい顔になり、すぐさま美咲に電話をかけた。

受話口から、美咲のすすり泣く声が聞こえてくる。

「初音ちゃんが叩かれるなんて、思わなかったの。

でも、この動画にはもう企業案件がついてる。今消したら違約金で800万も請求されちゃうし、アカウントもシャドウバン食らっちゃうよぉ……」

湊はスマホを握ったまま、なかなか口を開かなかった。

長い沈黙の末、ようやく言った。

「とりあえず消さなくていい。初音と話し合うから」

1日中押し殺してきた感情が、ついに弾けた。

「私の仕事が吹き飛んだのよ!これ以上何を話し合うっていうの?

結婚式も、家族も、湊も、全部美咲に譲った。私の仕事まで、美咲の踏み台にするつもり?」

けれど湊は、苛立たしげに私の言葉を遮った。

「仕事なんて、また探せばいいだろ!

いつも、みんなが美咲ばかりひいきするって責めるけど、どうして誰もが美咲を好きで、初音には近づこうとしないのか考えたことはあるか?

美咲は人に好かれる。それに比べてお前はいつだって冗談が通じなくて、些細なことで騒いで、周りの空気を悪くすることしかできないだろ!」

そう言い放つと、湊は動画の下に公開コメントを書き込んだ。

【初音は怒っていません。私たちは変わらず仲がいいので、美咲を責めないでください】

たったそれだけの言葉だった。

湊は美咲に向けられた批判を打ち消し、私の受けた全ての傷を勝手に「許した」。

私は手を伸ばし、湊のスマホを払い落とした。

「出ていって」

湊は信じられないものを見るように私を見つめ、その顔から少しずつ温度が消えていった。

「初音、こんなことで俺に出ていけっていうのか?」

彼は上着をひっつかみ、怒りに任せて玄関へ向かう。

それでも出ていく間際、解熱剤とぬるま湯を私の前に置いた。

「薬、ちゃんと飲んどけよ。明日になれば、きっとよくなるからな。今日のことはもう誰も気に留めないで、終わりにしよう」

重々しい音を立ててドアが閉まった。

湊は今でも、私の体を気遣うことだけは忘れない。

けれど、自分が踏みにじった私の尊厳を元に戻すのに、どれほどの時間がかかるのかは気にも留めない。

台風の夜に空港まで引き返して私を探す優しさはあっても。

私の苦しみでバズった動画を、美咲に消させる気はないのだ。

寝室のドアを閉めると、私はクローゼットの上段からスーツケースを下ろした。

パスポートなど必要な書類をその中へ入れる。

湊は言った。明日になれば、すべて終わりだ、と。

ええ、その通りよ。

湊も、7年続いたこの恋も、明日で終わりだ。

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