紅優に優しく愛してもらって、ウトウトしていたら、発情もすっかり収まった。
腕枕している紅優の胸に頬をくっ付けて抱き付いた。「紅優、いつも、ごめんね」
抱いてくれる腕に縋り付く。
「今日は俺も賛成したでしょ。謝らなくっていいよ。蒼愛にとって、必要だと思ったんだ」
「うん……」浮かない声が漏れてしまった。
蒼愛にとって志那津の反応は、少しだけショックだった。(あんなに自我が強い志那津様でも、僕の魅了には勝てないんだ。全然、違う神様みたいだった)
淤加美や火産霊は魅了にかかっても、そこまで変化は感じなかった。
そもそもが蒼愛を好いてくれている神様だから、なのだろうが。紅優の指が、蒼愛の頬を摘まんだ。
「どうしたの? 悲しくなるようなことが、あった?」
頬を摘ままれたまま、蒼愛は俯いた。
「……うん、あのね。僕、志那津様と仲良くなりたい」
「うん」「でも、魅了で好きになってほしいんじゃない。志那津様、まるで別人……、別の神様みたいだった。僕の術で変わっちゃうのは、すごく嫌だ。そんな風に好きになってくれても、それは志那津様の本当の気持ちじゃないから」蒼愛の頬から紅優の指が離れた。
「蒼愛の気持ちは、わかったよ。けど、魅了に掛かっていた時の志那津様は、蒼愛の術に操られていたというより、普段は言えない本音が出ちゃっただけっていうか。俺はむしろ警戒できるから知れて良かったというか」
「え?」紅優を見上げる。
何故か、蒼愛と目を合わせてくれない。「蒼愛が心配するようなことはないよ。志那津様とは、普通に仲良くなれるはずだから」
「そうかな。実験する前も、とっても嫌そうだったし、嫌がること無理にやらせちゃったから、嫌われちゃったかもしれない」顔がどんどん下がっていく。
抱き寄せられて、髪を撫でられた。「落ち着いたのなら、中庭に戻ろう
紅優に優しく愛してもらって、ウトウトしていたら、発情もすっかり収まった。 腕枕している紅優の胸に頬をくっ付けて抱き付いた。「紅優、いつも、ごめんね」 抱いてくれる腕に縋り付く。「今日は俺も賛成したでしょ。謝らなくっていいよ。蒼愛にとって、必要だと思ったんだ」「うん……」 浮かない声が漏れてしまった。 蒼愛にとって志那津の反応は、少しだけショックだった。(あんなに自我が強い志那津様でも、僕の魅了には勝てないんだ。全然、違う神様みたいだった) 淤加美や火産霊は魅了にかかっても、そこまで変化は感じなかった。 そもそもが蒼愛を好いてくれている神様だから、なのだろうが。 紅優の指が、蒼愛の頬を摘まんだ。「どうしたの? 悲しくなるようなことが、あった?」 頬を摘ままれたまま、蒼愛は俯いた。「……うん、あのね。僕、志那津様と仲良くなりたい」「うん」「でも、魅了で好きになってほしいんじゃない。志那津様、まるで別人……、別の神様みたいだった。僕の術で変わっちゃうのは、すごく嫌だ。そんな風に好きになってくれても、それは志那津様の本当の気持ちじゃないから」 蒼愛の頬から紅優の指が離れた。「蒼愛の気持ちは、わかったよ。けど、魅了に掛かっていた時の志那津様は、蒼愛の術に操られていたというより、普段は言えない本音が出ちゃっただけっていうか。俺はむしろ警戒できるから知れて良かったというか」「え?」 紅優を見上げる。 何故か、蒼愛と目を合わせてくれない。「蒼愛が心配するようなことはないよ。志那津様とは、普通に仲良くなれるはずだから」「そうかな。実験する前も、とっても嫌そうだったし、嫌がること無理にやらせちゃったから、嫌われちゃったかもしれない」 顔がどんどん下がっていく。 抱き寄せられて、髪を撫でられた。「落ち着いたのなら、中庭に戻ろう
〇●〇●〇 紅優の後姿を眺めていた利荔が、クスクスと笑った。「蒼愛にあれだけ求められるんじゃぁ、紅優も魅了を全否定しないよねぇ。誰相手に魅了になろうと、蒼愛はあんな風に毎回、紅優だけを求めるんだろうから。あーぁ、笑っちゃうね」 笑う利荔を、志那津が面白くない顔で眺めた。「道化を演じただけの結果は得られたんだろうな」 じっとりした志那津の視線に、利荔は何とか笑いを収めた。「まぁね。正直、志那津様があそこまでになっちゃうとは、思わなかったよ。蒼愛を喰っている間の記憶ってあるの? 覚えてる?」「全部、覚えてるよ。俺はこのあと、どんな顔して訓練したらいいんだ」 頭を抱える志那津の顔は真っ赤だ。「そうだねぇ。只の本音だったもんね。可愛い志那津様、出ちゃったね」 まるで素直ではない主は、気持ちと真逆の態度をとってしまうのが常だ。 本音など永遠に相手に伝わらない場合もある。 志那津が顔を上げて、利荔の頬を摘まんだ。「濃い霊力、美味かった?」 利荔の言葉に、志那津が手を離した。「美味かった。吸い始めたら止まれなかった。利荔の言う通り、あれは最早神力だ。蒼愛の価値を直に教えられた気分だったよ」「あの魅了の術はね、まさにそれが真意だよ」 利荔の言葉に、志那津が顔を上げる。「ほんのちょっと舐めた程度じゃ気付けない。その程度の接し方しかしない相手には、真価を教える必要はないんだ。深く関わる相手にだけ、本当の価値を教える。だから多く吸わせる。捕食を阻害したいなら真逆の術にすべきだけど、あれは喰わせて蒼愛の価値を知らしめるための術だ」 志那津の顔が驚きとも取れない色に変わった。「加えて、相手に蒼愛を好かせる。深く関わり真価を知らせたい相手には好かれておいた方が得だからね。色彩の宝石としての質と考えて間違いない」 志那津の顔が小さく俯いた。「けど、俺は。霊力を吸う前から蒼愛を……。多少、見込みのある人間だと
「恐らくだけど、蒼愛の魅了は保身や自衛のためじゃないのかなと思うんだよね。霊力は首元からも吸い上げられるけど、より多く美味い霊力を喰うなら口付けて吸い上げるのが一番だ。捕食目的なら必ず唇を狙う。食い尽くされて殺されないような自衛の手段。色彩の宝石の力じゃないのかな」 利荔の説明には納得できた。 相手に好かれていれば、どんなに喰われても殺されはしない。「色彩の宝石の力だとは、淤加美様や月詠見様も結論付けていましたね。神々に愛されて、加護を得るための力だと」 紅優の言葉に、利荔が頷いた。「きっと蒼愛の魅了の対象は神々だけじゃないね。色彩の宝石自体が、神にも世にも国にも愛される存在だ。自身を守るため皆に愛される。存在意義が術として表出されてるんだろう。相手を魅了して、自分も発情しちゃうのに、抱かれる相手は紅優限定って辺りが蒼愛っぽくて、俺は好き。魅了した相手に抱かれた方が術の効率いいのにねぇ」 利荔が如何にも面白そうに笑っている。 紅優が白い耳を赤く染めていた。「効率の問題じゃないだろ。そこまで推察が立ったのなら、もう喰わなくていいな」 蒼愛を紅優に戻そうとした志那津の手を、利荔と紅優が同時に止めた。「一番大事な部分、試してないでしょ」「蒼愛の魅了を、利荔さんに分析してもらえる良い機会ですので、是非ご協力を」 二人の妖怪に迫られて、志那津が険しい顔をしている。 蒼愛は志那津の袖を引いた。「志那津様、嫌なコトさせて、ごめんなさい。志那津様が嫌なら、無理にしなくても」「嫌なわけじゃない! そうじゃなくて、俺は、お前と紅優に……」 志那津が腕に抱える蒼愛をじっと見つめる。 蒼愛の唇を見詰めていた目を、志那津がぎゅっと瞑った。 「ああ、もう! わかった! 本気で喰うからな。後悔するなよ!」 志那津が紅優に向かって啖呵を切った。 紅優が微笑んで頷く。「殴る準備しておいてあげるから。木刀でもハリセンでも好きなので殴ってあげるよ、志那津様」
「俺に蒼愛の霊力を喰えっていうの? そんなのは、蒼愛にも紅優にも失礼だろ」 何となく、志那津が動揺しているように見える。「いえ、お願いできるなら、俺は志那津様に試していただきたいですが」 紅優の言葉を、志那津が信じられない者を見る目で見詰めた。「本気か? 自分の番が目の前で別の誰かに喰われて、紅優は平気なのか?」「平気ではないですよ。けど、蒼愛の魅了の質の把握は、しておきたいです。俺に対しては効果がないので、他の誰かで試す他ないのですが。志那津様なら、他の神々より安心して任せられますので」 紅優の目が蒼愛に向いた。「紅優が、そう言ってくれるなら、僕も志那津様が良いです」 他の神に手を出されるのをあれだけ嫌がっていた紅優が許すというのだから、よっぽどだ。 紅優と蒼愛に気を遣ってくれる志那津だからこそ、紅優は信頼しているのだろう。「引き受けてあげなよ、志那津様。おかしくなりそうだったら、俺が殴ってあげるから」 利荔がワクワクした顔を志那津に向ける。 蒼愛の魅了を見てみたい、と顔に書いてある。「お前に殴られるのは癪だが、これも仕方がないか」 利荔にじっとりした視線を送りながら、志那津が決意した顔をした。「霊力を喰わずとも、加護は与えられるんだけどな。けど……」 志那津がちらりと蒼愛を流し見た。「これだけ美味そうな匂いをさせていたら、喰いたくなる衝動は否めない。あの淤加美様ですら、抗えなかったのだろう? 俺も飲まれる可能性は、あるよな」 抗うというより淤加美はむしろ自分から喰いにきたと思うのだが。 志那津の中の淤加美は理想的で完璧な神様なんだろうなと思った。「僕、そんなに美味しそうな匂いがするんですか?」 自分では、わからない。 不安な顔で問う。「とっても美味しそうだよ。だから昨日、味見させてってお願いしたんだよ。その匂いだけでも、ある意味、魅了みたいなもんだね」 利荔の説明は不安し
昨日は創世記全体を利荔が蒼愛に語って聞かせてくれた。足りない部分を補足したり、今の瑞穂国と照らし合わせて説明してくれたので、とても分かり易くて、よく覚えられた。 瑞穂国は、蒼愛が思っていたより人間の社会に近い国だった。『妖怪たちが人型で暮らしているのは、この形が便利だからだよ。現世からの文化を多く継承している瑞穂国ならではのスタイルって感じだね』 そう話していた利荔の言葉が、蒼愛には印象的だった。 違う種族で番になる場合も、共通の人型になれば食事のために体を繋げやすいといった利点もあるらしい。 歴史の勉強をした次の日には、霊能を鍛える訓練が開始になった。 志那津は常に有言実行だ。 広い中庭に面した縁側に腰掛ける蒼愛を、志那津が眺めた。「始める前に、風の加護を与えないとな」 一言呟いて、蒼愛を眺めながら志那津が黙り込んでしまった。 何か考えている様子だ。 そんな志那津を、利荔が面白そうに眺めていた。「考えても意味ないよ、志那津様。紅優に許可でも貰ったら?」 利荔に含み笑いをされて、志那津が不機嫌な顔になった。「わかってる。わかってはいるけど、やっぱり番に失礼だろう」 志那津の一言で、蒼愛も気が付いた。 口移しで加護を分け与えるかどうか、悩んでいるのだろう。「外側から神力を押し込む法もあるけど、加護として弱い。やはり蒼愛には、それなりに強い加護を与えてやりたいし……」 ぶつぶつと独り言が漏れている。 どうやら志那津は考え事を口に出してしまう癖があるらしい。「志那津様、お気遣いは嬉しいですが、口移しで与えてやってください。今の蒼愛には強い加護を分けてほしいですし、慣れていますから」 紅優が志那津に声を掛けた。 志那津が、あからさまに驚いた顔をした。「どうして俺が考えていることが分かったんだ。いや、そうじゃない。問題は、そこじゃない。慣れてるって? まさか他の神は皆、口移しで与えてたのか?」 驚く
(大気津様は人が好きだったから人喰の妖怪を嫌っていただけだ。それ以外の、人を喰わない妖怪が、身勝手な理由でたくさん殺されてしまったら。殺したのが人間だったら。人間を嫌いになってしまうかもしれない) 人喰の妖怪は瑞穂国でも二割程度だと、火産霊が話していた。 人間が侵略に来て殺した大勢の妖怪は、そのほとんどが人喰しない妖怪だったはずだ。 大気津は神として自国の民が殺されていくのに心を痛めたのだろう。信じていた人間が愛する民を殺したのなら、反動で人間を嫌いになってしまうのも、わかる気がした。「人間が嫌いになった大気津様は、土の中で生きながら、人間を狩ってるんだよ。人喰の妖怪に分けてあげたり、自分が喰ったりしている。色彩の宝石がない今なら、現世との結界が緩くて狩り放題なんだよね。その分、迷い込んでくる人間も多いけど、そんなの大気津様や人喰妖怪には都合が良いからね」 利荔がとても怖い話をしている。 迷い込んでくる人間は、黒曜が管理して人喰の妖怪に卸していると聞いた。「結界は基本、日と暗の力なんだけどね、色彩の宝石があるからこそ、盤石になる。勿論、普通の妖怪の妖力程度じゃ破れないけど、神力なら穴を開けずに人を攫うくらい、わけないんだ」「紅優の左目でも、弱いの?」 紅優が眉を下げて頷いた。「俺のは、あくまで代わりでしかない。本物の色彩の宝石には、敵わないよ」 蒼愛は、じっと考え込んだ。 きっと良くない考えだと思うが、話してみようと思った。「あの……、今の状態って、瑞穂国にとって、そんなに悪くない気がするけど、色彩の宝石は必要なんでしょうか」 志那津と利荔と、紅優まで、同じ顔をしている。 三人とも、ぱちくり、と目を瞬かせた。「蒼愛の指摘は、またも正しいよ。適度に結界が機能していて、それなりに人間が狩れる。国としては潤うよね」 利荔が肯定的な見解をくれた。「だからこそ、中途半端な状態が千年近く続いて来たんだよ。それはそれで成り立ってしまっているからな」 志那津も同じような言葉